十四分の輝き
会場へと続く長い石畳の道は、馬車の列とまばゆい光の奔流で埋め尽くされていた。
春の夜気はまだ冷たいはずなのに、会場から漏れ出す熱狂と『星の雫』の香りが、肌をじりじりと焼くような錯覚を覚えさせる。
「リネット、私……」
馬車のカーテンの影で、エルザが震える声を出した。
彼女の指は、膝の上で静かに「点灯」を待つドレスの裾を、何度も何度も握りしめている。
会場へ足を踏み入れる。その一瞬が、ローゼンタール家の、そしてエルザという一人の少女の運命を決定づける。リネットは隣で、懐中時計の秒針を凝視していた。
彼女の頭の中では、ドレスの魔力消費の軌跡が刻々と描かれている。
会場の湿度、エルザの体温、そして歩く振動。それらが雫の燃費をコンマ数秒単位で変動させる。リネットの役割は、その「揺らぎ」を計算に組み込み、最適なタイミングでエルザを光り輝かせることだ。
馬車の扉が開いた。
リネットがドレスの腰元に隠された小さなレバーを、音もなく引く。
その瞬間、五滴の雫が回路を駆け巡った。
全反射の檻に閉じ込められた光が、銀色の糸に沿って高速で増幅され、一気にドレスの表面へと溢れ出す。
「……っ」
エルザの吐息が、まばゆい銀光に包まれた。
かつて「流星の尾」と呼ばれたドレスが、文字通り夜の闇を切り裂くほどの輝きを放ち始める。
エントランスに設置された巨大な姿見に、その姿が映り込んだ。
エルザは一瞬、足を止めた。
鏡の中にいるのは、自分であって自分でない何か――圧倒的な光を纏った、神話の女神のような存在だ。自分の美しさが「成果」として完成したことを悟った彼女の瞳に、不安に代わって、強烈な自己肯定の光が宿るのをリネットは見逃さなかった。
エルザが一歩、石畳に足を踏み出す。
喝采が湧き上がった。
「見て、あの輝きを」「ローゼンタール家のバラが帰ってきたわ」
ざわめきが波のように広がり、エルザの背筋が、魔法に後押しされるように誇り高く伸びていく。
だが、リネットの目に映っているのは、華やかな社交界の復活ではない。
彼女はエルザの背後を歩きながら、ドレスの裏側で静かに、けれど激しく脈打つ魔力の消耗を監視していた。
(あと、十五分。……いいえ、今のどよめきでエルザ様の心拍が上がった。十四分二十秒)
周囲の賞賛が、リネットにはドレスの燃費を削るノイズにしか聞こえない。
人々が魅了されているその輝きは、リネットが削り出した、一秒刻みの奇跡そのものだった。
「リネット、聞こえる? 皆が私を見ているわ!」
エルザが振り向き、喜びに満ちた表情でリネットに囁く。
その瞳は、ドレスの魔法をそのまま映したようにキラキラと輝いていた。
リネットは短く、けれど確かな微笑みを返した。
「はい。世界で一番、美しいですよ」
それは本心だった。
喝采の渦の中で、リネットだけが、自分自身の指先を締め付ける銀の糸の重さを感じていた。




