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学園のアイドルの秘密

思い付きで書いてみました。感想お待ちしてます。

少女漫画には、必ずヒロインがいる。

誰もが振り返る美少女だったり、ちょっとドジで放っておけない女の子だったり。

どんな女の子にも、いつか運命の相手が現れて、奇跡みたいな恋が始まる。

では、現実はどうだろう。

学園のアイドルと呼ばれる彼女には、きっと誰もが認める素敵な恋が似合う。

けれど、現実は漫画のように都合よくできていない。

偶然の出会いも、運命的な再会も、胸が高鳴るような告白も。

待っているだけで訪れるほど、恋愛というものは親切じゃない。

それなのにどうして人は、物語のような恋に憧れてしまうのだろうか

きっと答えは簡単だ。男がいつだってヒーローにあこがれるように、女の子もいつだって少女漫画のヒロインに憧れているのだ。



「なぁ、楽。お前、最近妙に放課後の滞在時間が長くね?」

斜め前の席から、ふわりと軽快なトーンで話しかけてきたのは、反町蒼反町蒼(そりまちあおい)だった。

クラスの女子グループと適度な距離感を保ちつつ、なぜか俺の斜め後ろを定位置にしている、気安く呼び捨て合える数少ない悪友だ。

俺――東白楽東白楽(とうしろらく)は、机の上に広げた現代文の教科書から微動だにせず、極めて平穏なトーンで言い放った。

「気のせいだ。俺はただ、日直の仕事の残りや、こう、健全な高校生らしい黄昏を楽しんでいるだけだ」

「うそつけ。この前、旧校舎の裏で篠原さんと一緒にいるところ、俺の目撃情報網にガッツリ引っかかってたぞ」

「……見間違いだ、それは都市伝説の類だな」

心臓が嫌な跳び方をしたのを隠すように、俺はわざとらしくパコリと黒板消しを叩いた。

篠原翠。クラスの中心に君臨し、男子からは「篠原さん」と少し身構えて呼ばれる、生息域が違う圧倒的な美少女。

艶のある黒髪は背中の中ほどまで伸び、毛先にかけて緩やかにまとまっている。前髪は目元にかからないよう綺麗に整えられ、左側には小さな銀色のヘアピンがひとつ。

切れ長でありながら、どこか柔らかさを感じさせる瞳は、光の加減によって淡い紫色にも見えた。

制服の着こなしにも乱れはなく、背筋はいつも真っ直ぐ。誰に対しても穏やかな笑顔を絶やさず、言葉遣いも丁寧。その立ち居振る舞いには、自然と周囲の視線を集めてしまうような品があった。

まさしく、高嶺の花。学園のマドンナ。


そんな彼女と俺の間には、絶対に他人に知られてはならない――文字通り、墓まで持って行くべき秘密があった。

それは、古い少女漫画。

すべての発端は、数週間前に遡る。

学級委員の押し付けくじ引きで敗北し、旧校舎の古い図書準備室の片付けを一人で押し付けられていたときのことだ。




「――というわけで、旧校舎の図書準備室の片付け担当は、東白くんに決定しまーす!」

HR終わりの教室に、蒼のおちゃらけた声が響き渡る。

俺は、机に突っ伏したまま、乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。

クラスのレクリエーション係である蒼が仕切った「文句なしのクラス係決めくじ引き」。見事に最悪の当たりを引き当てた俺の机のまわりには、いつの間にか同情の視線が集まっていた。

「いやぁ、東白。よりによって旧校舎のあそこかよ。あそこ、最近使われてなくて幽霊が出るって噂だぜ?」

「バカ言え、出るのは幽霊じゃなくてただの埃だろ……。よりにもよって、なんであんな廃墟みたいなところの片付けを……」

ため息をつきながら鞄を掴む俺に、蒼は「まあ、男のロマンだと思って頑張ってこいって!」と能天気な笑みを教室の教壇から俺にめがけて放っている。

こうして、俺の平穏な放課後は音を立てて崩れ去ったのだった。

十分後。

本館から離れた旧校舎の二階。その一角にある『図書準備室』の引き戸をガラリと開けた瞬間、俺は本気で後悔した。

「……うわ、すご……」

カーテンの閉め切薄暗い部屋の中には、何十年もの時を経た埃と、古びた紙の匂いが充満している。部屋の中央には、歪んだ木製の机と、天井まで届きそうな巨大な書架がいくつも並んでいた。

窓から差し込む夕日が、舞い上がる埃を黄金色に照らしている。

「聞いてねぇぞ、こんなガチの開かずの間みたいな場所だなんて……。さっさと終わらせて帰るか」

俺はジャージの袖で口元を覆うと、手近にあった分厚い書架の整理に取り掛かった。

古い図鑑、使われなくなった副教材、そして埃をかぶった雑誌の束。

ガラクタを一つずつ段ボールに放り込んでいく作業は、思っていた以上に単調で、気が滅入るものだった。


――どれくらい時間が経っただろうか。

書架の一番奥、壁と本棚のわずかな隙間に、妙に真新しい、しかしどこか見覚えのあるサイズの冊子が挟まっているのに気づいた。

「ん……? なんだこれ」

手を突っ込んで、それを引っ張り出す。

表紙には、見慣れないレトロなタッチで、瞳を潤わせた少女のイラストが描かれていた。タイトルは……かなり古い少女漫画の単行本だった。

ページをめくってみると、物語のクライマックスらしく、主人公の女の子が雨の中で男の子に涙ながらの告白をしている。しかし、すれ違いの末に男の子は冷たく背中を向け、女の子はその場で崩れ落ちて大泣きしていた。

