Ep.75 『黄玉色』の秘密
「ルチア、ルシアン。 今日は起きているのか?」
双子の為に特注させた広めのベビーベッドの上に、並んで横たわる双子の瞼が、今は珍しく開いていた。
産まれた直後は猿のようだった顔立ちも、日が経つにつれてはっきりしてきたように見える。
レイヴンクレスト王家の色ではなく、クロンヴァルト皇家の色を強く持って産まれたルシアンは、髪も瞳も、そしてどことなく顔立ちもヴィクトリアにそっくりだった。
成長するにつれ、ますます妻に似てくるであろう息子の存在が、小骨のように胸の奥に引っかかっていることに自分でも気付いていた。
反対に、妹のルチアは私の髪色に近いブロンドで、周囲からも私に似ていると言われる。
『男親は娘をより可愛がる』という世の父親たちの言葉に、今は強く同意する。
息子とは違う華奢な骨格や、か弱い声。
何より自分に近い者なのだと感じるほど、娘が格別に愛おしく思えてしまうのだ。
そして、それは父上も同様のようだった。
……決して、息子を愛していないわけではない。
どちらも等しく、命に代えても守るべき我が子だ。
……ただ、我が王家の男子にのみ引き継がれるはずの『琥珀の瞳』を、ルシアンが持たなかったことに……そうだな、私は少し、がっかりしたのかもしれない。
当然引き継がれるものだと信じていた私は、念の為、侍医に密かに確認を行った。
⸺⸺⸺
「レイヴンクレスト王家の『琥珀の瞳』が直系男子に受け継がれるのは、血筋もさることながら『魔力の型』が影響しているのでしょう」
「魔力の型? どういうことだ?」
『魔法属性』は、魔力量と同じで人によって違う。
だが、特定の家系には特定の属性が発現しやすい傾向があると言う。
「例えば、トレヴァント辺境伯家です。 あの家系は、代々水・土の属性持ちが多い……と言いますか、土地柄、その二つの属性を持っている者が当主となることが多いのです」
特に高位貴族は魔力量が多い者がほとんどである。
それ故、高位貴族同士の婚姻では属性がどうであれ、より魔力量の多い側の属性が優位に働くことが多々あると言う。
「ならば、ヴィクトリアの方が私よりも魔力量が多いということか?」
「通常であれば陛下の方が勝ります。 しかし、懐妊中は驚異的な魔力量が赤子に吸い取られます。 今回、双子でしたので通常時よりも多くの魔力量が必要でした。 王妃陛下は意図的にポーションを常用し、魔力量を底上げしていたのです。 その影響で一時的に王妃陛下の魔力特性が上回り、王家の型に干渉したのでしょう」
……なるほど。
確かに帝国皇族には、『黄玉色』を持たない者がいるのだ。
我が国も帝国も、継承権は男女どちらであっても有することが出来る。
だが、ヴィクトリアの姉君は『黄玉色』ではなかった為、継承権はないと聞いた。
「つまり、同じ王族・皇族同士のうえ、複雑な条件が絡み合い、ルシアン殿下の瞳は『琥珀色』ではなかった……というだけなのです」
⸺⸺⸺
ただの貴族令嬢相手ではないから、そういうことが起きても仕方がない。
理屈では理解出来ても、やはりどこか寂しさは拭えなかった。
「ハインリヒ様。 あまりルチアばかり可愛がらないでくださいませね? 先王陛下までルチアを猫可愛がりして……。 そんな風では『わがまま王女』になってしまいますわ」
「うむ……そうだな。 双子が差を感じるようなことがあってはならないな」
ヴィクトリアの苦言に、私は苦笑しながら反省を伝えた。
双子だからこそ、互いを比べたり、比べられたりすることが多く出てくるだろう。
私のくだらない感情のせいで、どちらかが悲しむようなことがあってはならない。
「父上にも伝えよう。 私も気を付ける」
彼女は「仕方ないですわね」と、ふふっと微笑み返してくれた。
⸺⸺⸺
双子を愛でおえ、執務へ戻るハインリヒの背を見送る。
笑顔で手を振っていた私は、彼の姿が見えなくなった瞬間、その表情をすべて消した。
ベビーベッドの中を見ると、双子は再び深い眠りに落ちている。
ソファに座り、供されたハーブティーの香りをゆっくりと吸い込んだ。
……ハインリヒがルシアンの瞳の色を見た瞬間、動揺したことなど百も承知だ。
レイヴンクレスト王家の男子にとって、『琥珀色』の瞳を持つのは『必然』のことなのだから。
けれど、私の子は『夫』の子なのだから、『琥珀色』が産まれるはずなどない。
『夫』の髪色はブロンドだけれど、瞳は『赤褐色』だ。
娘ならどうにでも取り繕うことは出来ても、息子だった場合どうするか……。
それが私たちの課題だった。
まさか産まれた子の瞳を入れ替えるわけにもいかない。
そこでお姉様からお借りしたのが、『黒龍の魔石』だった。
帝国の皇帝であるお父様さえ持っていないであろう、自らの魔力量を強制的に増幅させる効果があるという『幻の魔石』。
黒龍自体が希少種なうえ、数も少なく、かと言って偶然発見したとしても討伐出来る者もほとんど存在しない。
その為、お伽噺の中の遺物だと思っていた代物だ。
これを身に付けて魔力量を増幅させれば、胎児の瞳は『黄玉色』になるだろう⸺⸺それがお姉様の見解だった。
クロンヴァルト皇族の帝位継承権の証である『黄玉色』の瞳は、圧倒的な魔力量が関係していることが分かっている。
『夫』も帝国の高位貴族家出身で魔力量は多い。
ならば、この魔石でブーストをかければ『琥珀色』を意図的に作ることが可能なはず……。
私は妊娠が判明した頃から、魔石が嵌め込まれたバングルを肌身離さず身につけた。
強制的に魔力量を増幅させるのだから、それなりに私の体に負担がかかったが、強い眩暈や吐き気などの副作用はすべて『悪阻』として誤魔化せた。
増幅された分は双子たちがすべて吸収して、不足した魔力を補う為、上級ポーションを水代わりに飲み干す日々。
安定期に入ってしばらくした頃、お姉様から「そろそろ双子の魔力の器が広がっただろうから魔石を外すように」と連絡を受けた。
確かにバングルを外しても、双子に吸収されていく魔力量が変わらなかった。
そして出産の瞬間、予め指示をしておいた通り、ルチアが出てくるまで私は陣痛に苦しみながらも、侍女の視線による合図を待った。
産湯で確認されたルシアンの瞳は、計画通りに『黄玉色』だった。
そしてルチアの瞳も魔力量が増幅したおかげで、『夫』の『赤褐色』に『黄玉色』が強く混じり、美しい赤みのある『黄金色』に仕上がった。
ルチアの瞳を、自分と私の色が混じった色だと思い込み、自分に似ているとハインリヒは悦に浸っている。
予め仕込んでおいた者たちに「王女殿下は、陛下にそっくりだ」と煽てられ、彼は満足げに笑う……。
けれど、彼は今もルシアンの中に、必死に自分の影を探していることに気付いていた。
残念だけれど、ハインリヒ。
この子たちの中に、あなたの影など、微塵も存在しないわ。




