第二十四話
「うそ! 『大妖精の呪い』って嘘だったの!?」
チルカに今回の話を聞かされた妖精はショックを受けていた。
「そうなのよ。むしろ『大妖精の祝い』ね。見てこの羽」
チルカはその場でくるっと回って、新しくなった羽を友人達に見せびらかした。
普段は一色の羽だが、生まれたばかりの新しい羽は光のグラデーションを作って誰よりも美しく輝いていた。
そのうち元の光へ戻ってしまう羽だが、苦しみ耐えた時間を発散するかのように濃い光を放つ。
リットはその人生で二度と見られないであろう光を、遠く離れたところから眺めていた。
「不思議な光っすねェ。強い光とはまた別物って感じ。あれこそ町で子供がキャッキャして話す妖精伝説の光ってなもんですよ」
「そんないいものか?」
「嫌いなら旦那だって眺めてないでしょう」
「他にやることがあると思うか?」
リットが妖精から離れているのは、焚き火で服を乾かしているからだ。
服のサイズも戻ったのはありがたいが、乾かす布面積が増えてしまったので、小人の時のようにすぐ乾かして出発というわけにはいかなかった。
季節はまだ春。濡れたまま歩くには風邪を引いてしまうので、騒動が解決してもまだ湖にいるしかなかった。
「せっかく元に戻ったんスよォ。良い天気。香る風。傍らには焚き火。目の前には湖。魚釣りに決まってるじゃないっスかァ」
「ただ腹が減っただけだろう。だいたいな……さっきまで精霊がいた湖だぞ。そこにいる魚を食おうと思うか?」
「正直……気にせず食べたいっス」
「オマエの食い気はいつか身を滅ぼすぞ」
リットは湖に目を向けると、妖精達が次々と種を湖に投げ入れているのが見えた。
まだ種のままだったり、発芽していたりと、妖精によってまばらだが、チルカのようにしっかり成長している種を持っている妖精は他にはいなかった。
好奇心は猫を殺すというが、知らない間にチルカも魔女ディアドレが起こした『闇に呑まれる』という現象の影響を受けていたのだ。
あながち妖精の呪いというのは間違っていない。
ただ呪いにかけられたのは妖精のほうだったということだ。
「でも、種そのものに魔力があるかどうかはわからないじゃないっスかァ」
「先に言っとく。デカくなったら面倒を見ねぇし、小さくなったら便利だからそのままにしておくぞ」
「私はこんなに苦労したのに……あんまりですぜェ……」
ノーラはもしもリットのように小さくなれれば、好きなものを文字通り山ほど食べられると甘い考えを持っていたが、リットによく見ろと湖を指されると、考えをまるっきり変えた。
妖精が種を湖に投げ入れる度に、次々と花の香りが変わって漂っている。
これからが本当の妖精と精霊の交流会が始まるのだった。
リットはだいたい服は乾かしたと立ち上がると、チルカを妖精仲間の元へ残し二人で下山を始めた。
これからは妖精と精霊の時間であり、人間とドワーフが居ては邪魔になる。
原因からはさっさと離れようと、湖が見えなくなるまでは早足で。嗅ぎ慣れた森の匂いに戻ると、リットはゆっくり歩き始めた。
ノーラは少し息を切らしながら「それにしても……」と切り出した。「闇に呑まれた影響ってどのくらい残ってるんスかねェ……」
「テスカガンドの自然は戻ったけど、闇に呑まれた原因で死んだ生命が戻ったわけじゃねぇからな。世界のあちこちで同じようなことをしてるかも知れねぇぞ。それで妖精の噂話みてぇなくだらねぇのが流行る」
「それはまた……冒険者が流行りそうですねェ」
「流行るかよ」
「旦那はめっりきお店に立たなくなったから知らないでしょうけど、今は冒険者ブームなんスよ」
「なんでだよ」
リットは今更流行るようなことでもないと、ノーラが適当を言っていると思っていた。
「だって闇に呑まれた現象自体は解決したんスよ。通れなかったルートが復活。特にテスカガンドにある町は大変だってなもんらしいっスよ。今まで闇に呑まれて人間とか亜人や獣人がいなかったから、魔族が中心に生活してたじゃないっスかァ。それが逃げてた人が戻ってきて、土地がどうのこうの大変らしいっスよ」
「闇に呑まれるってのは昨日今日の話じゃなかったしな。歴史が変わるには十分すぎる長い年月だ。そりゃいざこざも耐えねぇだろうよ。リゼーネとディアナが間に入ってるらしいけどな。関わらねぇのが一番だ。争いに巻き込まれる」
