22 音無姉妹との出会い
登場人物
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん
駅前の不動産屋 みみ子に呪われたアパートを売りつけた
犬井 咲子 みみ子の級友。ケアマネジャーをしている
音無 恭子 姉。店をだまし取られた。
音無 結絵 妹。若い時に事故で耳が不自由になった
桃太郎 みみ子の手下。宿無しだった
みみ子は商店街を歩いていた。買い物の途中だ。
ふと目をやった先に、不動産屋の入り口があった。
不動産屋は近辺の噂に通じていそうだ。怪しい噂が増えていないか聞いてみたい。
聞いてみたいが、やぶ蛇になっても困る。
迷って立ち止まっていると、三人の女性が店舗に入って行く。
三人の内の一人は、知っている。友人の犬井だ。
犬井はローンが残っているが、一軒家に住んでいる。
何かあったのだろうかと気になった。
「あら、空さん」
店内を覘くと、犬井にすぐに見つかった。
「こんちわ。咲ちゃんが見えたので。仕事?」
同行の二人は姉妹で、住むところを探しているという。
二人とも真剣な表情をしていた。
姉が切羽詰まった声で不動産屋に迫っている。
「事故物件でもかまわないので、とにかく安くて早く入居できるところが良いです。
なるべくこの近くで」
不動産屋は、チラリとみみ子を認めると、うなりながら口を開いた。
「事故物件で、すぐに入居できそうなところはあるんですが、安くとなると……」
「咲ちゃん、困りごと?」
「うん。妹の音無結絵さんを担当してるんだけど、大変なことが起きて、住むところに困ってるのよ。
空さん、どこか知らない?」
音無結絵は耳が聞こえない。犬井が担当になった理由である。
親が残した店を姉妹で慎ましく営んでいたが、兄が詐欺にあい、家も店もだまし取られた。
まずいことに、不動産も店の資金も兄名義になっていた為、姉妹個人の貯金以外が根こそぎ無くなった。
「ということは、仕事もなくなったのよね。まあ大変」
「お姉さんの恭子さんは、手続きすれば年金が出るけど、自営だったから国民年金だしねえ」
「幸い、私の方は身体が丈夫だから、できる仕事を探します」
姉がキッパリという。
「無理をし過ぎないでね。どうしても困ったら、生活保護があるから」
犬井は安心させようとした。
「ふんふん、仕事をするにも、年金をもらうにも、住所は必要よね」
問題は、そこに帰る。
みみ子は、友人の為に一肌脱ぐことにした。
「本当に気にしない? 噂の呪われたアパートでもい〜い?
只という訳にはいかないけど、うちのアパートで良ければ、安くするわよ。
そーねえ、管理費の足しになるくらいは払って欲しいかな」
「今から見に行きますか?」
不動産屋が立ち上がった。
「うわあ、きれいなアパートですね。ほんとに良いんですか」
姉が、身振り手振りと手話で、妹に説明している。
「咲ちゃんには昔から世話になってるからね。特別よ」
最後の一言は、不動産屋に向けた。家賃が取れない店子ばかりを紹介されたら困る。
「ちょっとちょっと。空さん。
もしかして、このアパート、空さんのものなの。初耳なんだけど」
犬井が目を見開いていた。
「あれっ、言ってなかったっけ。私、アパート経営者になったの。
不動産屋さん。空いてる部屋を案内してくださる? 決まったら、101号室に来てね」
「通訳は要りますか」
姉が一緒だから大丈夫と言われたので、犬井はみみ子の部屋でお茶にした。
「吃驚したわ。ここを買ったの? お金持ってたのね。高かったでしょ」
「ねえ、聞いたことないかなあ。呪われたアパートの噂。ネットですごかったらしいよ。
持ち主が亡くなって、遺産整理したくても売れなくて、困っていたらしい。
だから安かった。買い叩いたともいう」
「あはは、そう聞くと、空さんらしい気もする。思い切ったわね」
犬井は、改めて建物をじっくりと見聞するように見回した。
「なかなかのアパートだわ。呪われていないならお買い得だったでしょうね。
……本当に呪われていないわよね」
「大丈夫。古式ゆかしい邪気払いもしたしね。完璧よ」
みみ子は、小テーブルに乗っている鈴をジャランと鳴らした。
「あらまあ。そういえば、前にここで頂いたなんかの実。美味しかったわあ。
探したけど、果物屋にもスーパーにも無かった。どこで売ってるの?