俺は思わず、そのページに挟まれていた栞を眺めながら、小さな声で毒づいた。

「……は? なんだこれ。主人公、ここで引いたら終わりだろ。ていうか、現実の人間がこんな綺麗にすれ違ってドラマチックに悩むわけねぇよ。結局、顔がいい奴が勝つ世の中なんだから、すれ違う前に連絡先くらい交換しとけっての……」

「――失礼ですね!!」

静まり返った準備室に、ガラスが割れるかと思うほどの鋭い叫び声が響き渡った。

「っ……!?」

心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を受け、俺は慌てて声の主の方を振り返った。

そこに立っていたのは――。

「……し、篠原……さん?」

絶句する俺の目の前にいたのは、クラスの誰もが知る「高嶺の花」――篠原翠だった。

だが、今の彼女は、いつも学校で見せる完璧でおしとやかな笑顔なんて微塵もなかった。

顔を茹で上がったタコのように真っ赤にし、制服のベストの裾をぎゅっと握りしめ、目にはうっすらと涙を浮かべながら、全身で怒りを表現していた。

「いま……いま、なんて言いました……?」

「いや、その……お前、なんでここに……ってか、いまの声、もしかして……」

俺の手から、彼女の視線が逃げない。

俺が今まさに片手で掴んでいるそのボロボロの少女漫画。そして、篠原さんの両手が、自分の胸元を隠すようにガッチリと抱え込んでいる別の冊子。

篠原さんは震える指で俺を指さし、息を荒げながら叫んだ。

「それ……! それ、私が隠してた宝物なんですけど……っ! なんで勝手に読むんですか、デリカシーってものがないんですか、人の心の機微も分からない冷血漢なんですか東白くんはっ!」

「いや、勝手に読むって、ここはゴミの……じゃなくて、片付けの場所だろ! そもそも、学校のアイドルであるはずの篠原さんが、なんでこんな古臭い少女漫画を隠し持ってんだよ!」

「い、いいじゃないですか! 人には誰だって隠したい趣味の一つや二つあります! それをよりによって、一番見られたくない相手に、しかもそんな冷めた目で全否定されるなんて……私、私……!」

ポロポロと、篠原さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

学校のアイドルという俺の発言に突っ込みがないところを見るに、完全にキャパシティを超えてパニックを起こしている彼女を前に、俺は冷や汗をダラダラと流しながら、両手を必死に横に振った。

「ま、待て待て待て! 泣くな! 俺が悪かったから! 別に否定したわけじゃ……いや、ちょっとはしたけど、秘密にする! 絶対に誰にも言わないから!」

「本当ですか……?」

「本当だ! 誓う! だからその、そんな目で見るな、俺がまるで悪者みたいだろ!」

こんなところを誰かに見られてみろ。篠原にいいところを見せたい男どもから身に覚えのない罪で糾弾されるに決まってる。

俺の必死の訴えに、篠原さんはようやく鼻をすすり、袖で乱暴に涙を拭った。

息を整えながら、彼女は恐る恐る、しかし鋭い眼光を俺に向ける。

「……もし、このことがクラスの誰かにバレてたら白楽くんがどうなるか、分かってますよね?」

「ああ。お前が俺を社会的に抹殺するんだろ。よくわかったよ」

「それだけじゃありません。私、明日からこの学校に顔向けできません……。だから……」

篠原はスッと息を吸い込むと、震える声で告げた。

「――お互い、これ、秘密にしましょう。絶対に、墓まで持って行くんです」

「了解だ。契約成立だな」

俺だってまだ花の高校生活は楽しみたい。そのためにもこのことは他言しないでおこう。

西日の差し込む薄暗い図書準備室の隅で、俺たちは最悪の出会いと引き換えに、誰にも言えない絶対不可侵の条約を結んだ。


「そもそも何でここに隠してたんだ?」 

涙で目を少し腫らしているものの、すっかり落ち着いた様子の篠原に俺は疑問に思っていたことを聞いた。 

「ここはその…人がめったに来ないし、本も置いてある場所なのでこれを隠すのに最適な場所だったんです。」

古びた少女漫画を抱きしめながら続ける。

「それなのに掃除するって話になって、しかも担当がうちのクラスになって。せめて自分でくじを引けたらよかったんですけど、白楽くんが当てちゃうから!」

「なら俺が掃除する前に取りに来ればよかっただろ?」

「忘れてたんですーー!」

そんなやり取りをしながら俺は思う。

篠原翠はもしかしたら学内のイメージとは違ってかなりポンコツなのかもしれないと。


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