「そうそう。ヴァンパイアとワーウルフがかなり険悪な雰囲気らしいっスよ。なんかお城の取り合いをしてるみたいっス。主従逆転? の――クーデター? がなんたらかんたらで、むのむのぱっぱらしいっス」
「なんだそりゃ」リットは事件が解決した安堵から、結局ちゃんと覚えていないノーラに笑っていたが、急になぜノーラがそんなに詳しいのかと疑問に思った。「待った……。なんでオマエがそんなに冒険者事情とかテスカガンドの現状に詳しいんだよ」
「なんでって、クーが話していったからに決まってるじゃないっスかァ」
「オレじゃなくてオマエに話す理由はなんだよ……」
「旦那は”覚えてない”からって言ってましたよ。まーったく……旦那ってば……お姉ちゃんを困らしちゃいけませんよォ」
「あのなぁ……オレがクーのことで忘れるわけねぇだろう」
「なんスかそれ。ノロケ話っスかァ?」
「それだけ迷惑をかけられてるってこった。で、オレがなにを忘れてるって?」
「だからヴァンパイアとワーウルフのことっスよ。あと、ごめんって謝ってましたよ」
「思い出せよ。あのクーが謝るってのは相当なことだぞ。一気に優位に立てる情報を忘れたってのか?」
リットは真剣な顔でしっかりしろと説教をしたのだが、不純な動機なだけにノーラがまともに聞き入れることはなかった。
それからも喋りながらしばらく歩くと、あっという間に山の麓へと辿り着いた。
「オレのペースで歩けばすぐじゃねぇか……。どんだけちんたら歩いたら、あんだけ時間がかかるんだよ……」
このペースで歩けば、近くの町まで日が歪む前に到着できるかもしれない。
元々が高い山ではなかったのだ。
身体が縮み、見えるもの全てが規格外になっていただけだった。
「これでも必死に歩いたんですぜェ。食べるものも食べずに……」
「なに言ってんだよ……。山の麓ってことはこの辺だろう? オマエが生け簀の魚を全部焼いて食ったところは」
「そんなこともありましたね」
ノーラがそれも一つの思い出だと目を閉じると、いくつもの足音がこちらへ向かって走ってきた。
「おい! 危ないぞ!!」
狩人が庇うようにして、リットとノーラの前を塞いだ。
「アンタが出てくるまでは違った。矢を向けやがって……なんだってんだよ」
「すまない……この辺は今危険なんだ」
狩人はつばを飲み込むと、自分を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
「危険ってのは、思い込みの激しい変態が出るとかか?」
リットがからかうと、ノーラはひじでリットの腰を突いた。
「旦那ァ……」
「なんだよ」
リットがノーラから答えを聞く前に、狩人が一体何が起こったかを説明し始めた。
この辺にドラゴンが現れ、人を襲ったというのだ。
その証拠はいくつも残っており、木よりも高く上がる火柱を何人も目撃している。
それに加えて生け簀の被害。地面には焦げ跡が残っている。
「ああ……」とリットは何も言うことが出来なかった。
今新しく起きているドラゴン騒動は、全て自分達の責任なのだが、それを上手に説明するには新たに嘘をいくつか混ぜる必要がある。
リットとノーラは全く知らないフリを決め込み、狩人を利用して安全に帰れるように馬車まで用意させた。
リットとチルカが脅した子供は貴族の子供であり、この土地を通る者を安全に送り届ける義務があるのだ。
しっかりと土地を管理する貴族のせいで後味の悪さが残ったが、それも最初だけ。夕日が幌に隠され、徐々に世界が夜に染まっていくと、リットもノーラもぐっすり眠ってしまった。
そして朝日に起きた時には、自分達の住む町が見える草原へ戻ってきていた。
「金持ちの見栄ってのは利用してなんぼだな」
行きとは違い、あっさり帰ってこられたので、リットは荷物を下ろすとしまうために早速広げ始めた。
「元気っスねェ。旦那ってば」
ノーラはまだ寝たりないとあくびをしていた。
「オマエに背負わせてたからな。まずはメンテナンスをしねぇと」
「なにもいじってませんよ」
「あんだけ背中を揺らして歩いて、心配するなってほうが無理だろう」
リットは暇ならパンでも買いに行ってくれと、帰ってきたばかりで今日食べるものもないのでノーラを買い物へ行かせた。
リットが思った通り、繊細な道具のいくつかは盛大に揺れる鞄の中で歪んだり曲がったりしてしまっていた。
だが道具があれば簡単に直せるものばかり、時間を置いて面倒くさくなる前にやってしまおうとリットは地下の工房へと降りていった。
