【6.セレブ学園の実態】②
その瞬間。
いきなり、まわりが騒がしくなり、食堂内の興奮度もヒートアップ。
何だ何だ、この騒ぎようは。
どっかのアイドルのコンサート会場みたいじゃない!
そんなにすんげぇイイ男なのか、そいつらは。
よし、どれだけ凄いのかあたしが見てやろうじゃないか。
なんて、完全傍観者の立場でクルリと首を巡らせて、騒ぎの発端となっている場所に目を向けた時だった。
「宙花?」
名前を呼ばれて振り向けば、体の大きな男子生徒がその視線の先に立って、あたしをジッと見つめていた。
そして、あたしの姿を認識した後、長い足を使ってあたしの席へと近づいてきた。
190近い大きくてがっしりした体躯に、黒髪のショートウルフ。
奥二重の鋭い双眸の右目の眉尻にある5センチほどの傷跡が、さらに彼の凄みをパワーアップさせていた。そんな彼の高い鼻梁の下の形のいい薄い唇が、シニカルな笑みを形作った。
「宙花、お前、何でこんなトコいるんだ?つうか、何だその格好は?」
可笑しそうに少し目を細めて、その男はあたしの席の横に立ち、あたしの格好を上から下までじっくり見る。
あたしはその視線を受けながら、びっくりマナコで口を開いた。
「りゅうちゃん、何でこんなトコいるの?」
「だから、それは俺のセリフだっつうの」
「あれ?りゅうちゃんってもしかして、今高校生だったっけ?」
「は?久しぶりに会って、その何気に失礼な質問はねぇだろう」
「あ、ごめんごめん。だってさ、どっからどう見ても高校生に見えないじゃん、りゅうちゃん。子供二人ぐらいいそうな貫禄あるし」
「…おい、それは褒めてんのか、馬鹿にしてるのか、どっちだ?」
久しぶりに会ったつうのに、何だよ…
ブツブツと文句を言いながら、ジロリと睨んだ彼の目は、確かに怖いんだけど、あたしは全然怯まない。
だって、彼が本気で怒ったらこんなもんじゃすまないから。
目の前の、ちょっとコワモテだけどイケメンな彼は、黒宮竜太郎と言って、あたしの幼馴染。あたしの家の隣が、彼の母方の祖母の家で、兄のように接してくれる彼に、あたしはいつもくっ付いて、よく遊んでもらっていた。
ところが、彼が中学3年の冬。
県外の高校を受けるからと、突然、彼はあたし達の前から姿を消した。
それ以来、何の連絡もなく、一度も会うことはなかったが、何の違和感もなく声をかけられてあたしは正直嬉しかった。
あたしの事忘れないでいてくれたんだ…
それにしても、りゅうちゃん、大人になったなぁ。
あの頃からカッコよくて、体の大きい人だったけど、久しぶりに会った彼は、数倍ワイルドでちょっと危険な匂いのする逞しい男に成長していた。
「りゅうちゃんがこの学校だって、父さん教えてくれなかったよ。ねぇ、宇斗?」
「ああ。俺も初耳」
「あれ?宇斗、お前もいたのか?」
「最初からここにいましたけど。つうか、竜太郎さんって昔っからひろちゃんしか目に入ってないですもんね」
「お前も言うようになったなぁ。それより、宙花のこの、ふざけた格好は…」
「父の言い付けですよ」
「廉夜さんの?」
「そうなんだ~。だから、りゅうちゃん、余計なことは言わないでね…じゃなくて、言うんじゃねぇぞ!」
男らしくビシリと言って、人差し指でりゅうちゃんの胸をトンと叩いた。
その瞬間、周りの音が無くなった。
しーんと水を打ったようなその静けさに、あたしはびっくりして目の前の男を仰ぎ見た。
「な、何?今何かあったの?」
周りを気にしながら、あたしが小さな声で問いかける。
「さあな。それより宙花、しばらく見ねぇ間に大きくなったんじゃねぇか?」
言いながら、りゅうちゃんはあたしの頭をポンポンと軽く叩いた。そのまま前髪をかきあげ、何かを確かめるように何度もあたしの頭をなでまくる。
「ちょっと、りゅうちゃん、髪がぐちゃぐちゃになるじゃん!」
「そんな気にするような髪型じゃねぇだろうが」
「ひどッ!何だよ、りゅうちゃんだって、何、そのもみ上げ。おしゃれのつもりかもしれないけど、ル○ンみたいで笑っちゃう!」
フンとそっぽを向いたら、
「へぇ~、竜がそんな風に笑ってるトコ始めてみたかも」
と知らない男の人の声が聞こえた。
驚いて声の方を向けば、気だるげな感じのイケメンホストがそこに立っていた。
「え、何でここにホストがいるの?」
なんて、思った事がつい口から出してしまった。
それを耳にしたりゅうちゃんは、一瞬固まって、そして、次にクククと声を出して笑い出し、ついには腹を抱えて大爆笑した。
あれ?
何だか今日、こんなパターン多くない?
笑いっぱなしのりゅうちゃんを呆れて見つめていると、
「キミ、竜の何?」
少し棘のある声に振り向くと、あたしのすぐ後ろに、さっきのイケメンホストがいつの間にか立っていた。
「何って言われても…幼馴染?」
そう言ってからりゅうちゃんにお伺いの目線を送ると、ナゼか眉間に皺を寄せ、渋い顔をしていた。
何、この答えじゃ何か問題でもあるの?
