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2 気づけば終わり

それから、ひと月が経ったある日、私は無言で帰宅してそのまま自室に篭もった。

崩れ落ちる様にベッドに腰掛けて、枕を抱きしめて、項垂れた。


自然と涙が溢れた。


―――今日、拓海に彼女ができたという話を聞いたのだ。


予想していなかった訳ではなかった。


拓海は数年前からモテまくっていた。

だから、遅かれ早かれ、そういう人が出来るかもしれない事は判っていた。


判っていたはずなのに、その事実が、これほどまでに自分自身を傷つけるなんて…

そうなって初めて私は、自分の気持ちに向き合うしかなくなった。


この数日、拓海の私に対する態度は全くいつも通りのものだった。


朝のランニングも、筋トレも、登校も、道場への行き帰りの会話や行動パターンも、何一つ拓海の私への態度は変わらない。


私は唇を歪めて震える拳を握り締めた。


(何で… 何で私には何にも言ってくれないの?)


もう一つの、疑問が余計に胸を苦しくした。


そう、私は、拓海の彼女の話を拓海本人から聞かせてもらってさえいないのだ。


私達と同じ高校に通っている沙也加が、友達から聞いてきた話を「本当なの?」と私に聞いた。沙也加は私なら真相を知っていると思ったのだろう。

でも、私は沙也加のその質問で、初めてそれを知った。


私は、驚きすぎて何の反応も出来なかった。


何でも、「付き合って欲しい。お試しでもいいから。」

そう言ってきた、一年生の女の子の言葉を拓海は了承したというのだ。


私はそれを聞き、頭が真っ白になった。

拓海が今まで多くの女の子から告白されている事はなんとなく知っていた。

でも、拓海はいつも相手に気を持たせるような断り方なんてしなかった。


「悪いんだけど、俺、今は自分の事で精一杯で彼女をつくる余裕がないし、多分、まだ暫く、考えられない。俺さ、好きな人いたとしてもこんな感じだから、ほんと、ごめんな」


そう言って、あまり多くを語らず、はっきりとした態度で断ってきているのは、私が知っているだけではなく学校でも有名な話だ。


そんな拓海が「お試しでもいいから…」を受け入れるなんて、そもそもおかしい。


本当は凄く優しくて誰よりも情が深い拓海。

だから変に相手に気を持たせるような事をするはずがないのだ。


だから、きっとその「お試しチケット」は、「本当の恋」に引き換えられる為に発行された、その女の子の為の『限定切符』なのだと理解するしかない。


何故、『仮』なのか…


それについては長い間拓海の隣にいた私にはなんとなく察する事ができた。

拓海にとって『空手』と『道場』は特別な存在だ。

きっと、拓海が「大切にしている世界」をその女の子が傷つけたり、否定したりしない限り、拓海はその女の子を受け入れるつもりなのだ。


『空手家』である拓海を丸ごと受け入れてくれる人であれば、拓海ももう迷わない。

きっと、そういう事なのだろうと思う。


私はそう思い至り、小さく息を吐いた。


沙耶香の隣で幸せそうに微笑む哲ちゃんの顔が浮かび、見知らぬ女の子の隣で微笑む拓海の笑顔に摩り替わる。


切なさに涙が溢れ、私は唇を噛み締めた。

酷く痛い胸の中で、それでも縋るように自分を支える何かを探す。


それでもきっと、空手だけは…

共に切磋琢磨してきた年月は長い。

これまでの同じ目標にかけた時間と努力だけは、この後も私たちを同士として繋ぎとめてくれるだろう。


たとえ向き合うのが遅過ぎた恋が実を結ぶ事なく葬られたとしても。


その晩、声さえも出せずに、枕に顔を押し付けて泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて…、そして誓った。


(せめて、拓海の同志であり続けよう。そして共に、夢を追い続けよう)


それだけは、譲れない。

そして、それだけは、他の人には決して勤まらないはずだから、私は変わらずここに立ち続ける。


―――共に追いかけてきた目標だけは成就出来るように。


そう決意する一方で、私は、唇を噛み締めながら、一つの課題を自分に突き付けた。


「拓海…これからも、ずっと一緒だよ。一緒に追いかけてきたよね、誰よりも強くなること。私は、決して捨てたりはしないよ、絶対に、諦めない…」


そう決意を込めて、私は苦く俯いた。


「でも、私、その前に拓海を、……自由にしなきゃだね」


私は、その時、拓海との決別を己の義務として誓った。

そうして、私は、これを最後にしようと、この日ばかりは盛大に涙を流すことを許した。


そう思うと、嗚咽と涙が止めどなく溢れた。


「きっと……好きだったんだね、私… 拓海のこと、遅いよ、私……、でも、もう、これで終わらせるから… 」


その日を境と自分に言い聞かせて、私は、拓海に甘えることをやめた。

それは習慣になった毎日を、一からリセットする事に似ていた。


今まで何年も登校も下校も、道場通いも勉強も時間が許す限り拓海と一緒だった。


それではいけない、と思った私は、登校時刻をずらし、学校の雑用をあえて受け入れ道場へ向う時間もずらし、遅くなった分の自主稽古時間の延長を師範に乞い、拓海との帰宅時間をずらした。


そんな私に拓海は戸惑ったよう詰め寄った。


「何故だ…?」と、問う拓海を都度曖昧な笑顔でごまかした。


納得いかない拓海は、「稽古には納得するまで付き合うから、夜だけでも一緒に帰れよ」と何度も言ってくれたが、私は「何時になるか判らないし、今は一人で集中したい時期だから…」そう言って断った。


そんな毎日が何日も続いていった。


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