思惑
「あら。やはり人間は野蛮ね。命を助けて貰っておいて、礼の一言も無し?ヌコさんは、お友達の私にすら、何でもしますからと仰って頼りにして下さったのに。」
うわぁ、そんな事を言ってしまったの?と、シロンが囁く。
言ってしまったのである。
うっかりではない。シロンの為、覚悟して言った言葉だ。
だからそんなに生暖かい目で見ないで欲しい、とヌコは思う。
「あのな。助けてくれたのは、」
「ありがとうございます。些か困った状況にありましたので、助かりました。」
ぼやきかけたウィラードを制し、シロンが煌華へ頭を下げる。
身体の不調こそ癒したのはシロンであるが、絶対絶命のところに煌華の登場が風穴を開けたのは疑いようもない。
この際、威を借りれるものなら虎でも幻獣でも大歓迎である。しかもヌコが既に手形を切っている。
彼の犠牲に報いるためにも、しっかり使い倒さねば。
天然で乗り切れる程、勇者稼業は甘くなかった。
こんな、ソロバンはじきもいつしか骨身に染み付いている。
長老達には腹の底などお見通しにされていただろうが、煌華はまだ若輩だ。とても動かしやすい。
ハルの代わりに、獣人達への交渉の後ろ盾になって貰おう。
シロンは煌華に負けぬ微笑みをヌコに向ける。
君だけが頼りだよ頑張ってね、と。
「で、どうしますか?」
ウィラードが再び口火を切った。
先程まで尊大な態度で彼を嬲っていたむさ苦しい獣人達ですら、物陰に隠れて出てくる気配は無い。
時折尋問の様子を覗きに来ていた、おそらく獣人の長達の姿も無い。
ヌコと手を繋ぎながら、煌華もキョロキョロと獣人の影を探す。
「そうだわ。風上に火を点ければ、きっと皆さま風下に集まって下さいますわ!」
「皆殺し?」
何を言い出すのだと、溜息をつく。
ところが。
「そうですね。お流石です。そうしましょう。」
シロンが声を張り上げて煌華に賛同する。
ウィラードは疲れていた。腹も立てていた。ハルや煌華のようには特に獣人へ思い入れも無い。
下手な尋問で、彼を痛めつけるばかりだった獣人達には正直殺意しかない。
しかし、シロンが放火に賛同したのを聞いて驚いた。
そして、また腹立つ。
己れだけでなく、このシロンをして復讐に駆らせるほど酷い目に遭わされていたのか。
だが、すぐにそれが思い違いだと気づいた。
シロンの声を聞いて、一人二人と獣人が現れ対話を提案する。
シロンは復讐などもちろん考えてはいない。
ウィラードが口にしたこの後どうすれば良いのか、という問いに応えるかわりに、煌華の暴虐の言葉尻を捉えて獣人達を動かそうとしただけである。
煌華が嬉しそうに現れた獣人達に自己紹介などしている間に。
「シロン様、お耳に入れておきたいことが。」
と、ウィラード。
「何?」
「尋問を受けまして、交易路の事は幻獣の棲を通る事も含めて知る限り洗いざらい話してしまいました。」
ひそひそと耳打ちする。
「うん。それを話しに来たのだから問題無いよ。」
ひそひそとシロンも返す。
「奴らはシロン様の事を俺の子か、その、稚児の様なものだと思っております。」
言いにくそうにウィラードが続ける。
シロンが眉をひそめた。
「僕が領主だと話さなかったの?」
「ええ、まあ、はい。貴方の命をネタに責められもしましたので、てっきりご無事なのだと。」
「それは辛い事を肩代わりさせてしまったね。」
ぽん、と背を一つ叩く。
「恨みもあろうけど、後は任せてくれるかい?」
ウィラードの気持ちを総て飲み込み。
「もちろんです。」
ようやく。
聡明なシロンに総て押し付けて、ウィラードは柄にもなく使い続けた頭をほっと休ませるのだった。
獣人は詰めが甘い。
ここぞ、と言うところで生来ののんびり気弱な気質が出てしまう。
人間と関わる歴史の中で、個々ははるかに高いステータスを持ちながらも長らく虐げられて来た理由の一つだ。
今回の件でも先ずシロン、いや人間であれば、子どもだろうが同族であろうが三人の虜囚がいるのなら三人とも尋問をして、情報を擦り合わせるくらいはする。
煌華に襲来されて、ヌコを人質にする事もしない。
しっかり殺されかけていたシロンが思うのもなんではあるが、緩すぎるし甘すぎる。
これは、人間と敵対しているといっても戦は負け続けであろう。
ならば、そこを補完すれば、勝てるか?勝たしてどうする?
シロンは物騒な考察を重ねながら。
はー、この旅が終わったら、綺麗なねーちゃん侍らせて酒でも飲もう。いやいや、落ち着いて家庭を持つ頃合いかもしれない。
ウィラードは妙なフラグを立てながら。
煌華は当然の顔で、ヌコと腕を組んで。
ヌコは逃げちゃダメだと呟きながら。
獣人達との平和な話し合いが始まった。




