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父、帰る

 なかなかの店構えである。

 イズール経由で運ばれた沿岸域の産物が並んでいる。

「トト屋、トファトフェン商会か…。」

 ウィラードが頭を抱えた。

 案内してきた下男に小金を渡し、宿からナーダルを連れて来るように頼む。

「何をしている?」

 途中の屋台で買った何だかよくわからないものをもぐもぐと食べながら焔が言う。

「怒ると、お米が食べられないでお腹がすいたよー。」

 嬉しそうに、小声でハル。

「あんたは黙って。はい、今行きますから。」

 入り口で売り子が茶を配っている。

「新茶です。お試し下さい!」

「…美味いな。」

「はいー、それはもう。レイデ高原で採れた一番茶なんですよー。今なら三袋お買い求め頂きますとお茶請けにおすすめの干菓子をプレゼントいたしております!いかがですかー?」

 買い食い三昧で喉が渇いたらしい。

 幻獣、ぶれなく自由である。

 カモを見つけた店員さんが焔を試食試飲に連れ回している間に、ウィラードも一息つく。

「あー、君すまないが、ご店主に取り次いで貰いたい。」

 番頭に声をかける。

「相済みませんが主人は只今接客中でして。」

「その件で伺ったのだ。幻獣を連れて来た者がいたろうが、その幻獣、彼女は私の妻なのだ。ああ、申し遅れたが、私はイズールのウィラード商会主です。重ねて取り次ぎ頂けないだろうか。」

「聞いて参ります。しばらくお待ち頂けますでしょうか。」

「うむ、よしなに頼む。」

 本当にしばらく待たされた。

 店内を一回りしてあらかた食べられるものは食べて来た焔がむすっとした顔で用意された椅子に座る。

 ウィラードも仕方なく隣に腰掛ける。

 有能そうな番頭だった。

 きっと主人に伺いを立てる一方でウィラードの素性を確かめたり、裏で色々と忙しくしているのだろう。

「いらっしゃいませー。新茶のご試飲いかがですか!」

「ああ、レイデの茶摘みの季節か。」

 聞きなれた声が入ってきた。

「ここに呼びつけるとはいい度胸ですね、ウィラードさん。」

 ニタリ、と笑みを浮かべてナーダルが言った。

 そこへ番頭が戻ってきて、奥へ上がるように言いかけて。

「ひっ。」

「よお。」

 と、ナーダル。

「まさかと思いましたが、ご一緒でしたか…。あ、失礼いたしました。主人が待っております。こちらへご足労願えますか。」

 噴き出た冷や汗を拭いながら案内をする番頭について行く。

「少々取り込んでおりますが、こちらです。」


 扉を開けた途端に。

 示し合わせたように各人の動きが止まった。

 ウィラードの目に入ったのは、ハルの危惧した通りに戒められて、あられもない格好の煌華である。

 はだけた肌に隷属紋まで見える。

 ブツンっと怒りに理性が吹っ飛ぶ。


 焔は反対にそれまでの怒りが一気に冷めた。

 淑やかに育ててきたつもりがどうしてこうなった?

 スカートが捲れ上がり脚も露わなのを気にもせず、足元にげしと踏みつけている奴隷商を見てため息が出る。


 酷く惨めな格好を、父と虫ケラ共に目撃されて羞恥に真っ赤に染まる煌華と。

 売りに来た奴隷に足蹴にされている姿を見知らぬ男共に見られた奴隷商と。

 幼い頃から君臨してきた兄の姿を久しぶりに見て、息も忘れた店主と、幼い頃からイジメ倒して可愛がってきた弟を見つけたナーダル。


 ウィラードが剣を抜こうとしているのに気づき、ナーダルはその手を捩じり上げる。

「離せっ。」

「姐さん、いい格好だねえ。ああ、紹介しとこうか。こちらの色男が僕の雇い主、竜殺しのウィラードさん。その舅の焔さん。」

 自分の二つ名を聞かされてウィラードが我に返る。

「で、こっちが愚弟のフェーラ。いつの間に支店なんか出したの?」

「二年ほど前です。知らなかったのですか?」

「トファトフェンには出禁だからね。」

「ここもトファトフェンですが。」

 すっとナーダルが目を細める。

「何お前、チクる気?」

「お、お、脅しても駄目ですよ!兄様を引き取って貰う代わりにうちは竜殺しに手を出さないという協定じゃないですか。」

「そうだっけ?」

「あんな成り上がり商会、うちが本気を出せばあっという間に潰れますよ。」

「別に潰されても僕は構わないんだけどねー。ここ、客に茶も出さないの?」

 ウィラードを押さえたまま、嫌ったらしくナーダルが弟を恫喝していると。

『パキンっ』

 いつの間にか焔が煌華の戒めを解いていた。

 主人契約の付け替え中で今なら隷属紋も効いていない。

 やったとばかりに魔力を上げる煌華を。

「加重力。」

 めきょっと床に伏す。

「何、す、ん、の?」

 床から焔を睨み上げる。

 そのへしゃげた煌華を指差して。

「嫁いだ娘に父親が折檻もなかろう。婿どの?」

「へ?」

「遠慮はいらん。尻の一つも叩いてやってくれ。」

「ぶっふぁあ。だってさ、旦那さん。」

 げらげら笑いながらナーダルはウィラードの腕を離す。

 ついでにフェーラを蹴り飛ばして空いた椅子に座る。

 高見の見物準備は万端だ。

 くっ殺せ、などと殊勝な煌華では無論、無い。

 ぶっ殺す!と、その目は金に燃え上がっている。

 なんでこの二人を連れてきてしまったのだろう?と自分の人選ミスを悔やみながらウィラードは煌華を抱き起す。

「嬢ちゃん、大丈夫か?」

「ふーっ!」

 まるで猫の威嚇である。

 大丈夫そうだな、とジタバタ暴れている煌華を腕に抱いたままフェーラに向き直る。

「そちらさんも大丈夫ですか?初にお目にかかります、ウィラード商会主のウィラードです。」

「当店店主のフェーラです。お噂は、かねがね。」

「なんの噂…ああ、いえ。長居はご迷惑でしょうから要件を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「是非そうして下さい。」

 フェーラが苦々しく兄を見ながら頷く。

「この幻獣ですが、本来は自由民でお恥ずかしながら私の妻なのです。それが、何の間違いか、」

 じろりと奴隷商を睨む。

「こちらに連れて来られたようで。引き取らせて頂きたいのですが、如何でしょう?」

「さて、それは困りました。私はもう金も払い、契約証もこの通り。」

 フェーラも商人である。

 はい、そうですか、とはいかない。

 その証文をナーダルがひょいと取り上げてビリと破き捨てる。

「うわっ、兄様!酷いじゃないですか。」

「面白いものも見られないし、馬鹿馬鹿しい。焔さん、帰りましょう。」

「…はい。」

 ウィラードの腕の中で大人しくジタバタしているだけの煌華を複雑な心境で見ていた焔が気持ち寂しそうに頷く。

 厳しく躾けすぎたのだろうか。あの甘っちょろい人間の方が煌華を理解してやっているのだろうか。

「帰るか。」

 呟くと、おもむろにウィラード商会の預かり荷物をどさどさと異空間から放り出し。

「世話になったな、婿どの。煌華を頼んだぞ。私は棲へ戻る。」

 そう言い置いて、よろめくように窓から身を乗り出すと竜型に転じて空へ舞い上がり、行ってしまった。

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