4章⑩
ベアさんがちょうど俺との間にダンジョンの主を挟むような位置から、奴へ投げナイフを命中させる。不気味に反応は鈍く、軽く仰け反るだけだがそんなことを考えている暇は無い。身体を起こし、気づかれないようゆっくりと距離を詰めていく。
「テトラからっ!離れろっ!」
「イタイ。イタイじゃナイカ。イタイ」
「ッ……」
奴がテーブルから離れる気配は無かった。とはいえ俺の存在がバレている気配も無いため真っすぐ近づいていく。
その間さらに投げナイフが投げ込まれる。ザクザクと鳴っている数からして恐らく何本も刺さっているようだが、血が滴るような音は聞こえてこない。やはり不気味だ。抑揚のない声も相まって恐怖で背筋が粟立つ。息を潜めてさらに近づく。あと半分。
「フンッ」
「わっ!?」
そうやって距離が縮まってくると、相対している敵の風貌がよく分かってくる。全体的にひょろりとした身体つきの男性だ。身長もそれほど高くない。俺より少し低いぐらいだろうか。よくよく見るとあまり強そうには見えなかった。もしかすると「ボス部屋前」みたいな搦め手を使ってきたのも、自分自身が弱いのを補うためじゃないだろうか。そうであって欲しい。八割がた近づいた。
「メンドウダ。やメろ」
ようやく彼は、手に持っていた薬品をテーブルに置く。本格的にベアさんを迎撃しようとしているのかもしれない。だとしたら好都合だ。その隙にテトラさんを助ける。もうあと少しだ。よりいっそう気を引き締めて、最後の数歩を音も無く踏みしめていく。
ダンジョンの主が軽く身をかがめる。跳躍しようとしているのだろう。そうしたらすぐさま救出する。その後素早くベアさんの援護をする。順調だ。このまま行けば――
「ソレト、オマエ」
「へ?」
だが、その動きはどうやら俺を騙すためだったらしい。ぬるりと奇妙な滑らかさで奴はこちらを向く。鋭い視線がぶつけられる。どうにも無感情な気がするのに、全身の鳥肌が止まらない。一瞬動けなくなる。
「バンくん!」
「ジャまダ」
「がッ」
そんな隙は、見逃しては貰えなかった。頭を掴まれる。異常な力だった。指が皮膚どころか頭蓋骨へとめり込むようだ。一体あの細腕からどうやってそんな膂力が生まれているのだろうか。これこそがダンジョンの主の、ダンジョンの主たる所以なのだろうか。ぼんやりとそんな事を思う。
「あ――」
次の瞬間想起されるのは、死だ。掴む力が次第に強くなっている。気づけば足が地面から離れていた。まずい、と思う。すぐさま引き剥がそうとするがまるでできない。
へ?ってことは、このまま潰されてしまうんじゃないか?ぐちゃって。え?こんなにあっけなく死ぬの?俺。また?そりゃないぜ。だってこれから――
「テトラを!早くッ!」
「ッ!はいッ!」
「ア?」
そんな風に走馬灯を見かけていた俺を、好きな人の声が現実へ引き戻す。そして頭が解放され、なんとか体勢を崩すことなく着地する。奴の腕には何本ものナイフが命中していた。一応身体の構造的には人間なようだ。手の力が緩んだらしい。
そしてその隙を突き、ついにはテトラさんの奪還に成功する。素早く担ぎ上げ、全速力で出入口へ向かって駆ける。
「マーー」
「ッ!」
「ドケ」
「うるさいッ!」
背後から、ベアさんがダンジョンの主を押し留める音が聞こえた。とにかく距離を離していく。そうしていればやがてオーリーが寝ている場所へと到着する。
で、えっと、こっからどうするんだ?とりあえず4人で戦うべきだろうか。しかし、その瞬間先ほどの恐怖がぶり返す。考えるより先にとりあえず2人へ治癒魔法をかける。だがどうすればいい?たぶん、アイツには勝てないんだけど。戦ったらまず間違いなく全滅するんだけど。それぐらい格の違いを感じてしまっていた。今すぐ逃げるにしたって、この二人を抱えて地上まで出るのなんて無理だ。道中魔物だっているんだぞ。
まだ身も心も委縮していた。上手く思考がまとまらない。
「バンくんッ!」
「あ、ベ、ベアさ――」
「逃げて!あたしを置いて!みんなを連れて!」
「は?」
そこで聞こえてくる、さらなる恐怖をもたらす声。はい?今なんて言った?あたしを置いて逃げろって言った?え。嘘でしょ?いやいや、それは無いって。え~?え。ベアさん。あなた、もしかして死ぬ気なんですか?
