野宿の理由
街道を行く美青年と歌う魔剣の噂はハウンゼルの牢破りの手配書よりも早く席捲した。
やむなくハルは幻獣に戻りヨンに肩車をしてもらう。
お願いだから外に出してくれと懇願したヒースも徒歩組だ。
中では絶賛麻雀大会が行われている。勝敗はシロが人外さん達を未だ無双中。
「あいつは。全く少しは手加減してやればいいのに。」
「トンさん、じゃなくて、シロさんは負けず嫌いなんですよ、あれで。」
ヒースが朗らかに言う。
やっと虜囚だった神人達、双子のコウとユアから解放されて笑みが止まらない。
「ハル、少し歩いたらどうだ?体もあったまるぞ?」
「体温高いから大丈夫!ヨンさん疲れた?」
「少しな。」
「じゃあ、まだ宜しくー。」
降りる気は無いんだな、とヒースはにこにこしながら思う。
ヨンの次はヒースにおんぶして貰おう、とハルが考えている事には気づいてもいない。
「ヒースさんとは余り話せてなかったね。俺はハル。見ての通り幻獣です。シロとは、腐れ縁?友達?何だろうねえ。」
「はあ。」
帝都で黒衣の魔術師のお出ましを待つ間に散々話したと思うのだが、まだ話す事などあっただろうか。
「腹の石は大丈夫?」
「あ、はい。ト、シロさんが取り出してくれました。」
「なんでトンさんって呼ぶの?」
ヒースは笑みを凍らせた。
「それは…。ずっと名乗ってくれなくて。…いえ。お顔を潰されて鼻が捲れ、脚も不自由で這うしかなかった彼の方を俺たちは。」
うなだれて歩みを止める。
「豚人と呼んでいたんです。」
「うわぁ、酷いねー。じゃ、ヒーさんの趣味は何?俺は昼寝ー。おーい。ちょっとヨンさん、ヒーさんを待ってあげてよ。」
ヒースが慌てて追いかけてくる。
「酷いって、それだけですか?侮蔑したんですよ!」
「え?だから俺は酷いなあと思ったよ?でもシロはそれでホッとしたんだろう、名前を訊かれなくて済んで。」
「…はい。」
「嫌な事を言われっぱなしのあいつじゃないからね。で、趣味は?」
それこそ余り話す間も無かったウィラードがいつもため息を吐いていた理由がなんとなくわかってきた。
「シロさんの遺言、聞きたいですか?」
張り合っても仕方がないと思いながらも、シロの事なら何でも知っているといった風なハルを黙らせたい一心で余計なことを口走る。
「ハル、降りろ。頭の上で殺気走るな。」
「そんな事してないけど?」
言いながらも降りてくる。
「で、シロは何て?」
「…すみません、馬鹿な事を言いました。忘れて下さい。」
「ふうん。……いやいやいや、無理!めっちゃ気になる!シロには内緒にするから教えて?おーねーがーいー。」
ぺたりと背中にしがみついてくる。
執拗な教えて攻撃に十分は耐えた。
十分しか、耐えられなかった。
足元に土下座しているハルを立たせる。
「そこまでして知りたい事ですか?」
「何々?教えてよう。気になって夜も眠れないわー。」
ハルが茶番を続けるからヨンはすっかり足を止めて向こうで何やら演武を始めている。
ああ、あれは牢でトンさん、いやシロさんがやっていたものと同じだ。
「もしもし、ヒーさん?も一度必殺技繰り出そうか?」
「必殺技って。分かりましたよ。シロさんには内緒ですよ?それに大したことは仰らなかったです。貴方に伝えて欲しいと。」
「うんうん。で?」
「悪趣味ですねえ、全く。『僕はスライムになった』と、貴方に伝えるよう頼まれました。スライムって何ですか?」
「スライムってのはゲル状の最弱魔物。」
そう言って考え込む。
何かとんでもない符丁が隠されていたのだろうか。
おしゃべり幻獣の長い沈黙にヒースも黙り込む。
「…あのさ、」
「は、はい?」
「それだけ?」
「は?はい。」
「うーん…。意味がわからん。本人に聞くか。」
ふいっと小男に変身し、異空間を開くとシロを呼びつける。
