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破滅ヒロインの幼馴染に転生した俺、バッドエンドの巻き添えは嫌なので幸せにしてやろうと思います  作者: 瓜嶋 海
第2章

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第71話 交渉は図々しさの押し付け合い

「佐山家の関与を認めましたね?」

「ふはは。仮にそうだとして、ここで俺をどうするつもりだ?」


 すかさず逃げ道を塞ぎにかかる雪海だったが、そこで雄三は笑いながら口を挟む。

 一瞬、怯みそうになる威圧感を感じた。

 あの雪海ですら、たじろいだぐらいだ。


 それに、実際俺達にできる事は多くない。

 佐山家を警察に突き出そうとしても、どうせ揉み消されて終わるし、最悪の場合犯人がトカゲの尻尾切りされるだけ。

 そもそも七ヶ条家にとっても佐山家とのパイプは馬鹿にできないものであるし、同じ地域に根を張る二つの家同士で敵対するのは愚策と言えよう。

 相手がどんな凶悪犯罪者でも、だ。

 しかもそれを言い出すと、七ヶ条の方も恐らく大量に悪事が掘り出せそうだしな。

 本当に、この世界はどこまでも腐っている。


 と、しかし交渉モードになったのは予定通りだ。

 ここで、雪海は本来の要件を口に出す。

 隣に座る柊季沙という少女が、茶桐叶矢によって暴行されていた事。

 そしてまだその事件が真の意味で解決されていない事。

 そのため、彼の動画を確認するために、彼のデバイスにアクセスする権利が欲しいという事。

 それが叶うなら、茶桐叶矢の死が佐山家の関係者による他殺だという真実は口外しないという事。


 雄三は髭を撫でつつ、そんな要件を聞いて笑う。


「そんな事で良いのなら勝手にしてもらって構わない。むしろ、こちらとしてもいつ口外されるかわからない爆弾は、早めに処理してもらった方が良い。協力しよう」


 そんな事、という言い回しに季沙と梓乃李の表情が一瞬険しくなった。

 少女一人の存在を軽視した物言いだったし、当然である。

 とは言え、二人共口を挟むことはなかった。


 さて。

 難なく本来の要件は終わった。

 もはや事前に証拠まで揃えて臨んだため、下手に逃げられることもなかった。

 ……がしかし、俺の戦いはこれからである。


「あの、少しいいですか?」

「……何か、まだあるのか?」

「はい」


 まさか俺が話し出すとは思わなかったのか、雄三は意外そうに聞いてきた。

 聞く耳を持ってもらえるとは思わなかったため、俺は少し意外に思いつつもそのまま話す。


「茶桐叶矢の殺害の黙秘に関しては、先程動画の回収を条件に交渉は終わりました」

「そうだな」

「ですが、イマイチ対価が釣り合っていないと思うんです。だってそうでしょう? 茶桐叶矢の暴行に対して我々が解決を求めるのは、本来当然の権利です。それに、これはあなたにも親族の犯罪痕跡を消せるというメリットがある。結果としてあなたは、殺害証拠に関する我々への口封じと、茶桐が行った悪事の後処理を同時にこなせるわけです。それは……あまりに虫が良過ぎるのでは? ——彼女が負った心の傷と、人ひとりの命の代償には、軽過ぎるのではないでしょうか」


 確かに俺達の真の要求は、季沙の動画を削除する事だけだ。

 だがしかし、これだけではあまりにも相手に好条件が過ぎる。

 これまでに俺達が茶桐から負わされてきた被害を考えると、この条件で交渉成立だなんて舐めた話だろう。

 だからこそ、俺達はもっと対価を受け取るべきなのだ。

 佐山にも痛手を負ってもらわないと対等じゃない。

 俺の論理は、こんなところである。


 手がプルプルになりつつ、あくまで平静を装って交渉する俺。

 一瞬の無言の間にすら、汗が伝う。

 冷房の風が、異様に冷たく感じた。


「何が望みだ」


 短いが、圧を感じさせる言葉に俺は唾を飲み込む。


「茶桐叶矢の死亡事件を報道させてください」


 本題を口にすると、流石に予想外だったのか、雄三は目を見開いた。

 しかし、すぐに鼻を鳴らす。


「できん」

「自殺としてで結構です。しかし必ず、佐山博義の孫であると明記した上で報道してください」

「ふざけるな。だからできないと言っているだろう。今までどれだけの労力を費やして、あのクズ達の存在を隠し通してきたと思っているんだ? それに、そんな事をしてみろ。ネットである事ない事が噂されて、大騒動になるぞ」

