甘菓子
ウィラード商会の取り扱い品は主に東方で仕入れたものである。
商売敵の手の内を曝け出されてフェーラの目の色が変わっている。
「竜殺し殿は随分と可愛らしい竜を射止められたのですね。そういうご事情なら仕方ありません。奥方様からは手を引かせていただきますとも。ところで、そちらの白磁の壺ですが、」
「いやいや、流石はトファトフェンの若旦那様で。ご理解いただき恐縮です。こちらの壺は申し訳ありませんがさるお方からのご依頼の品で、」
「さようですか。ではこちらの藍の反物は、」
「ご勘弁下さい。ナーダル卿の弟君とはいえ、それをお譲りしては我々の商売が立ち行きません。こちらの大皿は如何でしょう?」
「大皿ならこちらを、」
『ばりん』
「「あっ!」」
逸品を割られてウィラードとフェーラの顔がひきつる。
「これとこれと、これで手打ち。」
「うぐっ。」
「はああ。」
ナーダルが両商会が妥協出来るギリギリラインの物品を選んで並べた。
「兄様、その目利きをなんで活かさないのですか。」
「活かしてるよ?常態も竜殺しもとてもイイ。お前もね、もう少し育ててやれればよかったんだけど。」
「余計な世話です。それで手打ちで結構ですからもう帰って下さい。ウィラードさん、次も兄を連れてきたら、その白磁の壺いただきますからね。」
「…白磁つければ返品できますか?この人。」
思わずウィラード。
手土産に高級茶葉を渡された。
ナーダルが居る限り茶は美味い物が飲めそうだ。
ああ、胃が痛い。
その後、飽きたのか先にハルを持ってナーダルは宿へ戻って行った。
煌華は元より働く気など無いので、ウィラード独り荷を煌華の異空間へしまい直したり、奴隷契約を解除したり、隷属紋消去の術師を探しに行ったりと、もうへとへとである。
ようやく全て片付けて、寝落ちている煌華を背におぶりいとまを告げる。
「これを、」
と番頭が包みを渡してくる。
「ナーダル様の好物です。皆様でお召し上がり下さい。」
「また、来させましょうか?」
「いえ、それは本当にご勘弁を。あの性癖さえなければ面倒見の良いお方なのですが…。若旦那も私も、その、相当に…構われまして。」
「あー。ご愁傷様です。」
現在進行形で構われているウィラードが虚ろな声で言う。
「出来ればもう二度とお会いしたくないのです。」
深々と頭を下げてウィラードを送り出す。
結構重かった。
宿に戻ってナーダルに包みを渡す。
会いたくはないが好物は食べさせてやりたい。
そんな身内の複雑な情をナーダルは一瞥し。
「気が利かない奴だな。酒でも寄越せば良いのに。」
「好物だと聞いたが?」
砂糖が振りまかれた如何にも甘そうな菓子とナーダルを見較べる。
「それは弟の好物だ。取り上げたら泣くのが面白くて。ああ、そういう意味では好物だったな。うん、…やっぱり不味い。」
一口かじってポイと捨てる。
子どもの頃からこうやって弟を虐めてきたのだろう。
ウィラードも一口かじってみる。
ジャリジャリとまるで砂糖の塊のような菓子だ。甘すぎておそらく普段ならとても食べられたものではないが、疲れているせいか結構美味い。
「焔さんに言ってやれば良かったのに。」
「ああ?」
「叩くより敷かれる方が好きだって。女の尻。」
「ごほっ、」
噎せた。
「そういえば、客人が来ているよ。」
一言からかって気が済んだのか。
穏やかな顔で不味いと捨てた菓子をもう一度つまみ、ナーダルが言う。
身寄りのいないウィラードには少し羨ましい。
釣られてもう一つ菓子に手を出しながら客は誰だと尋ねる。
「さあ?伯爵家の使いだと言っていたが。」
「むぐっ、」
今度は詰まった。危険な菓子である。
宿の隣の酒場に見るからに場違いな男がいた。
飯時を迎えて賑わう店内で独り背を伸ばし、茶をすすっている。
大分待たせてしまったようだ。
「あのー、ウィラード商会の者ですが。」
「ご店主様ですか?」
「はい。大分お待たせいたしたようで。」
それには答えず、家紋入りの書簡を差し出してくる。
「私は当領主家の家令をつとめておる者です。明日、我が主人の元へ参られたく願いますが、お宿は隣でよろしいか?」
「はあ。」
「では昼の刻に迎えを遣わせます。正装の必要はございませんが、少し身なりを整えていただいた方がおよろしい。では。」
一方的に言うだけ言って帰ってしまった。
一体何の要件なのか。
書簡にも今がた聞いた召集のことしか書かれていない。
身なりを整えて、と言われたがギルドに出かける時に旅装は解いてある。
菓子からこぼれた砂糖をはらうだけでは。
「ダメだろうなあ。」
胃だけでなく頭も痛くなってきた。