しかし頭は咄嗟にそれが最善かもしれないと結論づけてくる。だって、やっぱりたぶんこのままじゃ勝てない。何よりテトラさんもオーリーもまだ起きる気配が無い。もし起きたとしても、寝ているのは恐らく何かしらの薬品を嗅がされたせいだ。すぐ本調子にはならないだろう。だから、結局のところ今のままでは絶対に勝てない。だからきっと、逃げるしかない。
でも。待ってくれよ。こんなことになるなんて思ってなかったって。身体の力がぐにょんぐにょんに抜けていく。絶望を悟った心が現実逃避し始める。誰か助けて。あそうだ女神様。頼む。お願いします。
「早く!もうあんまりもたないから!さっさと行って!行かないと嫌いになるから!」
でも応える声は無い。そんなぁ。一生恨みますよ~。いいんですか~?化けて出ますよ~。なんて念じてもダメだった。
あ、でもなんかそんなアホなことを考えてたらちょっと余裕出てきたかもしれない。そうだ。まだ諦めるには早いんじゃないかバンくん。考えろ考えろ。何かできる事は無いか?
まず、果たして今逃げてどうにかなるだろうか。あんまりもたないってことは、どうにかこの部屋から逃げたとしてもすぐ追いつかれてしまうだろう。うん。絶対そう。じゃあ却下。却下です。せっかくのお願いだけど今回ばかりは聞けません。全然嫌いになってください。
「ん……」
「テトラさんっ!良かった!」
「へ……?あ、バンさん?」
というところでテトラさんが起きた。
「何が、へ?ベア?それに……」
「え?」
そして、今も続く戦闘の方を見て何やら気になる反応をする。
「やっぱりそうだ。あの人、叔母様の……!」
「ッ!恋人、ですか?」
「あ、え、あ、うんっ!」
どうやら彼こそが、あのダンジョンの主こそが、聖女様の恋人らしい。うわ。マジかよ。生きてたんだ!え、でもそんな人とこれから戦わなきゃならないって事?え~……。嫌すぎる。え、嫌だ。だって決めたじゃん俺。ハッピーエンドにするって。なのにこれから、助けようと思ってた相手と殺し合いしなきゃならないわけ?
「ごッ」
「ベアっ!」
「ベアさんッ!」
その時背後で嫌な声が聞こえてくる。振り返れば、ベアさんが壁に吹っ飛ばされていた。既に傷だらけだ。一体どれだけ強いんだよアイツ。そこへさらにがれきと大量の本が降り注いでいく。すげぇ痛そうだ。嫌すぎる。なんで彼は多少なりとも関わりのある彼女をあんな痛めつけないといけないわけ?彼女だってそう。なんで痛めつけられないといけないわけ?理不尽すぎる。むかつく。最悪。
ベアさんもそう。なんであんなに優しい彼女が死にそうになってるんだよ。ダメでしょ。無理無理、認めません。
「セイジョ……ッ!」
「へ」
続けて聖女様の恋人はこちらへ跳躍する。すぐそこまで来るとテトラさんの腕を掴み、再びテーブルへと連れていこうとする。
「オマエヲマッテイタ。オマエで、ジッケン、スレバ、アァ、ルチア、キット、キミのチカラヲ……」
「……」
その時、ぼそぼそと聞こえてきた声を、俺は聞き逃さなかった。彼はたぶん、あんな風になっても聖女様の事を想っている。じゃあもっとダメじゃん。彼女の姪に手をかけるなんてバンくん許しませんよ絶対。後悔するのはあなたですからね!?
だから、絶対、俺が止めてやる。それにあの人だって元に戻してやる。何が何でも。
大変申し訳ないのですが、エピローグを推敲していたところ色々と納得が行かず大幅に書き直しているため、完結は来週となります。




