第51話 告白
九月。
幾度となく台風が発生しては北へ南へと逸れていく。今日も穏やかな空の下、ゆるやかに雲が流れていく。
そんな授業終わり、いつものように進路指導室に向かおうとしたところでクラスメイトの男子に呼び止められた。
「柊、今日の放課後時間ある?」
「自習だけだけど……なんで?」
「ちょっと話があるんだけど」
「いいよ。今聞くけど?」
「……いや、人がいなくなってからがいい」
その目は熱を帯びて、私を見る。
「……分かった」
そんなに真っすぐ見つめないでほしい。気持ちがネタバレしてるから。
後ろの席に座るミカも、私を見て静かに微笑む。そのまま後退りするように教室を出て行こうとするので声をかけておいた。
「ミカ、また明日ね」
ミカは無言で手を振るだけだった。……や、お膳立てしなくて良いから。
* * *
開け放たれた窓から流れ込んできた街の空気が、教室の冷気と混ざり合う。
私たちはポツリポツリと言葉を交わす。他愛もない話の合間に、帰っていくクラスメイト達をともに見送る。
最後の人を見送ると同時に、妙な緊張感がジワジワと広がっていく。相手が立ち上がったのを見て、私もなんとなく同じように相対した。
人気の無くなった教室。そしてその中、向かい合う男女。
……なんか、青春って感じだ。
「柊、俺と付き合って欲しい」
「ごめんなさい」
私はぺこーっと頭を下げて答える。どう答えようか? とは一応考えていたけれど、最終的にシンプルな回答が一番良いような気がした。
そんな私に相手は抗議の声を飛ばす。
「いや、もうちょっと悩んでくれてもいいじゃん?」
「んー、悩めって言われてもなぁ……」
高木。運動部で高身長だし、カッコ良い枠に入ってた気がする。結構人気者だ。あ、部活はもう引退してるか。
とりあえずフォローしとこ。私は出来る限りの笑顔を浮かべて明るく話を続ける。
「このクラスだと、女子18人中5人が高木の事好きだったと思う。今回は外れだったという事で」
「いや、告白成立ゲームじゃねえし」
高木はちょっとムスっとした表情を浮かべる。うーん、難しいな。
顔色を窺いつつ次の言葉を探していると、高木は納得したように息を吐いて続けた。
「ま、噂には聞いてたけど。やっぱ今でも杉山の事、好きなんだ?」
「……杉山?」
え、杉山? なんで杉山? 私の頭には杉山の間抜けな顔がボヤァ……と浮かび上がる。
「え、違うの?」
「違うけど。てか杉山って……。一瞬付き合った以外の記憶がないし」
ちなみに杉山は2年の夏休み直前に付き合った男だ。2夏の方が馴染み深いかも。
「一瞬て……」
「儚い、セミのような付き合いだったよね」
「もうちょっと良い例えしてやれよ……」
私は地中で眠る、セミの幼虫たちに思いを馳せた。
「……柊に好きなヤツが居ないならさ、俺と試しに付き合ってみてもいいじゃん?」
彼の目はまたしても、真っすぐに私を見つめる。けれど、私がその目をちゃんと捉える事は無い。
お試しから始まる恋なんてものは私には無いと、もう知ってしまっているから。
「ホントごめん。好きな人は……他にちゃんといるんだ」
「……マジかー。え、誰?俺知ってるやつ?」
私の脳裏には一瞬、ヒョロ長い癖毛の人が浮かぶ――けど。
「いや、知らないと思う。色黒で身長190くらいのガチムチゴリラみたいな人だし」
「なにその怖い男」
私は架空の男を瞬時に作り出して、上書きした。
「んーそのゴリラはねぇ……」
何となく窓際に歩みを進める私。秋空の奥にウッホウッホと踊りだすガチムチゴリラが見える気がした。
「たぶん私が初めて、ちゃんと好きになった人だと思う」
高木の目を見て、私はそう結論付けた。
……あー、なんかすっごく恥ずかしい。意味もなく一人で勝手に照れる私を見て、高木は呆れたように笑う。
「めっちゃ恋してる乙女の顔してるじゃん……」
盛大なため息とともに、彼は潔く白旗を上げた。
高木には申し訳ないけど、好きなのだ。どうしようもないくらいに、好きなのだ。
だけどチラつくのは、見慣れてしまったあの白い封筒。昨年は『退職届』、今年は『辞表』へと進化したアレだ。
私は先生の退職を阻止するため、気持ちを隠さないといけない。私の初恋は不思議な条件で始まってしまっていた。
――先生と禁断の恋、始めません。
よし、今年のテーマはこれで行こう。……あ、その前に受験か。
私の足は、いつもよりほんの少しだけ速く廊下を進んでいく。それは何か見えない力が働いているようで、ちょっとだけいい気分だ。
そして今日も、会いにいく。
コーヒーの香りがする、あの進路指導室へ。




