Ep.40 家令の独白
「初めまして、セシリアと申しますわ。あなたがトレヴァント辺境伯家の家令かしら?」
「お初にお目にかかります。トレヴァント辺境伯家で家令を務めております、ウォルターと申します」
王都へ転移した私が真っ直ぐ向かったのは、辺境伯家の王都邸だった。
先触れなしに突然現れた『夫人』を、家令のウォルターは少しも動じることなく恭しく迎え入れた。
「奥様にお会いできた折にはお詫びせねばと、ずっと気にかかっておりました」
「お詫び?ウォルターに謝られるようなことが何かあったかしら?」
私は頬に手を添え、何のことかしら?とばかりに小首を傾げて見せた。
「……旦那様のことでございます……トレヴァント辺境伯領での無礼な振る舞い……ましてや、使用人までもが奥様を侮るなど、あってはならないことでございます」
ウォルターは苦虫を噛み潰したような顔で、私に向かって深く頭を下げた。
「顔をあげてちょうだい。確かに、領地邸の使用人は私に対して無礼を働きましたわ。けれど、主が尊重しない者を敬わないのは、彼らにとって当然のことでしょう?」
そう……人は流されやすい。
自分の意思よりも大多数の意見の方へ。
そして、自分にとって楽な方へと。
そんな人間を、私は飽きるほど見てきた。
『義務』『責任』『能力』『品格』
すべてに完璧を求められ、隙を見せないように仮面をかぶれば『可愛げがない』と疎まれ、失敗すれば『努力が足りない』と責められる。
僅か11歳で高位貴族子女が受ける教育よりも、更に高度な王太子妃教育が始まった。
『喜怒哀楽は見せるものではなく、状況に合わせて作るものである』
まず、そう教えられた。
王族としての礼儀作法、教養、その他、いざという時には代理を務められるようにと王太子が学ぶことも、ある程度学ばなければならなかった。
『完璧な令嬢』と呼ばれていたけれど、私は初めから完璧だったわけではない。
周囲に何を言われようと、求められたことに対して最大限の努力をし、それに応え続けた結果に過ぎないのだから⸺⸺
「そのように仰っていただけるとは……まったく、旦那様は見る目がない……」
ウォルターは横に首を振り、小さく溜め息を吐いた。
「ふふっ。今日はね、あなたに用があって参りましたの。お時間いただけるかしら?」
応接室へ移動し、私はソファへ腰を落ち着けた。
ノインはいつも通り背後に控えている。
ウォルターは私に紅茶を供すると、私の斜め前に直立した。
向かい側に座るように促すと、彼は一瞬の躊躇の後、恐縮しながら席に着いた。
「前置きはなしにしましょう。閣下のお父様……つまり、前辺境伯閣下には、第二夫人がいらっしゃったのではないかしら?」
いきなり核心を突いた言葉に、彼は驚愕のあまり目を見開いた。
「……なぜ、それを……旦那様が覚えておいででしたか?」
「いいえ。閣下にはお聞きしておりませんわ。私が独断で調べさせていただきましたの……あなたのその口振りだと、閣下は第二夫人のことをご存知ないのかしら?」
ウォルターは視線を落とし、後悔を滲ませながら当時のことを語り始めた。
「……あの方は、対外的には『第二夫人』とされておりました。ですが本来であれば、あの方は正式な『辺境伯夫人』となるはずだったのです」
前辺境伯夫人と聞けば、誰もがレオンハルトの亡き母を思い浮かべる。
元々、前辺境伯は無骨で口下手で無口でと、女心がまったく理解出来ない男だった。
亡き夫人とも政略結婚で、必要最低限の関わりしかなかったという。
産褥で妻が亡くなると、子が一人では心許ないと分家筋から後妻を娶るよう声が上がった。
前辺境伯は女性に苦手意識が強く、また嫡男のレオンハルトが生まれたばかりだったこともあり、後妻を娶ることを拒んでいた。
「ですが、『不可侵協定』が結ばれる際、新たに妻を娶ることとなりました。そのお相手こそが、奥様の仰る『第二夫人』です」
⸺⸺⸺
ウォルターから聞き出したいことをすべて聞き終えた後、私はノインと共に辺境伯領の別邸へ転移した。
彼の話した内容は、概ね私の予想通りだった。
……まあ、多少なりとも関係はあるのではないかしら?と、最初から感じてはいたのだけれど……
「冒険者ギルドマスターから返事は来たのかしら?」
「はい。先ほど、『明日の午前に』とのことでした」
早い時間を避けたのね。
冒険者たちは大抵早朝から動き始め、昼以降になると戻って来る者や、逆にその時間から動き始める者が増える。
その為、『早朝を避けた午前』は、ギルドが一番空いている時間帯なのだ。
私の立場を慮って、あえてその時間帯を指定したのだろう。
「……さて、まだパズルのピースが足りないわね」
その最後のピースは、私自身が現地へ出向かなければ確認が出来ない。
けれど……その為には、一人説得しなければならない人がいる……
そろりと様子を窺うようにノインを見上げると、無表情な緋色の瞳と目が合った。
「ねえ、ノイン?私、ちょっと出かけたいところがあるのだけれど……」
「では、私が代わりに行って参ります」
どこへ行きたいのか、既に察しているのだろう。
『異論は認めません』とばかりに、ノインの言葉は、きっぱりとしていた。
「……そもそも、どうやって向かわれるおつもりですか?一度も行ったことがない場所へは転移魔法は使えません」
移動に便利な転移魔法の弱点はそこだ。
たとえ、正確な座標が分かっていても、未踏の地へは飛ぶことができない……
……改良出来ないかしら?
思考が逸れそうになるのを引き戻し、ノインを納得させる材料を探す。
「……ねえ。商人ギルドマスターが、今一番欲しい物は何かしら?」
私の意図を読み取ったのか、ノインの眉間に僅かにシワが寄ったのが見えた。
「……そうですね。あの方も『新当主とのコネクション』は欲していると予測出来ますが、それだけでは商談の材料としては足りないかと」
私は頭の中で、あの狐のような男への交渉材料を吟味する。
一つ思い付いたけれど、これで納得させられる確率は五分……といったところかしら。
あとは本人に聞いたほうが早いかもしれないわね……
「ノイン、商人ギルドマスターに面会の申し出を。そうね……『商談』とでも伝えてくれる?」
「……承知いたしました」
返事の僅かな間に、ノインの不満を感じ取ったけれど、私は気付かないふりをして微笑んだ。




