幻獣、萌ゆ
#一話にまとめました
やがて、何事もなく陽は落ち。
晩餐だと呼びに来た煌華を先頭に、再び仄暗い廊下を進む一同である。
短パン小僧、二人。
普通のおっさん、一人。
フード付きの大きめの上着を羽織る猫耳、一人。
「なあ、シロ。お前のパンツがいるかもしれないぞ。」
「は?」
「パンツかどうかは兎も角、前世から転生してきた奴が絶対いる。」
ひそひそと、ハル。
「根拠は?」
「ヌコを見ろよ。」
シロンは言われるがまま背後を振り返り、ヌコを見る。
目の下にどす黒いクマを浮かべ、とぼとぼびくびくと足を運ぶ獣人。
ぶかぶかのパーカーが、一層彼の悲哀を強調し、一言に纏めれば。
「萌えキャラ過ぎる。」
と、ハルがにやつく。
「意味が分からない。」
「あんな、萌え衣装選ぶなんて、おかしいだろ?絶対転生者がいるって。」
「ごめん。全く意味が分からない。」
等々、短パン二人が戯言を交わしている間に。
重厚な扉と、その前に初めて煌華以外の人影。
銀髪に相応しい落ち着いた物腰で一礼すると、煌華と共に扉を引き開ける。
否、開かない。
ふぬっと煌華の鼻息。
でも、開かない。
「絶対、設計ミスだよな?」
重厚過ぎる扉にこそっとハルが突っ込む。
シロンもまさかの展開に苦笑を浮かべ、ウィラードへ手伝うよう目配せする。
結局、ヌコも手を貸し、四人がかりで扉が開くと。
それまでの様々な気配が、ざわざわと実体を伴い待ち構えていた。
煌華同様、涎を垂らさんばかりにヌコを歓迎する者たち。
シロンとウィラードを八つ裂きにせんとばかりに睨みつける者たち。
そんな同胞もまとめて暖かく見守っているごく僅かの者。
そんな、長老然とした一人の幻獣がハルに目をとめ、僅かに眉を顰める。
案内されるがまま、長老然とした者たちの待つ、上座とおぼしきテーブルに着席する。
当然の顔をして、ヌコの隣に陣取ろうとした煌華だが、そもそも席がない。
「なんでよ!」
銀髪の獣人に食ってかかるが、子ども席は向こうだと軽くあしらわれている。
ぶふっ、と笑ったハルの足をギリギリと踏みつけてからカツカツと末席へ向かう。
シロンが見抜いた通り、煌華は若手の中の問題児なのであろう。
全員が着席したところで、晩餐が始まった。
特に歓迎の言葉を述べられるでもなく、杯を掲げての挨拶もなく、喧騒に食器のたてる音が混じる。
給仕がいるわけでもなく、テーブルの大皿に盛られた料理を自分で好きに取り分ける。
空になった皿は、適当に下げられ、また新たな大皿が運びこまれる。
自由に立ち歩くものだから、ぶつかったり溢したり、食器を割ったり、無秩序な会話と相まって喧しいこと甚だしい。
「客人を迎えて皆浮き足立っております。耳障りかと思いますがご寛恕を。」
扉を開けた銀髪の幻獣が、ヌコの側をうろうろする者達に火球を弾きながら言った。
「皆で集うのも、久しぶりの事なのですよ。」
ハルの隣に座わる幻獣も穏やかに言いながら、氷玉をぶつけている。
シロンが代表して何か言おうと口を開いたところに、肉が突っ込まれる。
「ほら、子どもは沢山食べないと。」
長老組も中々にカオスである。
建物からも凡そ察せられるのだが、幻獣という者達はどうやら自由な生き物のようだ。
シロン達を迎えて盛大な晩餐を開いたにもかかわらず、長老達ですら挨拶一つ取りまとめせず、勝手気ままに料理を楽しんでいる。
(面倒くさいんだな。)
と、ハルが想像した通りである。
自由人な幻獣達を静粛にさせるなど、物凄く面倒くさそうだ。
先に休憩していた折、よくまあ部屋に乱入してこなかったものだとハルは思う。
実のところ、シロンが危惧していた通り人間の抹殺、あるいはヌコを一目見ようと部屋へ侵入を図った者はいたのだが、即時結成されたヌコ親衛隊により排除されていた。
そうして宴もたけなわの頃。
一人の若い幻獣がつつとヌコに近寄りこう尋ねた。
「その料理は私が作ったものです。お口に合いましたか?」
途端に、静粛が訪れた。
幻獣皆が皆、ヌコの返事を耳をそばだてて待っている。
恐怖と緊張で味など、分かるわけがない。
だからといって、そんな事を言える訳もない。
だからヌコは消え入りそうな声で応える。
「…うまいです…。」
と。
更に声が小さすぎたかなと、こくり、と頷く。
どんっ。
尋ねて来た幻獣がいきなり竜型になり、宙へ飛び上がった。
側で見ていた何人かも竜型になったり鼻血を抑えたり、いきなり大騒ぎである。
驚いたヌコが思わず机の下に潜り込むと、大虐殺が起きた。
幻獣、キュン死。
ばんっ!
見ると竜型になった煌華が鼻を抑えたまま扉を開けて出て行く所だった。
扉は無事だ。
重厚さにはちゃんと理由があったのだなあ、と何とは無しに目を合わせるウィラードとハルであった。




