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プロローグ2


更科アヅマ。

彼はこの高校ではかなりの有名人だった。

おかげで、隣を歩くだけでも女子の羨望の的だ。

「あの、どこ行くんですか?」

顔をこわばらせたまま、キクカは尋ねた。

「……誰にも聞かれたくない話なんだよね。てか、さ?なんで敬語?俺同い年なんだけど」

「そ、それはっ」

赤面し、ブツブツとつぶやくキクカを、アヅマが覗き込む。

「あ。俺のこと好きとか?」

しかも、いたずらっぽく微笑んで。

「違いますっ!!」

キクカは、それはもう思いっきり否定した。


アヅマは、入学式で新入生代表挨拶の資格を得た。

すなわち主席合格。

今でもそのルックスからは到底想像できないが、学年トップをキープしている。

問題を盗んだなどとまで噂されたくらい、そこらの男子高校生となんら変わらない。

ピアスもあけていたし、制服も規定どおりに着ていない。

髪も若干染めていたし、テレビアイドルなんか目じゃないくらいに端正で美形だ。

教諭たちも、学校側も、彼が成績優秀者だから、強いて矯正はしなかった。

その外観からも、成績の上でも、キクカは彼を敬遠していた。

敬遠されるだけの、雰囲気を持っていた。


連れられて来たのは人通りの少ない研究棟の裏だった。

たまにある化学や物理などの理科系の教室と、同じく選択教科の芸術系授業の作業教室がある。

2階建ての、小さな建物。

「こんなところで一体何するつもり!?」

内心かなりびくつきながら虚勢を張るキクカを見て、アヅマは相変わらず笑っていた。

「別に、襲おうとか思ってないけど?」

「あたりまえよ!そんなことしたらばらしてやるんだから!」

キクカは、勢いに任せてとんでもないことを発言してしまったことに気づき、顔面蒼白になる。

一気に、汗が噴出した。

「あー俺が聞きたいのはそこなんだよねぇ?」

今にも心臓が飛び出てしまいそうなくらい、拍動が大きくなった。

どこかひょうきんだったアヅマの顔が、見る見るうちに険しいものになる。

「あの、なにも、見てないから」

「あのさ、その発言自体が見たっていってるのと同じだって気づかないわけ?」

しまったと。

いまさら思っても仕方のないことではあるが、後悔せずにはいられなかった。

耳の後ろで、心臓が脈打つ。

鼓動が、すべての音をさえぎってしまいそうなくらい、はっきりと。

「昨日、何を見た?俺にあんな脅しをかけるくらいだから、俺のことははっきり見たんだろ?」

アヅマは、さらにキクカに詰め寄る。

「何を、見た?」

「あんたが人を殴ってるところよー!!」

キクカは、開き直って大声で叫んだ。

「な、なにも叫ばなくったって……」

半ば呆れたようにアヅマは耳を塞ぐ。

「いいじゃないのー!もう、これで満足なんでしょうっ!?」

キクカは、それでも恐怖心からか、声を張り上げる。

そうしないと「自分」が保てない気がしていた。

目の前の男が、怖くて、逃げ出したいのに、足が震えて動こうとしない。

「……やっぱり。ごめん、あまり巻き込みたくはないんだけど、見たならしょうがないな」

納得して大きく息を吐いたアヅマが、腕組みをして思案していた。

「はい?」

彼の言動の意味を取りあぐね、キクカは間抜けな返事をする。

「これから一週間、俺と一緒に行動してくれない?」

問答無用ね、と付け加えて、アヅマはキクカの肩をたたく。

たたかれた当の本人は、それでもなにがなんだか理解できなくて、目をぱちくりさせていた。

「え?なに、どういうこと!?」

声が、自然と大音量になる。

「だから、そのまんまの意味だよ?オバさんの行動は俺が制限させてもらうから、そのつもりで」

「なんでぇ!?」

「昨日の場面を見られたからには、ほっとけないってこと」

「なんでよ!」

「あのさ、俺にとってあれは見られたくないことだったわけ」

「じゃぁ、口封じでも何でもすれば!?」

「ん?」

その時。

少し高い位置にあったアヅマの顔が傾く。

――え?

キクカがその行動の意図を考える間もなく、アヅマの唇が、キクカのそれを塞いだ。

硬直。

どれほど時間がたったのか。

おそらく、数秒にも満たなかったはずだ。

しかし、キクカの時間の感覚は狂ってしまっていた。

「はい、口封じ」

満足そうに笑むアヅマの顔も、はっきりとは見えていなかったに違いなかった。


へなへなとその場に座り込んでしまったキクカに、アヅマは間髪いれずに言葉をかけた。

「オバさん!腰抜かしてる場合じゃないよ!」

彼女の腕を掴んで、上体を引き起こす。

「放課後、また迎えに行くから」

「……え」

「それまでおとなしくしててね」

にっこり。

何が、起こったのか。

瞬きの次の瞬間。

キクカの意識は遠のいていた。

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