第43話 守護なき森
「お前たち、花に水をあげてくれるかい?」
子供たちは元気にこたえる。
「はーい!」
里の外れにある花壇。
いつものように、エルフの兄弟は水魔法を使う。
詠唱は毎日の日課だ。
掌の上に水球が生まれる。
――はずだった。
ぼん、と鈍い音がして水球は形を保てず霧のように散った。
「え?」
エルフの少年は呆然とする。
「今の何?…」
隣で見ていた兄が言う。
「精霊の声が遅れて聞こえた!」
詠唱は正しかった。
それでも、水は応えなかった。
小さな事故。
それが森のあちこちで起き始めていた。
エルフの里の広場。
長老たちが再び集まっていた。
「精霊の流れが乱れておる」
ルナシールドも頷いた。
「まだ大きな被害はありません」
「ですが、小さな魔法事故が増えています」
風魔法や火魔法も同じように不安定になっている。
長老の一人が呟く。
「やはり、ターニャに期待するしかない」
アリソンは広場の端を見ながら答える。
「彼女は今、白鹿が残した槍の練習中です」
そこでは、ターニャが二股の槍を構えている。
皆の視線が集まる。
深呼吸した。
「……やってみるよ」
ターニャは精霊に語りかける。
「動いて!」
槍を振り上げた瞬間。
風が唸った。
地面に生える草が一斉になびく。
音を立てて空気が渦を巻いた。
次の瞬間、空が光った。
雷をまとう小さな竜巻が生まれる。
「うわっ!」
近くの木の幹に雷撃が叩きつけられ、樹皮が弾け飛ぶ。
竜巻は木々の間を駆け抜け、木の枝葉を揺らしながら消えた。
ターニャが慌てて槍を押さえる。
「ちょっと待って! 思ったより強い」
グラムベルクが笑う。
「なんたって守護獣の武器だ。簡単なわけなかろう」
ターニャはため息をついた。
「2つの属性を同時に使うなんて、授業で習ってない!」
「……やっぱ無理だ」
長老は声を落とす。
「彼女が守護獣の役目を担うには、まだ時間が必要じゃ」
「だが、精霊の乱れは何とかせねばならぬ…」
(当たり前だった精霊通信ーー 生活のインフラ)
(このままでは…)
まだ迷いはあった。
しかし、アリソンは重い口を開く。
「守護獣は精霊の流れを整える装置だったんじゃないかな?」
「…」
「装置?」
その場の全員が口をそろえる。
エルフたちがざわめく。
「神聖な守護獣を装置呼ばわりするとは、けしからん!」
ルナーシールドが割って入る。
「さすがに今のは言葉が足りませんよ、アリソン!」
「そうよ、言い方ってもんがあるでしょ!」
ターニャにまで怒られ、アリソンは言い直す。
「すみません。替わりになる装置が必要…という意味でした」
グラムベルクが顎ひげを撫でた。
「ふむ、ならばゴーレムなんてどうだ?」
ターニャが首を傾げる。
「ゴーレム?」
精霊の流れを見る。
ズレを見つけたら戻す。
それを続けるだけなら――
生き物じゃなくていい。
(…ゴーレムにやらせればいい)
アリソンはグラムベルクと目を合わせる。
「帝国のゴーレム…」
「あれ、かなり精度が高かった」
グラムベルクが頷く。
「わしの精霊通信具も使え!」
アリソンの思考が回り始めた。
しばらく黙り込む。
そして顔を上げた。
「……いけるかもしれない」
ルナシールドが驚く。
「守護獣の代替……」
グラムベルクは頷いた。
「精霊管理ゴーレムだ」
ターニャの顔が明るくなる。
「それ作ろう!」
アリソンは苦笑した。
グラムベルクは腕を組む。
「問題はゴーレムの動力だ。魔砂は帝国にしかない」
広場が静まる。
ターニャの顔が沈む。
「この間まで戦争してたよね、帝国」
アリソンは小さく息を吐いた。
守護獣の代替。
精霊の安定。
そのためには帝国の協力が必要になる。
アリソンは静かに言った。
「交渉するしかないな」
精霊の乱れをこのまま放置すれば、いずれもっと大きな異常を起こす。
アリソンは呟いた。
「でも…」
「壊れたなら、直せるはずだ」
たとえそれが、
同じ形じゃなかったとしても。