また食べたいな。どこで手に入るか教えてよ」
「ああ、あれね。あるわよ。食べる?」
「食べる食べる」
チャイムが鳴って、不動産屋と姉妹が来た。
「決まったの? 早かったわね」
「安くしてもらうんだから、賃料が一番低い部屋が良いということで、即決しました」
不動産屋が返事をした。
「充分です。素敵なお部屋でした。ありがとうございます」
姉は、全身の態度で感謝を表した。
「どこにしたの?」
「202号室でお願いします」
「分かった。いつでも引っ越してきて。はい、おやつ。一緒に食べよう」
みみ子は、養いの実を全員にふるまった。
まもなく姉妹が引っ越してきた。
熱心に仕事を探していたが、はかばかしい結果が得られない。
若者も就職難になっている昨今、還暦を過ぎた女にとって、条件は厳しい。
そんな折、桃太郎から相談を受けた。
「真面目にコツコツと出来る忍耐強い人に心当たりはありませんか。
内職を頼みたいです。私は、ご依頼の調査があるので」
「もしかして、例の黒い玉に合う蔕を探す内職かな」
桃太郎がうなずいたので、みみ子は暇がありそうな知り合いの顔を思い浮かべた。
旧友に根気強さを求めるのは間違いだ。早々に気づいた。
次に店子と近所の人。斜め向かいの金棒引きは、暇そうだが論外だ。
何を言いふらされるか分かったものじゃない。
怪奇現象研究家と仲間の男も、触らない方が良さそう。
二階の女はめんどくさがり。五階の人は分からない。
残るは、あの姉妹だ。仕事を探しているから、聞くだけ聞いてみよう。
みみ子は、桃太郎を待たせて、202号室に行った。
チャイムを押すと、しばらく間があった後、ドアが開いて妹の結絵が顔を出した。
みみ子は、人差し指だけを伸ばした両手を向かい合わせ、人差し指にお辞儀をさせた。
手話の『こんにちは』だ。以前、犬井に教えてもらった。
聾唖者と手話を学ぶサークルの飲み会にも誘われた。
手話を教えてもらいながら、ほぼジェスチャーで乗り切った。
「帰ってきたウルトラマン」の歌を、手話で歌った。というか、踊った。
楽しかったが、今も覚えている手話は、少ない。
結絵は素早い手話で、何か返すが、みみ子には分からない。
姉の恭子は出かけていて、留守らしい。
玄関に置いてあったメモ帳を借りて、「内職をしませんか」と書いた。
興味を持った様子なので、自宅に招いた。
桃太郎がくつろいで、お茶を飲んでいた。
お互い挨拶をした。
「耳が聞こえないので、これで」
みみ子は二人の間に、レポート用紙とペンを置いた。
二人は筆談で、どんどん話を進めてゆく。
桃太郎は、左のポケットから蔕の付いた光果を、右のポケットからいくつかの黒玉と蔕を出した。
用意が良い。実物を見せながら説明をする。
結絵も手に取って、あれこれ試した。
「そこで問題なのですが、先日拾ってきた玉と蔕はナップザック三つ分でした。
暇な時に調べて、合う組み合わせが二つです。
合わなかったものも、これから合うものが見つかるはずですから捨てられません。
ストック置き場と作業する場所が必要ですが、あの家では、もう。
ジジイ四人が住んでいますし、機材と資料が増えて、すぐにいっぱいになるでしょう。
どこかに使える場所はありませんか」
姉妹の部屋は広くない。生活するには十分でも、作業場には向かない。
「分かった。私一人が住むには、ここは広すぎた。
寝室とリビングくらいしか使っていない。部屋が余ってる。うちで良ければ使って」
桃太郎は良い笑顔でうなずいた。
「組み合わせが出来たら、一個につき500円のボーナスを出しましょう」
「ねえ、そういえば、桃さんはお金を持ってるの?」
ここに来たときは、ほぼ無一文の宿無しだったはずだ。みみ子は心配になった。
「私は持ってません。でも、グレさんと猿さんが、好きに使ってい良いって。
二人とも、金になる木と知り合ったそうです。金のなる木じゃなくて、金になる木だそうです」
猿よ、お前もか。
三人で、おやつに養いの実を食べた。




