Ep.69 執念の結実
「まあ!王妃陛下がご懐妊に?」
王城から戻られたアーサー様が、内密の話としてヴィクトリア様の懐妊を教えてくださいました。
本来であれば公式発表まで秘匿されるべきことですが、表向きはヴィクトリア様には、このレイヴンクレスト国内に信頼出来る貴族がまだおりません。
……もっとも、私とセシリア様は計画上、あえて距離を置いていたのですが。
ですが、懐妊となれば話は別です。
全く頼る者がいないという状況は、よくありません。
国王となられた陛下は、セシリア様やクララさんの醜聞のせいで、王太子時代はまともな家柄の令嬢から敬遠されておりました。
一部の愚かな下位貴族を除けば、クララさんの後に座った席の『尻拭い』をさせられるのを、誰もが恐れておりました。
それが国で一番の権力者となった今、状況が変わったのです。
さすがに、クロンヴァルト帝国の皇女であったヴィクトリア様を押し退けて正妃の座を狙う無謀な者はいないでしょう。
ですが、『側妃』となり、子を……しかも王子を産むことが出来れば、次代の王の母、そして外祖父母として権勢を振るえるかもしれません。
三公爵家以外は、ヴィクトリア様と王家の間で結ばれている『契約魔法』の内容を知りません。
一時は『クララさんが側妃となりかけた』という前例がある以上、虎視眈々とその座を狙う貴族家が出てきております。
そういった家は、王妃の懐妊は面白くは思わないでしょう……。
周囲はヴィクトリア様の手の者と我が家の『影』で固めてありますが、それでも鼠や害虫というものは、僅かな隙間を突いて入り込むものです。
「ああ。安定期に入るまでは伏せるつもりなのだが、どんなに隠しても気付く者がいるだろう……そこで、シャーロットに頼みがあるのだが……」
「分かりましたわ。なるべく王妃陛下の元へ参内いたしますわ。ですが、今まで交流がございませんでしたから……陛下から、公式にご招待くださいますようにお伝えいただけますか?」
言い淀むアーサー様のお心を汲み、先に申し出ました。
私の言葉に一瞬、安堵した表情を浮かべましたが、すぐに苦々しい顔に戻りました。
「ありがとう……実は、セシリアにも頼もうと思っているのだが……」
「セシリア様ですか……恐らく、快く引き受けてはくださるとは思いますけれど、問題は陛下かと……」
私は片頬に手を添えながら困惑を装い、眉尻を下げました。
陛下はセシリア様に対し、自責の念があるのか、未だに彼女の姿をご覧になると挙動不審に陥ります。
……それに、お二人の繋がりはまだ隠しておくべきでしょう。
陛下の警戒心を煽らないように、せめてお子が二人産まれるまでは……。
「……ああ、そうなのだ。あんな様子では、何か問題が起きれば再びセシリアを疑いかねない」
アーサー様は深く溜め息をつかれました。
……まったく。あの陛下は即位したのにも拘わらず、相変わらず私のアーサー様にご心労をかけるとは……。
表情には出しませんが、私の心の中は静かな怒りで真っ黒に染まっていました。
「他にも誰かいればいいのだが……クララの件があって、他家との繋がりがなくなってしまったからな」
アシュフォードは現在、他家のご夫人との関係を構築し直している最中です。
何人かはお付き合いを続けてもいいと思える方もいらっしゃいますが、ヴィクトリア様のお側に置けるかまでは、まだ判断が出来ません。
「私もどなたかいい方がいらっしゃらないか、考えてみますわ」
微笑みながらお伝えすると、アーサー様も穏やかに微笑み返してくださいました。
「ああ、ありがとう。頼むよ」
……一度、セシリア様にもご相談いたしましょう。
⸺⸺⸺
「ヴィクトリア、今日の体調はどうだ?」
「まあ!陛下、また執務を抜け出してきたのですか?」
ハインリヒは懐妊が判明してからというもの、暇さえあれば私の元へやって来るようになった。
悪阻が始まり、食事の匂いや強い花の香りなど、今まで気にならなかった匂いで気分が悪くなり、酷いと嘔吐してしまう。
少し疲れると目眩も酷く、これでもまだ軽い方なのだと侍医が言うので、早く治まってくれることを日々願っている。
即位の儀の日に懐妊を告げられたのは、まさに重畳だった。
身ごもる為、羞恥を捨てて『夫』との閨事を増やした。
もちろん露呈しないように、ハインリヒの手が空かない隙を狙い、予定が変わった時にも対応出来るように、お姉様に頼んで『影』の配置も増やしてもらった。
私室だと扉の外に護衛や侍女を出さなければならず、万が一、ハインリヒが来たときに不審に思われる。
その為、かつて侍女が控えていた部屋を改装して『夫』を招き入れた。
初夜もそこで過ごした。
妊娠を促すという、通常よりも苦い薬草茶も我慢して飲んだ。
けれど毎月、月のものがくる度に『今月もだめだった……』と落ち込み、即位の儀が近付くにつれ、不安が募り、焦燥で夜も眠れなかった。
だから、懐妊を伝えられた時は、喜びのあまり思わず『夫』の顔を見てしまった。
幸い、侍医は「喜びを側近たちと分かち合おうとした」としか捉えなかったようだ。
直後に駆け込んできたハインリヒが、子どものように泣きじゃくったのには困惑したけれど、彼は自分の子だと露ほども疑っていない。
⸺⸺私と『夫』の、愛おしい子。
この手で必ず守り抜くと、私は心の奥底で誓った。
「今は休憩だ。それに、ヴィクトリアのお腹には王家の世継ぎがいるのだ。そんな妻を労るのも国王の大切な職務の一つだろう?」
にこにこと微笑み、もっともらしい言い訳を並べているけれど、とりあえず公務は真面目にこなしているようなので、そこは目溢しすることにした。
そんな日課のティータイムの際、ハインリヒからシャーロット様を側に置くように勧められた。
「懐妊したことは公表していないが、いつ誰に知られるか分からない。それにヴィクトリアにも、心許せる話し相手が必要だろう?」
ハインリヒの提案には一考の価値があった。
お姉様からの手紙によれば、愚かな貴族家が「他国出身の妃だけでは国内貴族の統率に障りがある為、国内の令嬢から側妃を迎えてはどうか?」という声があるらしい。
ハインリヒの提案に乗り、シャーロット様を王妃宮へ招き、私たちは細心の注意を払って『適切な距離感』を保ちながら会話を楽しんだ。
周囲には私の手の者しか置いていないけれど、どこから漏れるか分からないから注意するに越したことはない。
その中で、シャーロット様がアーサーから聞いた話を教えてくれた。
先日の貴族院会議で、とある貴族家当主が『側妃』に関して進言したそうだ。
大方、自分の家門の令嬢を宛てがいたいのだろう。
「『まだ婚姻して一年にも満たない陛下に側妃を勧めるなんて……卿は帝国を敵に回す勇気がおありですのね。私には真似できませんわ』……と、ブランシェ女侯爵閣下が仰ったそうですわ」
その話題が出た瞬間、お姉様が愚かなその男を冷酷に嘲笑ったのだという。
直接顔を合わせずとも、お姉様は常に私を助けてくださっている。
その事実に感謝の念が尽きず、私は思わず顔をほころばせた。




