激甘 「君と一緒にいたいのさ」
激甘
「君と一緒にいたいのさ」
認めよう。
晃一の苦手な恋愛映画を、無理矢理観たいと連れ出したのはあたしだ。
「あー、そういう映画おれ無理。五分で居眠りする自信ある」
タイトルを見ただけで、晃一はすでにあくびをしていた。
なのに、あたしは「絶対おもしろいから! 寝てらんないよ!」って主張して、腕を引っ張って、映画館に入った。(だって、晃一のすきな、ゾンビ映画とか観れないし。寝れなくなるし)
だから、あたしは決して怒る権利はないんだ。
申告通り、五分もたたずに晃一が寝てしまったことも。
あたしが思わず涙したシーンで、「だいふくー」とか寝言を言われたことにも。
そのあげくに
「……ふああ、だから言ったろすぐ寝るって」
って、悪びれもせずに言ったことにだって。
***
(なのに、ぐーでパンチをしてしまった……)
おなかに入れたから、「ぐえっ」って言って、一瞬目を白くさせてた。
パンチの勢いにまかせて、ぷりぷり、ぷりぷり、映画館から家まで二駅分。衝動に任せて歩いてきちゃったけど。
いつもここ。晃一と来てる道だなー、とか。
一緒に餌あげた猫は、今日は元気かなー、とか。
思ってたら、なんだかちょっと冷静になって。
晃一ごめんよって気持ちになってきた。
田辺夕陽。二一歳。
一八のとき、マンガの投稿で賞をとって、静岡から東京に来た。今は数ページの連載や、イラストの仕事をちょこちょこやりながら、お弁当屋さんのアルバイトをして生活してる。
自分が悪いことしたなーって自覚がでてくると、家に帰って同棲している晃一の顔を見るのもちょっと気まずくて。こうして一人寄り道をすることにした。
ススキがたくさん生えている川座敷で、子どもの頃やったかくれんぼを思い出して、膝をかかえてしゃがみ込んでみる。
でももうちょっと待って夜になれば、十五夜にむけてふとっちょになってくきれいなお月さんを見れるはずだ。
(今日は、そこまで粘ってかえるかな)
お尻が冷たくなるのを感じつつ、あたしはじっと空を見ながら、月を待ってた。
***
重い。ぬくい。苦しい。
実家で飼ってた大型犬のテツを思い出す。
テツ。イギリス原産の牧羊犬。前が見えるのか、っていうくらいふっさふさの毛がキュートだった。
テツ。あのときごめんよ。
(お前の食べてたドックフードが、すんごくうまそうに思えたんだよ)
「……食ったのか」
「んはっ」
耳元で声がして目をさます。肩に重みを感じるとおもったらこてんと晃一が寄りかかってきてた。
「あ、れ?」
「おはよう」
まるでそばにいるのが当たり前みたいな顔で、晃一があたしの頭をぽんぽんってなでた。Tシャツ一枚。晃一ったらずいぶん薄着だな、なんてぼうっと思ってたら、あたしの肩に、ジャンパーがかかってる。
(来てくれたんだ……)
あたしをさがしてくれて。一緒にいてくれたんだ。
空にはもう大きなお月様が出ていた。
「で、食ったの?」
テツの話か。あたしは腕を組み、深い後悔の念をうかべながらむむ、とうなった。
「あれは忘れもしない、小学校三年生の台風の日だった」
お父さんとお母さんが、仕事から戻ってこれなくって。
その日は、電車がとまって朝まで帰れないと電話があった。
家には食料がなに一つ見あたらず。
そこには、テツがいつも食べているドックフードの缶が一個だけ置いてあった。
「結論から言うと、あんまりおいしくはなかった」
「ま、ドックフードだからな」
テツは。賢くおとなしい犬だった。
あたしにほえかかることもなければ、かみつくこともなかった。
「ただ、滝のような涎と、缶についたわずかな汁をさみしくなめる姿に、幼いあたしでもさすがの罪悪感を覚えたのでした」
