第18話 初詣
「葉月―! あけおめー!」
「いや、まだ明けてないし」
年末の大晦日。私はミカを含む友人数人で神社に来ていた。
吐く息は白く、手をこすってもすぐに冷たくなる。境内ではもう除夜の鐘の準備が始まっていて、どこかで「ゴーン」と低い音が響いていた。
「しかし……今年も華やかだねぇ」
「ねー。お陰で歩きにくくて仕方ないっ!」
ミカは金髪を綺麗に結い、鮮やかな着物に身を包んでいた。
本人曰く「パパが正月ガチ勢」らしい。
「今年も初日の出、見に行くの?」
「行くよー、すんごく嫌だけど。寝正月したいー!」
「じゃあ今年も、ミカが元気に初日の出を見られる時間に解散だね」
「元気と体力が空っぽでも、やりきってやらぁ!」
「山登るんでしょ?」
「登るんです……」
ショボンとするミカを皆で励ましながら、境内へと進んでいく。
階段を上るたびに、鼻の奥がツンと冷える。
屋台から漂う香ばしい匂いが、空腹の胃を刺激してくる。
「う~、お腹空いてくるけどリミッター付いてるからなぁ……」
「リミッター?」
「着物の帯!」
「ああ……」
ミカが自分のお腹を帯ごと叩いてアピールする。
「全部食べたいなー」
「リミッター解除しても、さすがに全部は無理でしょ」
「むきーっ!」
小さく地団駄を踏むミカ。その様子が可笑しくて、つい笑ってしまう。
視界の端を流れる提灯の明かり。ゆっくりと流れる人波。
前を歩く、少し背の高い癖毛の後ろ姿を見つけるたび、胸の奥がざわつく。
……なんか、理由もなくイラっとした。
「ねぇ葉月。今年、どうだった?」
ミカが唐突に聞いてくる。金の髪飾りが、屋台の光を受けてきらりと揺れた。
「どうって?」
「楽しかった? 泣いた? なんか、それなりに色々あったじゃん」
「普通に楽しかったよ。泣くようなことは無かったかな」
「え? 泣いてたじゃん、体育祭の時!」
「……そうだっけ?」
「僅差で逆転勝利!って思ったのに、集計間違いで逆転サヨナラ敗北! あれ!」
「あー」
あの時泣いたのは、悔しかったというより――ミカの悔しがり方が面白すぎて、つられて涙が出ただけなんだけど。
「それに今年は……葉月がぼっちクリスマスを過ごすことになったし」
ミカが泣き真似をしてくる。
「去年はダブルデートしたよね。ミカが私とばっかりイチャイチャするから、そっちの彼氏がヤキモチ焼いて」
「ピータン、嫉妬深いからねぇ~」
ちなみにピータンはミカの彼氏のあだ名だ。名前はヒサシだっけ? ヒロ君? ……まあ、そんな感じ。
「今年は二人っきりでデート出来たし、ピータンも嬉しかったんじゃない?」
「んふふ。まあね?」
ミカが満足そうに笑う。幸せそうで、こっちまで少し温かくなる。
「で、どーなのさ? 葉月は何か進展あった?」
「うん? 何もないけど?」
「えっ!? 言ってたじゃん、『恋なのか変なのか』みたいなやつ!」
「あー……」
変、からの――変化。
少しは、あったのかもしれない。認めたくないだけで。
「そうだね。そこからちょっとだけ、気持ちが育ったかな」
「おおお!? つまり今は!?」
「怒りを感じてる」
私はニッコリ笑って、親指を立てた。
「なんでええ!?」
「なんでだろう……?」
自分でも、よく分からない。
* * *
甘酒を飲みながらカウントダウンをして。
初詣の列に並んでいると、ミカのスマホが鳴った。
映像通話。発信者は『ハゲ』――野球部の田中だ。
『おめでとー!今通話いいか?』
「あけおめー。この時期に見る坊主頭は、ご利益がありそうに見えるねぇ」
『おーおー、拝んでいいぞ』
「ナマステー」
二人のかけ合いをひと通り聞いたあと、私はミカのスマホを覗き込んだ。
「あけおめ、ハゲ」
『あけおめ、柊。お前らも今、初詣?』
「うん。鈴ノ宮神社に来てる」
『そっちかー。俺ら、水影神社に来てんだけどさ……ほら』
そう言ってハゲがカメラを向けた先には、三山先生の姿があった。
先生はクラスの男子たちと談笑中らしく、こちらに気づくと軽く手を振ってくる。
『三山先生とバッタリ会ったんだよ』
「うわー!ずるーい!!」
即座に反応したのはミカだった。
「え、そんなに先生に会いたかったの?」
「学校以外で会うと、レア感強くて嬉しくない?」
『ああ、分かるわ!』
――そういうものらしい。
『そんじゃなー』とハゲからの通話が切れたあと、「私らも水影神社に行けばよかったー!」なんてミカが言うのを聞きながら、胸の奥で言葉にならないイラつきを感じた。
――会いたい、なんて思ってない。
……よね?
ぼんやりと浮かんだ先生の顔を、私は想像の中で土の中に埋めておいた。
ミヤマクワガタは、今ごろそのへんの土の下で冬眠してるはずだから。




