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第40話 守護獣の遺言と託された力


先ほどまで轟いていた竜の咆哮も、雷鳴も、炎の唸りも消えた。

夜の森の中心。

そこに白鹿は立っていた。

白い毛並みは所々が焼け焦げている。

その前には倒れた赤竜の巨体。


魔車がゆっくりと止まった。

ミレイアが息を吐く。


「……終わったの?」


アリソンはただ白鹿を見ていた。

ターニャが呟く。


「白鹿……」


その時、南から重い足音が近づいてきた。

ゴーレム部隊だった。

石の兵士たちが森を進み、その後ろからカリウスが現れる。


さらに森の奥から別の一団も姿を見せた。

エルフたち。

その先頭に立つ長身の男、エルダリオン。

三つの勢力が同じ場所に集まる。


誰も武器を向けない。

全員が白鹿を見ていた。

白鹿の胸の下で何かが動いた。

白い光が揺れる。


次の瞬間。

白鹿の胸が静かに開いた。

その中から一人の人物が落ちてくる。

イリスだった。


カリウスが駆け寄る。


「イリス殿下!」


気を失っている。

呼吸はある。

カリウスはほっと息を吐いた。


「生きているぞ」


ゴーレムがゆっくりとイリスを持ち上げた。

だが誰もその場を離れない。

視線はすべて白鹿に向いていた。


ターニャが一歩前へ出る。

白鹿の巨大な瞳が彼女を見ていた。


その瞬間。

世界が静かになった。

精霊通信。

ターニャの意識の中に白鹿の声が流れ込んでくる。


『……人の子よ』


ターニャは息を呑んだ。

言葉ではない。

だが意味は理解できた。


「あなた……白鹿?」


白鹿の声は静かだった。

長い時間を生きてきた存在の声。


『そうだ、私はこの森の守護者』


白鹿の視線が森全体へ向く。


『この森は魔石の力で広がった』

『精霊が増え森が育ち』

『人間、エルフ、ドワーフ、魔族』

『すべての種族もまた増えていった』


ターニャは黙って聞いていた。


『だが世界が広がるほど』

『精霊の言葉は乱れる』


白鹿の視線がターニャの胸へ向く。


『お前の血』

『それは精霊の言葉を書き換える力だ』

『乱れた精霊を安定させる特権』


ターニャの胸が強く脈打つ。


トロールの血。

あの戦い。

すべてが繋がる。


『私はこれまで南を見てきた』


白鹿の意識が遠くへ向く。

巨大な山。

火山。


『炎の山が暴れぬよう』

『千年、見守ってきた』


そして、さらに遠く。


『だが次の時代、脅威は別の場所にある』


何かが蠢く気配。

はっきりとは見えない。

だが――

危険だけは感じ取れる。


『北の大地、地下深く』

『いずれ世界はそこと向き合う』


ターニャは震えていた。


白鹿の声が少しずつ弱まっていく。


『だから頼む』


地面に突き立つ二股の刃。

風と雷が静かに揺れている。


『この槍を持て』

『そして私の後継者となれ』


ターニャは動けなかった。


 守護者

 森

 精霊


そんなもの。

自分に背負えるのか。

白鹿の声が最後に響く。


『お前ならできる』

『精霊はすでにお前を選んでいる』


通信が消え、世界の音が戻る。

ターニャは立ち尽くしていた。


アリソンが近づく。


「白鹿と何を話した?」


ターニャはしばらく黙っていた。

そしてゆっくり口を開く。

白鹿の言葉を皆に説明する。


 魔石

 精霊

 自分の血

 守護者


そして、北の地にあるかもしれない脅威。

エルダリオンが目を細めた。


「地下……」


エルフの長老が呟く。


「古い伝承に似た話がある」

「大地の奥に広がる、果てのない迷宮」


エルダリオンは静かに言う。


「今はまだ兆候はない」

「だが無視もできぬ話だ」


ターニャは槍を見た。

そして首を振る。


「……無理よ」


声が震えていた。


「私には重すぎる」

「……怖い」


彼女は小さく笑う。


「普通に生きたい、人として」


沈黙が流れる。


ターニャは槍を見つめる。

そして言った。


「これは……エルフに預かって欲しい」

「少しだけ時間をください」


エルダリオンは頷いた。


「預かろう」


アリソンはターニャを見た。

 迷い

 恐れ

 そして、少しの希望

アリソンは静かに言う。


「それでいい」


彼の視線は森へ向いた。

守護獣がいなくなる。

ならば。

自分たちで、別の守り方を見つけるしかない。


その時。

カリウスが近づいてきた。

互いに少し距離を保つ。

だが武器は抜かない。

カリウスが言った。


「双方の軍は壊滅状態だ」


アリソンは頷く。


「戦争どころじゃないな」


カリウスは続ける。


「一度停戦としたい」

「後日、正式な使者を送る」


アリソンは肩をすくめた。


「王国に報告しておくよ」


カリウスは軽く頭を下げる。


「殿下は連れて帰る」


ゴーレムがイリスを運ぶ。

カリウスは白鹿の消えた場所を一瞬だけ見た。


「……この借りは、いつか返す」


帝国軍は静かに森を離れていった。


やがて夜が明ける。

朝の光が森に差し込む。

白鹿はまだ立っていた。

そのまま動かない。

エルダリオンが静かに言った。


「……旅立たれた」


その身体は風に溶けるように、

少しずつ光となって消えていった。


森の守護獣。

千年の番人。

その使命は終わった。


朝の風が、静かに森を吹き抜けていった。


第4章 完。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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