開戦前夜
シロンの逡巡を、人間に対する戦への躊躇いと読み取ったカリオンはやおら剣を抜き、一閃させる。
首を落とす斬撃を、シロンは鞘に収まったままの駄剣ハルテシオで軽くいなしてみせる。
尚も振るわれる剣撃をあしらうこと数回。
「ふん。」
鼻を鳴らして、ようやくカリオンが剣を収めた。
まともに受け止めて痺れる腕と乱れる息を押し隠す。
「…私は交易を通して獣人と人間の仲を結びたいのです。幻獣達の力は強大過ぎて、戦いに用いれば相手を殲滅させてしまいます。」
言葉を選びながら、シロンは建前を語る。
建前、と言っても本当の話ではある。
ただ、どうとでも出来る話でもある。故にカリオンにこの説明では通らぬだろう、と思う。
さて、どう言い包めるか。
と。
「アレと共戦など出来ぬ事ぐらい承知している。」
苦々しげにカリオンが言った。
アレ、と言われた煌華が不満そうに立つ。
カリオンとシロンの攻防に割って入るつもりだったのか、発動させかけていた魔術を難しい顔で解く。
カリオン以外の獣人達は、ヌコも含めて頭を抱えて小さくなり床でガタガタ震えている。
シロンはポーカーフェイスで頷く。
規格外のカリオンと対峙していたのでつい失念したが、幻獣に対する獣人の態度はだいたいあんな感じである。
長クラスですらガクブルになってしまう。まして、一般獣人達は推して知るべし。
「貴方、お名前は?」
煌華に問われ、獣人の将はカリオンと低く応じる。
やはりこのヒトは凄い。
しっぽが若干垂れているのは気づかぬふりをしてあげよう。
シロンは煌華へ場を譲る。
「カリオンさん。わたくしは心からあなた方をお手伝いしたいと思うのよ?」
びくぅっ。
一番煌華の近くにいるヌコが更に小さく縮まった。
「でもね。本当に。ものすごーく、本意でないけど。」
つかつかつか。
シロンの前に立って見下ろしてくる。
つんつん。
シロンのつむじを突っついて。
「お前にわたくしも同行するわ。ヌコさんにはわたくしの許婚になっていただいて。うふ。」
流石にそれはヌコが可哀想すぎる、とシロンはつっつく手を止めさせて、問う。
「コーカさん?正直なご説明を賜りたいのですが?」
煌華は鼻をぷくりと膨らませると、更に一歩シロンに詰め寄る。
形良い胸が眼前に揺れて、元勇者ではあるが聖人ではないので、普通に眼福を愉しんでみたり。
ハルであれば即正座ものだが、人間とじゃれ合う気は無いのか。
「クソ親、いえ、長老方がお前と駄剣を見守れと言うので来て差し上げたのよ。」
「色々やらかしたから勘当されました?」
「うるさい。何でわたしがお前を守らなくちゃいけないの?何で、わたしが、お前の言う事を、聞かなくちゃならないのよっ!」
と、まあ長老達にお仕置きされたらしい。
煌華の事だ。
シロンをバッサリ切り捨てて、なんかもう死んでたし無理なかんじ?てへっ、と郷に戻りそうなものであるが、一体どう仕置かれたのか。
憎々しげにシロンを見やりながらも、つんつん以上は手を出してこない。
おそらく長老達はハルの魔王化を案じて煌華を派遣したのであろうが、詳細は教えていないようだ。お転婆娘への罰も兼ねて、シロンの部下になるよう命じたのだろう。
有難い。
猫の手、と言ったらヌコに失礼かもしれぬが、兎に角シロンの手駒は少ない。猫の手ならぬ竜の手とあらば、使い道に困る事は無い。
煌華をどう使うか。
考えを巡らせながら、シロンは再びカリオンに向かう。
「開戦はいつです?」
「卿の従者が、落ちたら。」
カリオンがシロンの呼び方を変えた。
一人とはいえ、幻獣を配下に置く男。
将たる、そう、認めたのだ。
「北の人間と幻獣と獣人が手を結んだ。その情報を得て、卿があやつらならどう動く?」
「こと辺域の話であれば、獣幻双方の連携が取れる前に潰し安全をはかります。」
即、シロンは答え、更にこの旅を始める前からの懸念を続ける。
「ですがイズーリアが本当に危惧するのは貴方がたでも幻獣達でもなく、ブライデル帝国の動向でしょう。獣人相手、と言える間に戦端を開いておいて、表の外交でブライデルの意向を抑える。幻獣の棲側から攻め込まれて困るのはブライデルもイズーリアも同じこと。両者が手を組めば、逆に幻獣の棲と獣人の森を手中に入れられるかもしれない。そう判じられた場合、残念ながら私の親伯爵は反対しないと思います。私の領など簡単に踏みにじられるでしょうね。」
だからこそ、シロンは僅かでも領民を鍛え、また少数で交易の話に絞って交渉しに来たのだが。
幻獣と獣人の共戦を匂わせて、有利に立ちたい獣人軍と。
更にその後方のブライデルが噛む前に、獣人相手の戦だと既成事実を作りたいイズーリア軍と。
双方の思惑は即開戦で一致している。
ならば、人間と幻獣が獣人の元を訪れた、ただその情報がウィラードから示されるだけで。
開戦は間もなく。
結局。
シロンが動けばささやかな話には収束しない。
神に加護されし者に、世の歯車は粛々と廻りゆく―――




