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プロローグ1

 プロローグ


そこは、切り取られたかのように、表通りから隔絶された空間だった。

埃っぽい、いかにも悪そうな取引が行われそうな、そんなイメージ。


夜。

21時を回っていた。

まだ、眠れない時刻。

キクカは、塾からの帰り道を少し迂回して、欲しかった本を買いに行く途中だった。

チェック柄の、短い制服のスカートをひらめかせ、足早に書店を目指していた。

仕事帰りのOLを勧誘する若手ホストたちを横目に見ながら、彼女は歩く。


ふと。


何かが見えたような気がした。

テナントがひしめくビルとビルの間。

申し訳程度に口を開くわき道。

ショップの通用口や、レストランのごみ置き場が道を占拠して、人一人がやっと通れるくらいの細い。


ネオンのきらめきが、微かに届く場所。


キクカは、左手にはめていた腕時計を確認する。

――まだ、大丈夫。あと2時間。

目的の書店の閉店時間を記憶から引き出し、一人決心する。

キクカは、建物の縁に手を沿えて、慎重に足を進める。

肩に下げていたバッグを胸の前で抱えて、前を見て、進入する。


すると。


何人かの話し声が耳に入った。

はっきりとは聞き取れないが、何か叫んでいるような?怒っているような?

――なに?もうちょっと……。

キクカの好奇心に、火がともる。

そっと、声のするほうを伺う。


そこにいたのは数人の男。

視界に飛び込んできたのは、鮮血の飛沫。

聴神経が伝えるのは、男たちが殴られ、悶絶する声。

自分よりも体格のいい男たちをねじ伏せているのは、同じ高校の制服を着た生徒。

――あたし、見たことある、あの人。

目の前で繰り広げられる光景の真偽が疑わしく、恐ろしく、キクカは後退する。


ガサ。


放り捨てられたコンビニのビニール袋が……。


「誰だ!?」


キクカは、振り返ることなく全力疾走していた。



::::

「ねぇ、キクカ!深槻左九夜の新刊買ったのぉ?」

――ミツキ・サクヤ?

翌日、学校でのこと。

同じクラスの友人、佐々木洵子は机に伏せて顔を上げようとしないキクカに声をかけた。

「あぁ!!忘れてた!!」

”深槻左九夜”の名を聞いて、キクカは勢いよく上体を起こした。

「忘れたって。あんた何のために遠回りして本屋行ったのよ?」

洵子は、あきれたと言いた気に肩をすくめた。

「……いや、だって。あのね、聞いてよ洵ちゃん!」

昨晩、キクカは新進気鋭のファンタジー作家、深槻左九夜の最新刊を買いに行くはずだったのだ。

発売日に買わずして、どうしてファンを語れようか。

「昨日街歩いてたらさ……」

「オバさ~ん」

キクカの声に被さるように教室内に呼び声が響く。

「オバさんいますか~?」

その声を聞いて、キクカの顔が見る見るうちに赤くなる。

それはもう、耳まで。

「……あれ。呼ばれてんよ?キクカ」

教室の、後方のドアから顔を出し「オバさん」と連呼する男を見ながら、洵子はニヤニヤと笑う。

キクカは座っていた椅子から立ち上がり、つかつかと男のほうへ歩み寄った。

クラス中の生徒が、彼女と、彼女を呼ぶ男に注目している。

「あ、オバさん?」

男は、キクカの顔を確かめてにっこりと笑った。

「オバサんって呼ぶの、やめてくれませんか!?」

少し強い語調で言ってやった。

「へ?だって苗字」

「た・し・か・に!あたしの苗字はオバですけど!」

キクカは、胸ポケットについているネームプレートを指し示しながらさらに言い返す。

「そう呼ばれるの、恥ずかしいのよ!更科くん!」

彼女の名前は、木場菊香と書いてオバ・キクカと読む。

「ご先祖様に、失礼だよ?」

男、更科アヅマは笑顔のままでそう言った。



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