「はい。だからです」

「……何?」


 俺は頷いた。

 だって、まさにそれこそが狙いなのだから。


「今現在、同じ学園に通う生徒がネットでの炎上を原因に、学校に来られなくなっています。そのヘイトの一部でも、肩代わりしてくれないかと」

「はっ。大げさに事を荒立てて、他人の炎上事件の火消しに加勢しろと? そのためにアイツの死を利用しろと言っているのか?」

「はい」


 元々桜花の炎上イベントは、他人の炎上事件を新たに雪海経由でリークして、ヘイト分散させることで鎮火を図って終幕していた。

 その事をこの前思い出して、すぐさま雪海に相談していたのだ。

 大体、炎上ってのは他人の野次馬で薪がくべられ続けるわけで。

 鎮火にはそいつらの興味が失せるまでの物理的な時間や、他の興味対象が必要になる。

 シフト制みたいなもんだ。


 俺の言葉に、雄三は今日一番の面倒そうな顔をしていた。


「断ると言ったら? 先程の交渉を取り下げるのか?」

「いえ、その件はそのままです。ですから、別途で彼の行っていた犯罪行動を公開します」

「ふん、さらに交渉しようというつもりか」


 季沙の動画回収の件は既に合意した。

 だから、ここからはもう一つこちらが握っている茶桐の弱みを使って、別に交渉をする。

 俺の意図がわかったのか、雄三は顎に手を当てた。


「どこに公開するつもりだ?」

「無論、SNSに」

「ふん。どちらに転んでも、ネットのおもちゃにしてくれるというわけか」


 最低な言い方であった。

 とは言え、生きている人間を性的玩具にしていた奴だ。

 同情はしない。


「しかし、誰がお前の発信を信用する?」

「俺のアカウントはフォロワー数が多いので、拡散力があります。それに、どのみち特定犯が動けば茶桐本人が死亡している事もバレるでしょう。となると真偽は問わずとも、あなたは困るはずだ。何より、こうなることを避けて茶桐を殺したんだから」


 茶桐が生きていたら、いつ問題を起こすかわからない。

 そして、いつ佐山家との関係が公になるかわからない。

 だからリスクを承知で殺害に踏み切ったのだ。

 それに、タイミングを考えると。

 ……恐らく、葵子の件で俺が執拗に釘刺ししていたため、それを恐れた茶桐が、本気で俺を消そうと佐山家に泣きついたのだろう。

 そしてそこで、彼の素行に焦り、我慢の限界を迎えた佐山家が、暗殺に動いたと。

 ——雪海はそう推理していた。


「はぁ、そうか。そういうシナリオか」


 雄三は深く息を吐いてから言うと、何故かニヤニヤし始めた。

 そして。


「わかった。……だが、ならばこちらからも一つ要求したい」

「え?」


 まさかこの場で俺側が何かを求められるとは思わなかったため、頭が真っ白になった。

 焦っていると、雄三は雪海を指した。


「七ヶ条雪海さんとの縁談について、実は今、あまり芳しいとは言えない状況になっている。だから、こうしよう。——その条件を飲む代わりに、うちの息子と雪海さんの婚約を約束すると」


 交渉条件は間違いないはずだった。

 俺の動機が倫理的にどうかはさて置き、筋は通っていたはずだ。

 この男に俺を突く隙はなかったと思う。

 だから、これはハッタリに過ぎない。

 そうに決まっている。


「……おかしいですよ。それを決めるのは七ヶ条先輩じゃないですか。交渉なんですから俺の意思で実現可能な範囲の要件にしてくれないと」

「ほう、聞いてくれるんだな」

「あ、いや。そういう意味ではなくて」


 マズい。

 この場で無用な言い間違えは命取りだ。

 落ち着け、俺。


 しかし、深呼吸する俺の精神を雄三はさらに乱してきた。

 曰く——。


「そうは言うが、君次第だと俺は思っているが」

「え?」

「雪海さんは明確に、『心に決めた人がいるから』と前回の会食で断りの申し出を入れてきたんだからな」

「……」

「君も知っているだろうが、雪海さんに近しい異性なんて、知る限り一人しかしない。——そう、君だけだ」


 おかしいと思っていた。

 入室した後に、何故この男が俺を見つめて含み笑いを浮かべたのか。

 それは既に、俺の存在を聞いていたから。

 否——雪海が好意を寄せる、たった一人の男の存在を知っていたから。


 最近はいつもこれだ。

 俺の知らないところで勝手に話が進んでいる。

 勝手に彼氏にされていたり、勝手に俺を理由に見合いを断っていたり。

 そして、手が付けられなくなった後に知らされる。

 一体、どうすりゃいいって言うんだよ。


「だけど、関係ないですよ。弱みを握られているあなたが、今俺に要求する事なんてできないはずだ。それに、茶桐叶矢の悪事は性的暴行だけじゃない。その証拠だって、こちらは握っています」