「どうかした?ああ、もう夕方かあ。だいぶ進んだ?」
「あまり進んでいません。今夜も野宿になります。」
「ハルー。」
「そんな事よりさ。お前の遺言、意味不なんだけど。」
内緒だと言ったのに、あっさりばらされてヒースは叱責を覚悟する。
「遺言?何だっけ。」
「スライムになった、だっけ?」
話を振られて渋々頷く。
「そんな事言ってた?夏?あー言ったような気もする。意識が混濁していたからあんまり覚えてないや。」
「どういう意味?」
「え?うーん。なんか、恥ずかしいな。多分、普通に死んだから心配しないでね、って伝えたかったんだ。」
「次からはそれで、宜しく。あんなん分からんだろう。」
「いやでも恥ずかしいよ、流石に。」
「恥ずかしいのか?それ。俺はちゃんと頼んで来たぜ!万が一の時には会社の備品の振りしてパソコンを回収してから中身は見ないで処分してくれって。同僚に。」
「…そんな根回ししてないで仕事休めば良かったのに。」
「…ですよねー。今思ったわ。」
なんだかよく分からないが、二人には強い絆があるらしい。
別に見返りを求めてシロを助けた訳では無い。友と屈託なく戯れる姿を見られて良かったではないか。
そんなヒースを横目にハルが笑う。
「シロ、お前、友達出来そうじゃないか。俺は、」
また子ども姿に戻る。
「ヨンさんに肩車して貰ってくるわ。」
とっとこ走って行く。
「…あ。」
「転けた。」
「シロー、擦りむいた。ヒール!」
「それくらい、直ぐに治るよ。」
「そう言わずに治してやりなよ、シロさん。俺にはしてやれない事だから。」
「…正直に言うとね。僕は貴方が無茶をしないかとはらはらしていたんですよ。」
シロは肩をすくめてハルにヒールをかけてやりながら言う。
「おー、治った。」
「良かったね。あまりヨンさんに迷惑かけないでね?」
「かけてないよー。」
懲りずにとっとこ走って行く。
「幾度か僕を外へ連れ出そうとしていたでしょう。」
ハルを見送り、シロは話を戻す。
「気づいて、いた?じゃあその度に具合が悪そうにしていたのは、」
「ごめんなさい、割と仮病です。皆さん何かしら手助けはして下さいましたが、貴方だけなんですよ、直接僕を逃がそうとしたのは。ちょっと事情があって、というか、ウィラードさん達の状況を測りかねていて牢を出る訳にいかなかったのですが。」
「あ。ああ、じゃあ、あんたは好きで彼処に居たのか?」
呆れて、まじまじとシロの顔を見る。
シロはちょっとむっとした顔になる。
「あんな所、好きでいる訳ないでしょう?もう、絶対怒られるから言いたくないって言ったのに、ハルの奴。何が大丈夫だよ。」
むくれ顔のシロが歳相応の若者に見えて思わず吹き出してしまう。
「もう、いいよ。どうせ、俺の算段じゃ失敗して大変な事になっただけだろうし。あー、もしかして皆んな気づいて居たのかな?やけに親切されたのは。」
「お顔に出てましたからねえ。悲壮な覚悟?」
「うわあ。う、わあ。」
「とにかく、色々ありがとうございました。酷い目に遭わされたし、次会ったら文句を言ってやりたい奴も居なくはないですけどね。だからといって恨み辛みで生きていくつもりは無いですから御安心下さい。ちゃんと貴方には事情を話して礼を言っておけと、ハルに叱られたんです。水に流して頂けますか?」
「馬鹿な事を言うなあ、シロさんは。それを頼まなくちゃならないのは俺の方だよ。流石にハウンゼルには居られないからついて来てしまったけど、一緒に行って良いのかな?」
言ってから、赤面する。まるで、あの龍の女の子のような口説き文句ではないか。
だのに、シロは至極真面目な顔で頷く。
「来てくれなければ困ります。あの人達、僕独りでは連れ歩けませんよ!」
ヨンと遊び始めたハルを指差す。
ヒースも、至極納得した。




