異世界での思惑4
城内は、治安局襲撃とムルヒ・デュラの攻撃の後始末のために騒然としていた。
「待て」
言うと、ユーキは通りかかった近衛兵に短く指令を伝えた。
近衛兵は軽く頷き、「後程執務室へ」と続けた。
ユーキとアヅマが執務室に入ると、ほどなく一人の近衛兵が戸を叩いた。
「失礼します」
深々と頭を下げる男に、ユーキは短く用件を伝える。
「私の権限を委譲する。庭に留め置いているムルヒの嫡男を逃がすな」
「かしこまりました」
そう言って、左手を差し出す。
近衛の男はその左手に自身の右手を重ね、短く呪文を唱えた。
それが権限移譲の儀式だと、アヅマにもわかる。
一連の移譲の儀式が終わると、ユーキはふう、とため息をついた。
「あの男、そんなに手練れか」
ユーキほどの水の使い手でなければ、あの水量を維持するのは難しいだろうと思っている。
そのユーキが権限を委譲する相手だ。
「ああ、あいつなら間違いない」
アヅマは、自分のいなかった10年間の空白が大きいことを感じた。
「まあ、いい。それよりも、お前の秘密、今度こそすべて話してもらうぞ」
ユーキは居住まいを正すとアヅマに向き直った。
ユーキのいう秘密が何を指すのか、それはアヅマにもわかる。
確かにすべてを話したわけではない。
「お前は最初に言ったな?むこうの世界に、この世界を救う手立てがあると思ったと」
「そうだね」
「そして我々の前でこうも言った。あの方を探す使命もあったと」
「うん」
「だが、その使命は偽りの理由で、本当は追放されたのだと。どれが本当だ?」
アヅマは少しだけ、沈黙した。
「……どれも本当だよ」
「それに、気になることもある。契約の件だ」
「……」
「まさかあの女、楔ではないだろうな」
アヅマの目にきらりと何かが揺らめいた。
「まず……」
アヅマが一言区切って、考えながら言葉を続ける。
「あの人は、確かにむこうの世界で生きていた。そして俺はあの人と暮らしていた」
ユーキは黙ってアヅマの言葉を聞く。
「俺は、逃がされる時に……正確には追放されたのだと思ってるけど、その時にあの時間軸が選ばれた段階で、あの人を探す使命を一緒に行ったトーマが密命として受けていた事実を知ったからだ。それに、トーマがあの人にこの世界の話をしろと言った時、あの人の記憶を確かめ、あの人がこの世界で行っていた研究の成果を、あわよくばあの人本人を連れ帰る意思があったと解った」
どれも本当だと、その言葉で説明する。
「追手が来たとき、俺は力で退けるしかなくて。俺はすでにトーマを楔として、力を使わない契約を結ばれていたから、それを目撃した彼女を口封じするしかなくて。咄嗟に、もう一つ契約を結んでしまったから、彼女を楔にするのがちょうどいいかなと、そこは安易だったと反省してはいるんだけど」
「やはりか」
再びユーキがため息をついた。
「あと一つ」
そして、ユーキはもっとも聞きたかった秘密に切り込んだ。
「お前が、正当な後継者ではないというのは、どういう意味だ」
「そのままの、意味だよ」
「俺たちは、あの公然の秘密を知らないわけではない。それに関係しているんだな」
ユーキの言う公然の秘密。
それは、王の密通事件の事だとアヅマにもわかる。
「そうだ。俺には大地の力は半分しか継承されていない。だから、正当な継承権はない。だけど、一時的に王になって、あの人を迎える準備をすることはできる。生きていると分かった時点で、あの人にこの世界に戻ってもらう事はずっと考えていたんだ」
「……そうか。だが、お前の特殊性が分かった今、お前が王になれば世界の崩壊の速度にどんな影響があるか不確定要素が多すぎる。5日間をしのいだ後、すぐに行動を起こさねばなるまい。それに、あの方はこちらに戻る意思はあるのか?」
「それは、俺もよくわからない。だけど、戻ってもらうのが一番だと思うし、王の権限ならば勅命でどうとでもなるでしょう」
「……はぁ、お前、本当に安直だな」
「咄嗟にしては名案だと思ったんだけどな」
呆れるユーキに、アヅマは少しだけおどけてみせた。
「今日は疲れた。とりあえず休め。部屋は用意させる」
「うん、ありがとう」
「夕食は、二人でとるか?長官と夕食会談でもするか?」
「……悩ましいなぁ。でも、いろいろ話もしたいし、ラフテルも呼んで3人で食べようよ」
「わかった」
ユーキもわずかに笑った。
それは、心底友人を案じるものだった。