元勇者の弁舌
「タヌミミ、ゾウミミ、キツネミミ。」
煌華が鼻息を荒くしている。
狸耳の、いかにもタヌキ親父といった風な獣人と。
象耳の、融通のきかなさそうな堅苦しい装いの獣人と。
反対にもふもふの尻尾とセットで一層軽そうに見える獣人と。
一体どの辺に萌えるのか。
ウィラードにしてみれば、一発殴り返してやりたいとは思えど、全くそそられない中年男三人組である。
「あなた方の領土に無断で立入ました事をお詫びします。私は北の幻獣の郷の先にあるしがない荘園の領主をしております、シロンと申します。以後お見知り置きを。そして改めてこの地への逗留の許可を願います。」
当然、ウィラードに対して話をすすめようとしていた獣人達はシロンに先手を取られてあからさまに浮き足立っている。
「ご領主、ですか?では其方は…」
「ああ、ウィラードとは先に親睦を深めて頂いたようですね。彼は私の護衛です。」
ぬけぬけとシロン。
「こちらは我が領民のヌコさんと、そのご友人のコーカ嬢です。ヌコさんはあなた方のご同輩で、コーカ嬢は北の地にお住いの幻獣の方です。」
見て一目瞭然の事も、白々と付けて加える。
「今一人、ハルという名の幻獣の連れがいたのですが、先に訪ねた幻獣の郷に留まっております。いずれ彼も此方へ伺うことと思います。その節はよしなに願います。」
幻獣さんはまだまだ来るよ?とプレッシャー。
言葉は下手に。態度は高圧。
魔族と剣で切り結ぶばかりが勇者の仕事ではなかった。
王都を訪ねれば、奇々怪々な鵺のごとき権力者どもと渡り合い、難民を受け入れさせ、寒村に支援を出させ、辺境に砦と兵を配置するよう諫言する。
時に相手の弱味につけ込み、時に姫ごと国を誑し込み。
だがそれは人を救い、国を守る為のもの。
そして自らも最前線で魔王と戦ったからこそ、シロンは勇者として恥じぬ生を神にも認められたのだ。
腹黒い。
ハルにそう、揶揄されようと。
恐喝も実に真っ当な手段である。
「そういえば。アレは何処?鞘を持ってきたのよ。」
緊張の空気を読まない自由な幻獣がヌコの耳を触りながらのんびり口を挟んだ。
「私達をお疑いなら、荷改めぐらいなさりましたよね?」
優しくシロンが聞く。
荷物はあるんだろうな?という意味である。
「荷改め…?」
荷は置きっ放しか、と内心で舌打ちする。
「もし、北と南の軍との密偵でしたら密約書など持参しているやもしれません。勿論、私達はご承知の通り友好を結びに来ただけの者ですが、今後は人だけでなく荷物も確認された方がよろしいですよ?」
すっと、一息ついて。
「で?私達の荷は何処に?」
ドスなどきいてもいない、声変わりもまだの子どもの声なのに獣人達の背に震えが走る。
「ヌコさん。案内をお借りして、一走り取りに戻ってくれる?見栄えの悪い小刀があったと思うんだけど、あれはねえ、」
獣人達をじろりと見る。
「幻獣の長から預かった大事な物なんだよ。」
主に包んでいる布がだけどね、と声に出さず付け加え、ふっと嗤う。
幻獣の大事な物を粗末に扱ってしまった。
ヌコを含めた幻獣達が、ひぃと息を飲む。
すぐに回収隊が組まれる。
話の腰をおる煌華を無事ヌコにくっつけて追い払ったシロンは、さて、と対話を続ける。
対話、と言っても一方的な展開に、ウィラードはすっかり傍観の構えだ。
余計な気を回さずシロンを尋問の場に出しておけば、とうに獣人達を丸め込んでいたかもしれない。
そう思うと、結構頑張ったのになあ、と少し侘しくもある。
うん、この旅が終わったら、以下略。
一応は護衛らしくシロンの側に控えながらも、もはやフラグ作成に余念がないウィラードである。
シロンの独壇は続く。
獣人の長達は時折相槌をうつのがせいぜいであった。
幻獣の長達に語ったと同じ事を繰り返す。
獣人奴隷を買い取り、解放し。
その資金の為、交易路と商都を作り。
ついては幻獣達の協力も得られた。故に、獣人の森にも街道を作り協力を得たい。
恐喝者から変じて詐欺師顔負けの雄弁を語る。
金の流れは人間と獣人を対等にもするでしょう。南からの危機も無くなりますよ?と。
そんな、うまい話があるものか。
流石に獣人達も諾とは言わぬ。
しかし、そんなうまい話があるものなら。
諾と言わぬは愚か者だ。
獣人達は言う。
話はわかった。持ち帰り各々の部落で検討したい、と。
シロンは許さない。
「私は毒殺されかけ、彼は獄死の憂き目にありました。でも、私達はあなた方の誤解を解き、力を貸していただきたいと、全て流してお話をしております。」
ここで時を与えれば、獣人は事なかれに落ち着いてしまう。
「まだ、我々を信頼して下さいませんか?我が領民は大半が解放奴隷の獣人達です。私を信頼出来ぬというなら彼等を信じて下さい。私を領主と呼び、私を、信頼するヌコを信じてはくれませんか?」
俺を信じるあいつを信じろ。
無茶振りもマキシマムである。
しかし。
「ヌコさんが、」「ヌコさんは、」「ヌコさんの、」
勇者ヌコの判断であれば!
ハルなら端的に評するであろう。
獣人、ちょろい。
シロンが無双していた頃。
毒霧に襲われた野営跡地に戻って、ヌコはどうしたものかと思う。
幻獣の棲を後にして以降、ガラクタのような小刀をシロンが大事に担いでいたのは知っていた。
小汚く、なまくらの小刀である。
鞘の代わりに、何故か幻獣の匂いが染み付いた布に包んであった。
しかし、今目の前にあるのは、立派な一振りの剣である。
気持ち悪く、なんだか呪われそうで、触りたくは無い。
でも、刃は艶々と輝き、恐らく名工の打ったしっかりとした剣、ではある。
さして目利きという訳では無いヌコだが、普通と異なる剣だ、と感じる。
「何よコレ。長くなっているじゃない。」
ぶつぶつ文句を言う煌華の言葉を聞いてぞっとする。
成長する剣。
これ、持って戻らなきゃダメ?
案内人の獣人達はささっと目をそらす。
煌華は元より持つ気などさらさら無い。
コレのことだよなぁと、ヌコは指先で恐る恐る摘み上げた。




