剣舞
ごう、と剣圧で土埃が舞う。
チカ、と触れ合う刃から火花が散ってキィーンと甲高い金属音が空気を震わせる。
払ったはずの剣が、また現れる。
滑るように身体を入れ替えて疾風に代わり飛空がヨンの懐に入り込んで剣を突き上げる。
仰いで躱せば、そこには疾風が居るのだがニヤと笑ったヨンはがしっと片手で飛空の腕を掴み下げおろし、もう片方の手に残したした剣で疾風の斬撃を受け流す。
「馬鹿力め。」
飛空が悔しそうに両手に力を込めるがヨンには敵わない。
他方、疾風の追撃を片手で捌くのは流石に厳しいのかヨンはちら、とライカに視線を送って来た。
「充分休んだだろう。手伝え!」
明け方に休憩してくると言ったきり姿を消し、漸く昼過ぎに戻って来たと思ったら昼寝を始めた相棒に流石にヨンも焦れたらしい。
「むしろあんた達は休まないのか?」
「こいつをのしたら休む。」
「それはこっちの台詞だ!」
これは手伝って幻獣兄妹をのした方が早いのか、手伝わずに新入りの兄さんが叩きのめされる方が早いのか。
悩ましい。
ライカは強い。
剣人の国で師範まで務めている程である。
しかし、本当に強い者はこの小領には残らず他国にて重責を任される事の方が多い。
だから俺はそこそこだ、と本人は思っている。
各国から腕試し腕磨きにやってくる剣馬鹿達の相手を幼少の頃からさせられていて剣技だけで言えばとっくに師匠の腕を超え、人外の域にまで達している事に気付いていない。
強いが、剣だけに殉ずる馬鹿者であった。
ざんっ。
ついにヨンへ一撃が入った。
模造剣などではない。
一足飛びに後退し、間合いを取ってから斬られた腕に血止めを貼り付ける。
好機とばかりに追撃が襲う。
「二対一では流石に分が悪いか。」
ゆらと立ち上がるとライカは愛剣を構えた。
すかさず斬りかかったのは、ヨン。
「ちょ、待てっ!」
慌てて躱すも疾風が既に居る。
避けるのは諦め、鞘を盾がわりに受けて弾く。
体勢を崩したところへ更に飛空がとどめを刺しに来る。
「木剣でも死ぬわ!」
紙一重で避けると、ずぶりと飛空の剣が地に吸い込まれる様に刺さった。
四人とも手にしているのは真剣である。
三対一の剣戟をぼやく隙すら与えられず躱しに躱して、たまに仕返す。
いつしか、四人とも笑っていた。
「いいなあ。僕も混ぜてくれないかなあ。」
見学しに来たシロがうずうずと言った。
「あれに混ざりたいって?正気か?」
ハルが鬼神さながらに高笑いのまま戦っている四人を見て首を振る。
「うーん。駄目かなぁ?いけるかなぁ。」
「待てって。何、準備体操してるんだよ?」
「キシン様、僕も行っていいですか?」
背後に現れた老師に振り向きもせず、尋ねる。
「うわ!爺さん、いつの間に?!」
「太刀筋といい、気の張り方といい申し分無いのだが。お主はどうやって剣を覚えたのだ?振るえば付く肉もなければ、硬くなる筈の手のひらも赤子のように柔い。」
「ええと、子どもの頃(と転生前)に、少々。母国で最近まで牢に入っていたので鈍っているのはそのせいかと。」
「ウィラードの主人はお主か。」
「え?あ、はい。一応、そうでした。」
エリム砦の騒動の後にリュヘル坊に連れられて来た優男を思い出す。
普段は他者はおろか自分の事も面倒くさがって顧みないリュヘルが珍しく気に入ったようで連れ回し世話を焼いていた。
キシンの所へも酷く迷惑そうな男を連れて来て稽古をつけろと無理矢理に叩頭をさせた。
