表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

異世界への誘拐1

目を開けると、見知った天井がそこにある。

独特の消毒液臭さ。

乳白色のカーテン。

硬いベッド。

保健室だ。

布団をはぎリノリウムの床に足を下ろすタイミングで、カーテンの向こうから声がかかった。

「オバさん、更科くんに誘拐されたって噂になってるわよ」

保健の先生だ。

カーテンを開けると、興味深そうに笑っている。

「似たようなものですが……」

「あら、ここに運んでくれたのも更科くんなんだから、正義の味方じゃない?」

「今、何限ですか?」

「もう、ホームルームが終わりそうな時間ね」

放課後、ということか。

研究棟の裏で宣言された通り、迎えとやらに来るのだろうか。

その前に逃げなければ。

「逃がさないよ」

ギクリと身体がすくむ。

更科アヅマがいつの間にか保健室に現れていた。

ドアが開く気配はなかった。

では、最初からここに居たということか。

「時間がないんだ、すぐに出発しよう」

「え?えぇ?何それ!」

キクカはアヅマの顔を見上げた。

「どこに!?」

キクカの質問などお構いなしに、アヅマは何かぶつぶつとつぶやいた。

徐々に、アヅマの髪の毛がふわふわと揺れだす。

まだしも、それらは微細な光を発している。

見ると、アヅマの全身が同じような状態になっていた。

「なんなのよ、一体ー!?」

今にも号泣してしまいたい位に、キクカの顔がゆがむ。

「うふふ、やっぱり王子様は誘拐犯かしらね~」

のん気な保健医のせりふが、妙にひっかかる。

―――ちょっと!これは怪現象なんじゃないの!?

次の瞬間、キクカはまぶたを強く閉じていた。

眩いばかりの光と、ジェットコースターの急降下に似た浮遊感と内蔵の引きつる感覚がそれをさせた。


「ついたよ、オバさん」

「だ~か~ら~」

懲りずにキクカを苗字で呼ぶアヅマに、抗議しかけたキクカの語尾がうやむやになる。

「は?」

「は?じゃなくて、他に言うことはないの?」

飄々と。

半ば面白そうに、アヅマはキクカの反応を見る。

「あの?ここは“ブルテンツ”か何かですか?」

口を突いて出たのは、深槻左九夜の小説に出てきた異世界の地名だ。

――今まで校内にいたはずなのに。

キクカとアヅマの目の前には、暗く厚い雲に覆われた、湿度の高い、森林地帯が広がっている。

人間の手など、まったく入っていないことは、その様相より何より。

「ギャァッ。ギャアァァァッ!」

小説や、マンガの中でしか見たことがないような奇怪な生物が空を飛んでいる。

それで十分に理解できた。

「“ブルテンツ”かぁ。まぁまぁいい線だね。ここは“ラグノリア”だよ」

アヅマは、驚く様子さえ見せずに、キクカの答えを訂正した。

それもやはり、深槻左九夜の小説に出てくる異世界の地名だった。

「正式には”ヅギュツィテンタンイェルコウナゥラグノィーリア”」

舌をかむ以前に、発音すらよくわからない韻が並ぶ。

「日本語ではちょっと発音が難しいし、長いから俺は単に”ラグノリア”と呼ぶけど」

アヅマは、呆然と世界…ラグノリアを見つめるキクカに言った。

その説明に、キクカははっとしてアヅマに視線を移した。

「あなた、もしかして、深槻先生!?」

「あー。いや、俺はあの人に情報提供してるだけ」

アヅマは、今までとは打って変って爛々と瞳を輝かせる少女を落胆させた。

「……なんだ、つまんない」

「つまんないってオバさん、俺があの変人小説家と同一人物だったら面白かったの?」

呆れてため息をつくアヅマに、キクカは揚々と語りだした。

「変人とはなによ!」

ファンタジー界に新風を巻き起こした小説家のすばらしさの数々を。

「あの表現力と世界観は眼を見張るものがあるのよ!」

「その世界観を与えたのは俺なんだけど」

そうアヅマが言うのも、まったく聞こえてない。

「ってゆっか!あなたのせいで最新刊買いそびれちゃったじゃないの!どうしてくれるのよ!」

思い出したかのように人差し指をアヅマに向けた。

「……勝手にしてくれ」

アヅマは完全に呆れていた。


キクカがアヅマとともにラグノリアに到着したころ。

当の学校では。

「木場と更科が消えた」

どう考えても接点のない二人の失踪に、生徒も教諭も保護者側も浮き足立っていた。

その渦中で一部女性徒たちが、学校側に呼び出されたアヅマの保護者に、黄色い歓声をあげることとなる。

その人物は。

「深槻左九夜!?」

洵子が、アヅマのクラスの女性徒からの情報に、嬉々として校長室に走ったのは言うまでもない。


校長室では、キクカの両親と、深槻左九夜――本名、三月恭介が学校首脳陣と応接台を囲んでいた。

「失礼ですが、三月さんは更科君とはどういったご関係で……?」

アヅマの担任教師が三月に尋ねた。

「実は、捨て子だったあの子を僕が拾いましてね」

20代は半ば過ぎといった感のある三月は、さも切なそうに切り出した。

「最初は僕もまだ学生の身で、仕事のほうも始めていませんでしたから、施設に預けたのですが……」

「結局お引取りになられた?」

「はい、仕事も軌道に乗りましたし、あの子のおかげで生きがいが出来ましたから」

三月はそう言って笑ったのだった。



「今日から地球時間にして一週間、俺の言うことをちゃんと聞いてね」

アヅマが話題を切り返した。

「え?」

今まで元気いっぱいだったキクカの顔が翳った。

「俺は、これから一週間、逃げないといけないから」

見る見るうちに不安の色を濃くするキクカに、アヅマは付け加えた。

「どういうこと?ちゃんと説明してくんなきゃ分からないわ……」

アヅマの暴行現場を目撃してしまったからといって、こんなところに連行される謂れはない。

日本のどこかならまだしも、ここは俗にいう異世界で、キクカには、ここが異世界だということしか明確になっていないのだから。

「あなたは、何者なの!?」

忘れかけていたアヅマへの畏怖が、いまさらながらに蘇ってきた。

「そうか、それから話さないといけなかったね」

アヅマは、少し反省した風を見せ、キクカに対峙した。

「俺は、10年前に地球に流されて、恭介…深槻左九夜に拾われたんだ」

今度は、キクカも深槻の名に反応することはなかった。

「流されたって、どこから?」

キクカは、一つの可能性を頭の隅に置きつつ、簡潔に聞いた。

「この世界。そう、オバさんたちには”インテュバル”という名で知られる異世界だよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