今度はあたしがムッとして少し頬を膨らませてみれば、りゅうちゃんはナゼか困ったような顔をしてあたしを見つめていた。
「幼馴染ねぇ…竜はそれに納得してないみたいだけど。で、キミはもしかして噂の転校生?」
イケメンホストは腰をかがめて、あたしに顔を近づけて口元に笑みを作った……けれど、目はちっとも笑っていない。
何だ、この人。
顔は超綺麗でカッコいいけど、雰囲気が凄く嫌な感じ。
身長はそんなに高くなくて、華奢な感じだ。
長めの前髪をイチゴ色のピンで止め、ミディアムレイヤーベースにカットされた髪は、優しい色合いのココアブラウン。二重の少し腫れぼったいタレ目に、薄くて大きな唇と、どこもかしこも男の色気を感じさせた。
この男、全体的に気だるくてエロい雰囲気をかもし出していて……
なんつうか、一言で言えば、あたしの苦手なタイプの男だった。
「噂は知りませんが、俺たちは転校生です。それが何か?」
あたしが答える前に、隣の宇斗がそう返事して、キツイ視線をそのホスト男に向けた。
「あれ~確か転校生って、双子の兄弟って聞いたんだけど…もしかして、キミたちがその双子?」
あたしと宇斗を交互に見て、馬鹿にしたような目でニヤリと男は笑った。その顔を見て、カチンときて、プチンとあたしの細すぎる堪忍袋の緒が切れた。
「……アンタ、初対面の相手に、さっきからめっちゃ失礼なんだけど……俺にケンカでも売ってんの?」
席から立ち上がって、イケメンホストの真正面に立った。
近くから見たら、よけいにその綺麗な顔の迫力が増す。
いかんいかん、ここで負けたら女が廃る!
気を引き締めなおして、ギュっと唇を噛んで相手を睨み付けた……
んだけど。
あれ?
何その、ヘンなモノでも見つけたような、呆気にとられた顔はさ。
目の前のイケメンホストは、真剣に怒っているあたしを見て、実に珍しそうなモノを見つけたような表情でジッとあたしを見ていた。
そうやってあたしとそいつが見詰め合って、数秒した後。
「はいはい。お前らもう終わり。ここをどこだと思ってんだ。つうか、鷹臣、お前自分の立場少しは考えろ」
そう言って間に割って入ってきたのはりゅうちゃん。
底冷えのする鋭い瞳でその鷹臣というなんちゃってホストを睨んだあと、りゅうちゃんは顔をあたしの方へ向けた。
「宙花も…お前はホントに昔から短気な奴だなぁ。少しは成長したかと思ったら、てんで変わってねぇじゃねぇか」
呆れたように言ってりゅうちゃんは、あたしの頭をまたもやガシガシと撫でながら、
「ほら、機嫌直せ。俺がコイツに後でビシッと言っとくから」
と言って少し笑った。
そんなあたしとりゅうちゃんの、傍から見たらイチャコラしている光景を見ていた鷹臣とやらは、
「はぁ?何それ?意味わかんねぇ…まぁ、いいや。勝手にすれば」
白けたとばかりにそっけなくそう言うと、踵を返してその場から立ち去ろうとした時だった。
「ここにいたんですか、二人とも」
新たな登場人物に、その鷹臣は少しだけ驚いて、
「何、どうしたの、そんな息切らして」
とのんびりとした口調で返答する。
「お昼休みもう終わりますよ?早く執務室まで来てください。今日は珍しく周防さんが来てるんですから」
と鷹臣とりゅうちゃんに向かって、お小言を言っている男は……
「た、武琉クン?」
あたしが驚いてそう声をかけたら、その武琉クンがあたしの存在にちょっと驚き、でもすぐいつもの無表情に戻った。
そして、あたしから視線を反らし、鷹臣とりゅうちゃんにさっさとここから去るように促す。
二人はめんどくさそうに、
「でもアイツがいるなんて珍しいな」
とりゅうちゃんが言えば、
「ホント。明日あたり雪でもふるんじゃない」
と鷹臣がだるそうに言ったが、それでも仕方がなさそうに、二人とも食堂の入り口の方へと歩き出した。
りゅうちゃんは一度あたしの方を振り向くと、
「宙花、何かあったら俺の所に言いにくるんだぞ、わかったな!」
と言い残し、あたしの返事も聞かずにとっとと行ってしまった。
その場に残った武琉クンは、あたしの方に近づいてきた。
「今日の放課後、俺が迎えに行くまで教室で待ってて」
「え?何で?」
「キミのやらなければならない仕事の相手を紹介するから」
ジッとあたしを見て有無を言わせぬ迫力でそう告げると、武琉クンはくるりと向きを変え、りゅうちゃんたちと同じ方向へと歩いて行ってしまった。
「…はぁ、何だか怒涛の昼休みだったねぇ」
武琉クンの背中を見送った後、あたしが席に着いて人心地付いた途端。
目の前の二人が目を見開いて同時に小さく叫んだ。
「ひろかちゃん…キミ、いったい何者なの?」
「お前、いったい何者なんだ?」
そんな二人を見て、あたしはとんでもない事を自分が仕出かしてしまった予感がした。
あたし、これからここでやっていけるのかな……?
遠い目をして、そんな不安を抱きながら、とりあえず目の前の冷めたカルボナーラを食べてしまおうと、あたしはフォークに手を伸ばしたのだった。