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燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
ともだちのお母さん⦅章ごとに年代が違うので、好きな話から読んでね('ω')

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第8話 ともだちのお母さん(8)

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。

 答えられなかった。


 そんなこと、考えたこともなかった。


 十三年、聞いていた声。


 朝も夜も。

 台所でも。

 寝室でも。

 買い物中でも。

 リサの前でも。


 頭の中でも。


 それが自分の声ではないかもしれないなんて、思ったことがなかった。


「分かりません」


 やっと言えた。


「分からなくなりました」


 慈恩さんは頷いた。


「ですよねぇ。だいぶ混ざってます」


 混ざる。


 その言葉が怖かった。


「例えば、料理下手ですか?」


 私は反射で答えた。


「はい」


「根拠は?」


「え」


「下手なんですよね。根拠は?」


 言葉が止まった。


 味噌汁が薄い。


 卵焼きが固い。


 煮物が甘い。


 思い出すのは、指摘ばかりだった。


「それ、全部ご主人の言葉ですか」


 息が止まった。


 そうだった。


 全部、浩さんの声だった。


「じゃあ逆。美味しいって何回言われました?」


 答えられない。


 一回。


 二回。


 もっと。


 リサは言ってくれた。


 何度も。


 私は好きだよ、と。


 なのに、そちらは数えていなかった。


「百回褒められても、一回刺される方が残る。毎日なら、なおさら」


 慈恩さんはそう言った。


 胸が痛かった。


 責められていないのに、痛い。


「じゃあ次。書類仕事、苦手ですか?」


「はい」


 言った瞬間、慈恩さんが眉をひそめた。


「それ、誰が言ったんです?」


 息が止まる。


 誰が。


 夫が。


 そう答えようとして、別の声が浮かんだ。


『町田さん、本当に仕事早いね』


 院長先生。


『保険会社から評判いいよ』


 先輩。


『字が綺麗ですね』


 後輩。


『町田さんがいると助かる』


 受付の人。


 忘れていた。


 全部、忘れていた。


 私の手は、役に立っていた。


 私の字は、誰かに喜ばれていた。


 私にも、ちゃんとできることがあった。


「そう」


 慈恩さんが小さく頷く。


「そっちが本物」


「え……」


「苦手じゃない」


 その声は、さっきまでより少し低かった。


「苦手だと思わされた」


 心臓が苦しいほど鳴る。


 違う、と言いたかった。


 でも言えない。


 思い出してしまったから。


 自分の字。


 自分の仕事。


 自分の人生。


 ちゃんと、あった。


「盗られたんですよ」


 慈恩さんが言った。


「自信。自己評価。成功体験。少しずつ」


 奥の部屋から、リサの笑い声が聞こえた。


 その明るい声を聞いた瞬間、胸の奥に強く思った。


 リサには、こうなってほしくない。


 慈恩さんが、まるでそれを見たみたいに言った。


「じゃあ次は、リサちゃんの話をしましょうか」


 胸が痛んだ。


「リサちゃん、いつから気づいてたと思います?」


「最近……じゃないですか」


 自信なく答える。


 慈恩さんは首を振った。


「もっと前です」


「そんな」


「小学校。たぶん低学年」


 否定したかった。


 でも思い出す。


『お母さん、大丈夫?』


『今日は元気だね』


『無理してない?』


『私は好きだよ』


 全部、あった。


 ずっと前から。


「子供って、親が思ってるより観察してます」


 慈恩さんは言った。


「特に、助けなきゃって思ってる子は」


 その言葉が刺さった。


 助ける。


 誰を。


 母親を。


 私を。


 涙が落ちる。


「ごめんなさい」


 気づけば呟いていた。


 誰に向けた謝罪か分からない。


 リサか。


 自分か。


 失った十三年か。


 慈恩さんはしばらく黙っていた。


 それから、少しだけ優しい声で言った。


「その謝罪、本人に言ってください」


 私は顔を上げる。


「今じゃないです」


 コーヒーの湯気が揺れる。


「ちゃんと元気になってから」


 一拍。


「今のそれ、自分を責めるための謝罪なんで」


 見抜かれた。


「まず生き延びましょう」


 慈恩さんは椅子にもたれた。


「親子の話は、その後です」


 その時、初めて思った。


 まだ、間に合うかもしれない。


 でも奥の部屋から聞こえるリサの笑い声は、少しだけ無理をしているようにも聞こえた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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