表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
ともだちのお母さん⦅章ごとに年代が違うので、好きな話から読んでね('ω')

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/153

第2話 ともだちのお母さん(2)

お読みくださり、ありがとうございます。


最新話はカクヨムにて先行公開中

https://kakuyomu.jp/works/2912051599581287637

「最近、変なの」


 リサの声は小さかった。


 中庭の風に混じったら、消えてしまいそうなくらい。


 ミアが何か言いかけて、サラに肘で止められた。

 珍しく、ミアは黙った。


「どう変なの?」


 私が聞くと、リサは膝の上のお弁当箱を見た。


「夜中に起きてるの」


「眠れないってこと?」


「たぶん。でも、ベッドにいないの。リビングに座ってる」


「テレビとか?」


「ついてない」


「スマホは?」


「持ってるだけ。見てない」


 そこで、誰もすぐには言葉を返せなかった。


 テレビも見ない。

 スマホも見ない。

 ただ、夜中のリビングに座っている。


 想像しただけで、背中のあたりが少し冷えた。


「お父さんには?」


 ミアが聞いた。


 リサは首を横に振る。


「仕事で、ほとんど家にいないの。帰ってきても電話ばっかり」


「そっか」


 ミアがそれ以上言わなかった。

 えらい、と思った。


 リサは慌てたように続ける。


「お父さんが悪いわけじゃないの。忙しいだけだから」


 その言い方が、逆につらかった。


 庇っている。

 たぶん、本当は寂しいのに。


 サラが静かに聞いた。


「他には?」


 リサは迷った。


 それから、目を伏せたまま言った。


「この前ね」


 一拍。


「『もういいかな』って言ったの」


 誰も笑わなかった。


 風が吹いて、桜の花びらが一枚、ベンチの下へ落ちた。


 さっきまで春だった場所が、急に知らない場所みたいになる。


 私は喉の奥が冷たくなるのを感じた。


「いつ?」


「三日前」


「聞き間違いじゃなくて?」


「最初はそう思った。でも、最近ずっと変なの。笑ってるのに、目が笑ってない」


 リサの声が揺れた。


 先生に言う。

 スクールカウンセラーに相談する。

 病院へ行く。


 正しい答えはいくつか浮かんだ。


 でも今のリサが欲しいのは、たぶん正論じゃない。


 まず、話を聞いてくれる大人だ。


 その時、頭に浮かんだ。


 古いビルの最上階。

 本棚。

 コーヒー。

 紙の匂い。


 そして、椅子に沈んだお父さん。


 私は額を押さえた。


「最悪だ」


「何が?」


 リサが不安そうに見る。


「今、お父さんの顔が浮かんだ」


 ミアが小さく吹き出した。

 サラも口元を隠す。


 リサまで、ほんの少しだけ笑った。


 その笑い方を見て、私は決めた。


 この子を、ここで終わらせちゃだめだ。


「なんでそこでお父さん?」


 サラが聞く。


「私もそう思う。変な人だし、近寄りにくいし、だいたい疲れてるし」


「フォローする気ある?」


 ミアが言う。


「ある」


 私はリサを見た。


「あの人、人の話はちゃんと聞く」


 そういう人だ。


 私には、あの人の仕事のことはよく分からない。

 お客さんが何を相談して、何を持って帰るのかも知らない。


 でも、相談に来た人が少し顔を変えて帰ることは知っている。


 来たときより、息がしやすそうな顔で。


「リサ」


「うん」


「お母さん、連れて来られそう?」


 リサはしばらく黙った。


 お弁当箱のふちを押していた指が、白くなっている。


「……分からない」


「じゃあ、まず聞いてみて」


「断られたら?」


「その時は、その時に考える」


 私は言った。


「でも、何もしないよりはいい」


 リサは小さく頷いた。


「お願いしてもいいかな」


「もちろん」


 私はすぐに答えた。


「ただし、びっくりしないでね」


「そんなに?」


「初見だと、だいたい疲れてるおじさんだから」


「おじさん」


 サラが真面目な顔で訂正する。


「そこは正確に言うべきね」


 ミアが耐えきれずに笑った。

 リサも、ほんの少しだけ笑った。


 その笑顔はまだ薄かったけれど、さっきよりは人間の顔に戻っていた。


 数日後。


 ホームルーム前、リサが私の席に来た。


 目の下に、うっすら影がある。


「連れて行きたい」


「お母さんを?」


 リサは頷いた。


「今日、学校が終わったら」


「わかった」


 そう言った瞬間、胸の中に緊張が走った。


 お父さんが、何を言うのか。

 リサのお母さんが、そこまで歩いて来られるのか。

 そもそも、私たち中学生が踏み込んでいいことなのか。


 何も分からない。


 でも、ゼロだったものが一になった。


 放課後、私たちは古いビルへ向かう。


 そしてたぶん、そこで初めて知る。


 大人は、子どもが思っているよりずっと簡単に、壊れかけるのだと。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


感想・ブックマークなど、いただけましたら、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