虜囚
その後も。
魔の森は、やはり魔の森であった。
幻獣の棲という砦のせいで、シロン領の側からは人の出入りは無い。
獣人達もまた同様に幻獣の棲の方へ近づく事は無いのだろう。
魔の森の端は手強い獣のヌシ達の巣窟となっていた。
怪鳥や狼の群れに出くわし、巨大な蛭の沼を越え。
拓けた場所で一息つこうと思えば、毒草の植生地であった。
街中より馴染むのか最初は軽い足取りだったヌコも、流石に辟易とした顔で大蜘蛛と戦っている。
虫が苦手なシロンが思わず放った火球の残り火をウィラードが疲れた顔で踏み消す。
「あとどれ程進まねばならないんでしょうなあ。」
日はとっくに落ちたが暗闇の森の中で手頃な野営場も見つけられず、大木を背にしばし休む。
が、焚き火に釣られてか、度々虫が寄って来て休むどころではない。
「木を払って道を通せば、ここまで獣も寄り付いて来にゃいと思います。」
「いっそ、今、街道を作ってはくれませんかね。」
どうせ、シロンが無双するのだろうとウィラードが無茶振りをする。
出来なくは無いだけに、シロンも誘惑に駆られる。
虫の這い寄る夜を過ごすのと、勝手をして先住の獣人達を蔑ろにするのと。
ため息一つ。
幻獣の棲では、ヌコも相当な目に遭ったのだ。
シロンとて、少しは耐えねばなるまい。
「まあ、もう少し頑張ってみよう。夜番は僕がするから。」
どうせ眠れそうにないしね、と心中で付け加える。
長き夜がようやく明けて、再び森を行く。
日が射し込む向きも分からず、果たして先に進めているのか甚だ心許ない。
そもそも獣や虫に不意をつかれ、道無き森を切り開きながらの歩みは遅々としている。
再び日が暮れ、そして日が昇り、日が暮れて。
疲れが溜まりに溜まり、三人ともがうつらとした、その一瞬。
宵闇に紛れてふうわりと霧が流れ込み、チクリとした敵意の中で三人は完全に意識を失った。
酷い頭痛。じんと痺れる手足。
口の中がやたらと苦い。
このクソ不味い味には覚えがある。冒険者をしていた頃には幾度か使う羽目になった、毒消し草の味だ。
「何故、森にいた?」
唐突に訊かれ、ウィラードは身体を起こそうとし、鉄鎖に縛められているのに気づいた。
ちっ、と思わず舌打ちする。
それが印象を更に悪いものにしてしまったのか。
獣人達の容赦ない尋問が始まった。
一方、ヌコも牢の中で目覚めた。
口は苦いし、気分も悪い。
入り口近くに置いてあった水差しを取ろうとして、足元の塊につまずく。
シロンであった。
浅く息をしているが、顔色は真っ青で意識もない。
連れてきたものの、子供のシロンを尋問する気も生かす気も無いのかそのままに転がされている。
「シロン様!シロン様!」
意識が戻れば自分で治癒魔法もかけられるだろうと、大声で呼びかけてもぐったりと目を閉じたまま。
「誰か!居にゃいのか?頼む!誰か!」
牢の外に叫んでも、無人。
ヌコはなすすべもなく、ただただシロンをかき抱く。
北で炎が上がっている。何者かが、戦っているようだ。
見張りの報せに獣人の村は騒然となった。
それは、幻獣の棲から森へ侵入して来た者が居る、ということだ。
今まで、幻獣が森に入って来たことはほとんど無い。
ごく稀に、森をさまよい出てしまった獣人を送り返して来るぐらいである。
それも、竜型で一飛びに現れるのだ。
あの怖ろしい幻獣達もわざわざ魔獣と戦うつもりは無いのだろう。
では、今戦っているのは、一体何者なのか。
すぐさま偵察隊が組まれ、送り出された。
そして。
人間が、幻獣の棲を抜けて入って来た、という最悪の報せがもたらされる。
男と子供と獣人という、妙な取り合わせではあるが、油断は出来ない。
もし人間の軍が北の幻獣の棲をすり抜ける道を得たなら、南側から攻めて来る人間どもと挟み撃ちにされる。
詳しい情報を得る為、三人の侵入者の隙をついて捕らえて来い。
偵察隊に代わって、精鋭の狩人が送り出されたのだった。
尋問は続く。
ウィラードも馬鹿ではない。
獣人達が何を危惧しているか、すぐに察しはした。
だから、痛めつけられ腹立たしく思いながらも、隠すことなく全てを話す。
だが。
獣人達の人間に対する不信は頑なで、ウィラードの話をまるで信じようとしない。
シロンも目覚めず、段々と弱くなる息をヌコが恐怖の中で見守る。
その場の誰もが苛立ち不安の中に居た。
その時。
突然、空から降って来た。