歳も歳だし伸び代は無さそうだと突っぱねたのを、もう一人の外道な若者と寄って集って頭を足蹴にし額を地面に擦り付けさせるので最後は気の毒になり修行を了承したのだが。
旱魃でひび割れた大地に雨が降り注いだかの如く剣技を飲み込み、めきめきと腕を上げたのには驚いた。
もっとも坊と外道とライカに寝む間も無く稽古をつけられては腕を上げるか嬲られ死ぬかの二択だったろう。
そうだったな。見かけで決める事もないか、と、キシンはシロの参戦をやってみろと促した。
「では。」
嬉々として剣を抜き、シロも剣舞の輪に向かう。
背に護らなければならぬ者が居ない。
負けても構わぬ。
退いても何の問題も無い。
だからこそ。
詠唱無しにぶちかました火弾に四人がさっと輪を広げた所へニコニコと満面の笑みで走り入る。
「退いてろ、怪我じゃ済まないぞ。」
「大丈夫!部分欠損も回復出来ますっ。」
忠告してきたライカに早速斬りかかる。
「っ!」
細身に似合わぬ力押しの豪剣を軽々と払いシロを蹴り飛ばすと、そのまま背を向けて隙を突いてきたヨン達の攻撃に立ち向かう。
「止めろ、たんま!ちょ、待てって。師匠っ、そいつ診てやって下さい。手加減出来なかった!」
「む、」
ヨンがちらと、シロを見て剣を下げる。
飛空と疾風も動きを止めた。
「大丈夫、です。即死じゃなきゃ回復出来ますから。」
よろ、と起き上がって再び剣を構えようとして刃が砕けているのに気づく。
「ああ、何で蹴られたんだろうと思ったら剣が砕けたのか。」
しっかり剣で蹴りを防御した筈なのに、無銘の剣では受けきれなかったようだ。
「すまん。太刀筋が良かったから焦って本気で返してしまった。攻めも守りも大したもんだが、もう少し身にあった戦い方をした方がいいぞ。ヨンの様な豪剣を振るっても威力が足りないし、攻撃は躱さないと受けきるのは無理だろう。」
「でもそれでは一軍を退けるのは無理ですよね?」
「は?」
「一太刀で十人ぐらいは捌けないと勝てないじゃないですか。」
ライカはまじまじと目の前の美青年を見た。
「十では足りぬ。一翼を滅して本戦が始まる前に陣に帰還するには一合で百は屠りたいな。」
ライカは振り返りまじまじと美丈夫を見る。
うん、こいつらは頭がおかしい。
「仮想敵が軍って…。」
そういえばこの者達はリュヘル様の客人だったな。
そういえばリュヘル様はリデルのジャムス殿下と親しかったな。
リデルは王位継承でまだ揉めているんだよな。
もしジャムス殿下が起兵したら…。
うん、考えるのはよそう。
ライカは引きつった頬をぱしんと叩いて剣を鞘に戻した。
「え。お終いですか?そんな、もう少しだけでも、」
「剣も無いだろう?」
「えーと、ハル?」
何故か青年は幻獣の子どもに手を出す。
「いーやーだ。」
「少しだけ。頼むよ。」
「むーりー。」
「お願いします。今度カレー作ってあげるから、ね?」
「か、カレー?」
「それとも寿司の方がいい?」
「まじすか?」
「ラーメンも作れるよ?」
「うぬぬ。す、少しだけだぞ!大事にしろよ?痛いのはヤダからな?」
「ありがとう、ハル。大丈夫、任せて!ラーメンは豚骨?」
「うー。豚骨。麺硬めで。煮卵も付けて。変身っ!」
ライカはまじまじと少年の服からにじり出た剣を見た。
拾い上げた青年がにっこりと構える。
「さあ、やりましょう!」
「いや。ちょっと吐き気がする。」
ちらと師匠を見ると、師匠も阿呆面で変身した剣をまじまじと見ていたので少しだけライカはほっとした。