ノーラは買い物へ、妖精達は精霊との交流会で一斉に庭(森)を空けているので、久しぶりにリットは静寂の家に居た。
ノーラに持たせた道具のメンテナンスだけで終える予定だったのだが、あまりの静寂に集中力が途切れることなく、気付けば他の道具の整理も始めていた。
イミル婆さんのパン屋へ買い物に行ったノーラは、そこでごちそうになり、食後のお茶と長話までしっかり付き合ってきたので、夕方になった今もまだ帰ってきていなかった。
飲まず食わずで作業していたリットは、食器棚を漁ればチルカが隠しているナッツ類でもあるだろうと思い、階段を上がっていった。
思った通り食器棚にはビンに詰まったナッツがあった。
誰かが勝手に開けたらわかるように枯れ草で細工されていたが、リットが開けるより前にノーラにつまみ食いされた跡があった。
「はい、現行犯よ」
リットがビンに手を伸ばすと、そのビンがチルカの羽明かりを反射した。
「もう帰ってきたのか? 気にすんなよ。二十数年は帰ってこなくても大丈夫だ。胃がふやけるまでお茶会をしててくれ」
「交流会だって言ってるでしょう。やることやったらさっさと帰ってくるわよ。妖精もヒマじゃないのよ」
チルカのため息が合図のように、リットの家の庭からは妖精の羽明かりが一つ、また一つと増えていった。
「やることって……湖にゴミを投げ入れることか」
「種よ種。まったく……」
「まったくはこっちのセリフだ。サラマンダーに羽を焼かれ、ノームの大地に落とされるとかって話はどうなったんだよ」
リットは精霊との交流会がある山へ向かう前に、チルカから聞いていた話とは違うと文句を言った。
最初の話では――
サラマンダーに羽を焼かれ、ノームの大地へと落とされるのだ。
呪いを解くには、妖精と一番馴染み深いシルフに頼むしかない。
精霊との交流会が開かれる山にある湖。妖精はある花を摘み取って持っていく。
その花は精霊との交流に必要なものであり、ウンディーネがそれでお茶を淹れる。
だが、呪いをかけた妖精だけは選択肢を与えられるのだ。呪いをかけるか、解くかの二択だ。
呪いの解除を選ぶと、ウンディーネはその花を『精霊花』と呼ばれる魔力の結晶と合わせて呪いを移し替える。
種になり湖に沈むと、数日で呪いが消えて花が咲く。
その花は普通の植物ではなく、精霊が作り出した魔力だ。
ガラス細工のような透明な花びらで、雄しべや雌しべはない。
咲いた花は川に流れて、やがて世界へと消えていく。
――というのが『妖精の水中花伝説』の『大妖精の呪い』というものだった。
こんな美しい話のようなことはなく、泥に塗れたのが事実。
リットはどうなっているんだと詰め寄った。
「それこそが妖精の噂話だったのよ」チルカは自分も被害者だとため息をついた。「何百年も前の妖精が流した噂話が元になってるの。それを人間が聞いておとぎ話に変えて、それを聞いた妖精がまた噂話として流したの。それが巡り巡って私達の元へ届いたのよ。不思議な話よね……時代を超えた噂話よ」
「こういうのはホラ話ってんだよ……」
「でも、アンタが縮んだのも事実でしょう。色んな要因が重なって独りで飛んでいく。それが妖精のうわさ話よ」
「その縮んだのが納得いかねぇんだよ……」
「それはそうでしょうけど……。わかんないわよ。なんなら真っ赤な月夜にもう一回呪いをかけましょうか? そもそもかけた覚えはないんだけどね……」
チルカはここまで皆と休みなく飛んできて疲れたと、食器棚により掛かると風を起こして蓋を開けた。
ポンっと気持ち良くコルク栓が抜ける音が響くが、コルク栓は風によって抑えられ飛んでいくことなく真下に落ちた。
風は止むことなく、ナッツが数粒リットの手のひらに飛んできた。
「三粒だぞ」
「お礼よ。その……助けてくれたから」
「三粒だぞ」
リットはナッツを手のひらで遊ばせながら同じことを言った。すると、再び風が起きてリットの手のひらから一粒奪い返した。
「文句言ったからよ」
チルカはべーっと舌を出した。
そしてリットが再び文句を言おうとすると、風を起こして無理やりナッツをリットの口に放り込んだ。
リットは喋るつもりでいたので、ナッツは舌の上ではなく喉へと直撃した。
むせるリットの背中のを睨みつけたチルカは「お礼くらい素直に受け取りなさいよ……バカ……」と吐き捨てると、庭にいる妖精仲間の元へと消えていった。