それ以来、心に決めたことがある。
「あたし、今度台風が来て、家にツナ缶ひとつしかなかったとしても、それを晃一を分けあうからね!」
「……なにげに、犬と同列にされてる気がするんだが」
「犬は犬でも家族である」
「ふーん」
晃一はちょっといじけてるような顔をした。
「かくいうおれは猫派だが」
晃一は、土方系のアルバイトをしながら、夜間の大学に通う苦学生だ。
アルバイト先のお弁当屋さんで、いつも一番やすいノリ弁を買ってて。毎日、毎日ノリ弁なもんだから。ついついこっそりおまけとかしてたら、顔と名前を覚えてくれて。
ある日。あたしがバイトを終わるのを店先で待ってた。
もう冷めちゃったお弁当を「そこで一緒に食べませんか」とか言って。
ふたりで公園で食べた。それが初デートだった。
あたしたちは二人ともお金がないから。
なかなか今の若人たちのような楽しいデートはできない。
それが、大枚をはたいて、話題の映画を見る、というすばらしい贅沢をしたというのに。
晃一寝ちゃうし。
「……晃一さー。なんであたしと一緒にいるの」
「んあ?」
「だってさ。あたしたちって結構合わないよね」
好きな映画も違うし。犬派も猫派もちがうし。好きな食べ物だって。
「合わなくたっていいじゃない? おれがそうしたいんだから」
晃一はあたしにやさしく笑った。
あたしに向きあって、ほっぺたを両手でつかんで、額を突き合わせる。
晃一の吐く息が、あたしの鼻に当たって、くすぐったい。
「同じものを見て、同じものを食べて。なるべく二人で一緒にいたいのよ」
***
晃一はあたしとしゃべってるとき、いっつもうーとか。あーとか。適当な返事をする。
おならだって普通にするし。いくら起こしてもいぎたなく寝てるし。
もー、なんなの。カノジョとしてあたし。適当に扱われてない? って思ってた。
でも。
「夕陽……」
おひさまの匂いがしみついた、ふかふかのお布団の上に、ゆっくりゆっくり仰向けになる。背中に当てられた手とか、まっすぐこっちを見る目とか。
晃一はエッチをするとき、本当に慎重に触ってくるから。
もしかして、自分がとんでもなく繊細な壊れ物にでもなったんじゃないかって勘違いしそうになる。
「あのさ、晃一」
「ん?」
「あたし、晃一に、ほっぺを触られるの、結構好き」
おっきな手は、冬でもあったかくて。そこから体温を感じるのが好き。
自分がまるで犬になったみたいにすりすりしたくなる。
この手はあたしのだって、両手でもって主張する。
「ほっぺだけ?」
両手でほっぺに触って、ちゅと唇が降りてくる。
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と唇、鼻先、眉毛にキスされる
すぐに唇が離れてしまうのが嫌で、あたしの方から腕を回して、晃一に抱きついた。
「晃一に、されるものなら全部好き」
こうして二人で抱きあう時間は、いったいいつまで続くだろう。
あたしの先が見えない漫画の仕事も、アルバイト生活も。晃一の苦学生の生活も。
先の見えないこの暮らしがずっとずっと続くようにも思えるし。
いつか唐突に終わってしまうようにも思う。
「どうした?」
あたしの目に不安が浮かんだのがわかったのか、晃一があたしの頭をなでた。
さっき晃一が行ってくれた言葉を思う。
『同じものを見て、同じものを食べて。なるべく二人で一緒にいたいのよ』
「なんでもない」
あたしは、あたしをなでるその手をとってキスをした。
これからも。もっともっと。
なるべくずっと。
できれば世界が終わるまで。
(晃一と一緒にいたいのさ)
おわり
最後まで、読んでいただいて、ありがとうございました!