「そうか? どうせ君が握っているのなんて、叶矢がいつか薬を違法なルートで手に入れていた件だろう? その件は既に手を回しているし、警察が取り合うことはないよ」

「ッ! とは言え、茶桐が死んだと知られれば——あ」

「君は何か勘違いしているようだが」


 言いながら、俺も相手の意図を察して口をつぐんだところだ。

 雄三はニヤリと笑う。


「茶桐叶矢の悪事をリークすると、今度はそちらのお嬢さんが困るのではないのかね?」

「ッ!」


 わかっていた事だ。

 茶桐の犯行をネットにばら撒くって事は、季沙がアイツにレイプされたと喧伝する事にも繋がる。

 俺だってこの件を公にする気はない。

 仮に季沙がGOサインを出したとしても、絶対に取らない選択肢だ。

 だから、今の発言はブラフに過ぎない。


 だがしかし……このおっさん正気か?

 俺の言葉がハッタリだとわかっていても、普通そんな提案できないだろ。


 引き下がって来るって事は、先程の雪海との交渉も危うくなるって事なのに。

 俺達が気を変えて『じゃあやっぱりお前らの殺害証拠リークします!』って言い出す可能性もあるのに……。

 あくまで両者にメリットがあるように落としどころを探すのが目的であって、それを壊して自分だけが利を得ようとするのであれば、話は別だ。

 家の面子に関わるため、七ヶ条としても対立は避けられないだろう。

 要するに、今の弱みを握った有利展開のまま、あの七ヶ条が本気で潰しに行くって事だ。


 だというのに、雄三は気にする素振りも見せず、飄々とした様子で雪海との縁談を図々しく交渉しようとしている。


「それと、別にまだ何の契約書も書いていない現状だ。先程の交渉も確定したわけではない。そちらも、彼女の動画を回収できなくなるのは困るのではないのかね?」


 その上、平気でその前の交渉条件も人質にしやがった。

 おかしい。

 絶対にこの男の言い分は狂っている。


 作戦立ての時点では完璧だったはずだ。

 絶対有利展開だと雪海も季沙も言っていた。

 数日前の作戦会議の時の、季沙のあっけらかんとした言い分を思い出す。


『そうそう。別に交渉が失敗して、うちの動画が回収できなくても、大してデメリットないしねー。なんならその時は、凶悪犯罪者集団を世間に突き出せるわけっしょ? それはそれで正義の味方感あってアリ』

『いや、お前はそれでいいのかよ』

『ま、だって新たに動画が公開されることはないワケじゃん?』


 実際その通りだ。

 持ち主が死んでいる上に、恐らく佐山家の管理下にある以上、今後その動画がネットにばら撒かれるという事件は起きないだろう。


 だけど、俺はそんな展開は嫌だった。

 しっかり視認して出所を潰さないと、気分が悪い。

 不安要素はなくしたいのだ。

 現に、季沙だってその方が安心できるに決まっているのだから。


 クソ、足りなかったか。

 俺が一介の学生如きだから、舐められている。

 あと一つ、決定的な証拠があればコイツに吠え面かかせられるのに。

 未だ有利展開なのは変わらないが、ここまでめちゃくちゃな事を言われると、話の持っていきどころが迷子になりかねない。


 佐山雄三の強気な姿勢に、すっかり困惑してしまった俺。

 ふと周囲を見ると、雪海は余裕そうに微笑をたたえていた。

 まるで、『いつまで遊んでいるの?』とでも言いたげな勝者の表情だ。

 交渉を破談寸前のカオスに持ち込まれているとは思えない顔である。


 と、そんな時だった。

 ここまで無言だった女が立ち上がる。

 何事かと目を見開いていると、そいつは少し微笑みつつ、ノートPCを取り出した。

 そして保存されていた一つの動画を開くと、雄三に押し付ける。

 見た瞬間、雄三の顔色が変わった。


「初めまして。隣に座る豊野響太君の()()()の、羽崎梓乃李と申します。——一つ、この動画を見ていただけないでしょうか?」


 わざわざ不要な挨拶を、どこかの財閥令嬢に見せつけるように披露した後、PCを操作する彼女。

 と、すぐさま個室内にどこかで聞いたような音声が流れ始める。


「ッ!?」

「……ふふ、私だって学習するんだよ? 響太君」


 悪魔みたいな顔で笑う梓乃李に、俺は苦笑し、——一方で雄三は愕然とした面持ちのままPC画面に食い付いていた。

 それは、待ち望んだラストピースだった。

 瞬間、俺達の完全勝利も同時に約束されたのであった。

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