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第38話 竜が制御不能になった結果


夜の森を、魔車は滑るように進む。

後方の空が赤く染まっていた。

ターニャが振り返る。


「……まだ戦ってる」


遠くの空で、炎が瞬いている。

夜空を横切る巨大な影。

竜だった。

ミレイアが眉をひそめる。


「ここも危ない」

「巻き込まれないように急ぐわ」


ルナシールドが空を見上げる。


「森の精霊が騒いでいます」


魔車は森の外縁を走っていた。

その上空を帝国の竜騎兵隊が旋回している。

竜が急降下する。

炎。


森林南端に展開していた王国軍の部隊が焼き払われた。

兵士たちが森の奥へ逃げ込んでいく。

竜はさらに追撃し炎が降る。

ミレイアが言った。


「完全に空を取られてる」


アリソンはつぶやく。


(竜が森まで来ている…)

(あの魔族の将軍に騙されたのか?)

「森の魔石は…」


その時だった。

一頭の竜が森の上空で急に動きを止めた。

ミレイアが言う。


「……あれは?」


次の瞬間。

竜が激しく身体を振り空中で暴れだした。

背に乗っていた竜騎兵が暗い森へ投げ出される。

兵士の叫び声が夜に響いた。

ターニャが息を呑む。


「落ちたわ……」


これをきっかけに周囲の竜でも次々と同じことが起きる。

竜が暴れ騎兵を振り落としていく。

だが――


一頭の竜だけは様子が違った。

巨大な赤竜の背。

その首元に黒い軍装の騎士がしがみついている。

イリスだった。

赤竜は暴れ空に向かって炎を撒き散らす。

だが彼女は必死にくらいつく。


彼女は赤竜の角を掴み、なんとか体を密着させていた。


「竜よ、静まれ!」


低く命じる。

イリスはさらに力を込めた。

脚で鱗を挟み込み首筋にしがみつく。


「聞け! 私はお前の主だ」


だが――

竜の瞳は彼女を見ていなかった。


(……聞いていない)


炎の力がその体内に蓄積されていく。


「ダメだ! そこは…」


しかし次の瞬間、帝国軍の陣地が赤竜の炎に包まれた。

アリソンはこの混乱を眺めながら呟く。


「僕は止めたんじゃない」

「壊してしまったんだ…」


帝国兵が叫ぶ。


「一体どういうことだ!」


別の竜が砦の上空を旋回し炎を吐く。

砦の塔が崩れ落ちた。

帝国軍の兵士たちが逃げ惑う。


「竜が暴走しているぞ!」


さらに別の竜が森へ逃げ込もうとしていた王国軍の部隊に炎を吐く。

王国兵も帝国兵も関係ない。

竜はただ、怒りのままに暴れていた。


戦場は完全に崩壊していた。

ターニャの目が不安で満たされる。


「……私達、どうなっちゃうの」


アリソンは黙って空を見ていた。

竜たちは次々と暴れ始めている。


(ここには皆もいる。どうすれば…)


その時だった。

ルナシールドが小さく息を呑んだ。


「……何か来ます」


「何が?」


ターニャが聞く。

ルナシールドは森の奥を指さした。

霧が流れる、その向こうから何かが現れる。

巨大な影。

月明かりの中に浮かび上がる白い毛並み。


ーー森の守護獣、白鹿だった。


ターニャが呟く。


「白鹿……」


白鹿はゆっくりと森から歩み出た。

そして空を見上げる。

その視線は――

荒れ狂う竜ではなく、空そのものを見ていた。


その光景に呼応するように白鹿の角が蒼く光り始めた。

ミレイアはこの光景を目にしながら言う。


「白鹿の角、あんなに大きかった?」


その場にいた全員が記憶を探る。

あのとき見た白鹿の角が今は倍ほどの大きさに見える。

それは角から発せられる蒼い光のせいかもしれない。


ルナシールドが角の変化に気づく。


「右の角から強大な風属性の力が発せられています」


ミレイアも目を凝らす。


「左の角の間を見て! 雷の光が走ってるわ」


次第に二つの力が空中で絡み合い、巨大な渦を生んだ。


ーー竜巻。


次の瞬間、白鹿が地面を蹴る。

同時に竜巻が空へ放たれた。

巨大な竜巻はたちまち竜を巻き込み、雷がその身体を貫く。


 ーーギャアーッ


竜が悲鳴を上げる。

空中で身体を引き裂かれ、自らの炎とともに地面に落ちる。


かろうじて一頭の竜が竜巻を抜け出し咆哮をあげる。

怒りに身を任せ白鹿に向かって急降下した。


白鹿は動かない。

竜が迫る。

白鹿が地面を踏みしめた。


次の瞬間――

跳んだ。


白い閃光のような動きだった。

その角が竜の腹を深く切り裂く。

鱗が裂け血が夜空に散る。

竜が苦悶の叫びを上げた。

巨大な身体が地面に墜落する。


ターニャが目を見開く。


「……なんなのあれ」


アリソンは静かに言った。


「守護獣の真の姿だろうね」


アリソンは空を見上げたまま続ける。


「精霊魔法の塊みたいな存在だ」


白鹿は地面に着地する。

その角が再び光る。


 風。

 雷。

 竜巻。


白鹿の攻撃が空を切り裂き続ける。


その戦いを森の奥から見つめている者たちがいた。

エルフの長老たち。

古代の魔道具――守護獣の目には白鹿と竜の戦いが映る。

長老の一人が静かに言った。


「守護獣が戦っている……」


別の長老が低く呟く。


「しかし…… 白鹿も老いた」

「かつて竜を退けたのは千年も前のことだ」


鏡の中では戦いが続いていた。


その頃。

帝国軍の観測所。

カリウスが森の戦いを見ていた。

副官が言う。


「竜騎兵が暴走しています」


望遠鏡の先には、暴れる竜。

そして――

白鹿。

カリウスの表情が変わった。


「伝説の守護獣……」

「やはり来たか」


副官が言う。


「殿下がまだ赤竜の背に…」


カリウスは即座に命じた。


「ゴーレム部隊を準備しろ」


副官が驚く。


「森に入れるのですか?」


カリウスは頷く。


「イリス殿下を救出する」

「急げ!」


副官が走り出した。


森の戦場では竜と白鹿の戦いが続いている。

しかし誰も気づかなかった。

白鹿の角。

その中心に――


音もなく、

小さなひびが走っていた。

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