シラギ街道
長い時間が過ぎ、二人はようやく森を抜けた。
陽は次第に傾き始め、少しずつ影が伸びていたが、大きな木々の合間から景色が広がりつつあった。
自然の広がりの先に見えるのは、山々が連なり、その麓に道が続いている。道は整備されていて、石畳の上を歩く足音が軽やかに響く。
シズクとミナトが歩いていると、時折、道を行き交う人々の姿が見えた。
これまでの森の中では、静かな空気に包まれていたが、ここでは人の姿が多く、時には馬車を引く人の姿も見受けられる。
ミナトは思わず足を止め、歩いてくる一団を見つめた。見慣れた風景ではない。だが、それがユラグの人々の生活なのだと、少しずつ実感が湧き始めていた。
「すっかり夕方だね。ここからはシラギ街道を通るよ」
「へえ…なんだか、静かだった森と違って、少し賑やかだな」
シズクは淡々と答えた。
「ユラグは、全体的に広い土地だけど、こういった街道が幾つも通っている。ここは比較的、商業的に栄えている場所。さっき見かけたのは、トウカ商会の使者だね」
「商会? ここにも商人がいるのか」
「ユラグの各地には、商会や交易所があちこちにある。特にシラギ街道は、港町へ通じる道でもあるから、流通が盛んなの」
「へえ、そうなのか」
ミナトは頷きながら、視線を街道の先に向ける。道の両脇には、所々に小さな集落が見え、日常が息づいているのが感じられた。
その時、二人の前を通り過ぎる旅人の一団が軽く頭を下げていった。シズクを見かけて、彼らは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに敬意を込めた挨拶をして行った。
「おや…逝導様、道中お気をつけください」
シズクはうなずきながら、軽く手を振る。だが、その様子にミナトはまたも疑問を覚える。
「…逝導様って、そんなに有名なのか?」
シズクは少し歩みを止め、ふと目を細めながら答えた。
「煌が現れてから、人々の間で、逝導は神聖視されるようになった。元々、私たちの役目は予見することだったけれど、煌の出現があまりにも突然だったから、皆が急にすがるように『救世主』のように扱うようになったんだ」
ミナトは少し驚きの表情を浮かべたが、すぐにその言葉の重みを感じ取った。
「救世主…ねえ。でも、それってどういうことだ?」
シズクはしばらく黙っていたが、やがて静かな声で続けた。
「煌が現れる前までは、逝導はただの予言者だった。でも煌が現れ、全てを飲み込む力を見せつけると、人々はすぐに私たちにすがりついた。『頼む、なんとかしてくれ』と」
その言葉には皮肉がにじんでいた。シズク自身、どこか冷めた目でその事実を受け入れているようだった。
「煌が出現して、すぐに私たち逝導は神聖視されるようになった。でも、実際にはその“神聖”というものは、ただ恐れと期待から来ているものだ。人々は恐れているんだよ。そして、逝導に期待している」
ミナトはその言葉を聞いて、少し言葉を失った。確かに、シズクの言う通り、神聖化というのは人々が恐れと希望を託した結果であり、シズク自身はその重圧を感じているのだろう。
「でも、そんなの都合良すぎる」
シズクはうなずき、淡々と答えた。
「それでも私たち逝導は何百年、いや何千年も前から、煌が現れるその時を、導珠と最上浄化の技を受け継ぎながらじっと待ってきた。きっと、これが私の宿命なんだよ」
その言葉には、長い年月と多くの苦悩が詰まっているようだった。
「だから、役目を果たせないわけにはいかない。でも…それがどんなに重いものなのかは、やってみなきゃわからない」
ミナトはその言葉を聞いて、何も言えなかった。シズクの背中が、少しだけ遠く感じられた。
シズクは再び歩むスペースをあげ、淡々と伝えた。
「この先、ヒナカセという港街に向かうよ。この街道を進めばすぐに着く」
その言葉を聞き、ミナトは頷きながら道を見渡した。
シラギ街道は、石畳が続いており、足元にはしっかりとした感触が残る。
道の端には、少し古びた白木の木々が並び、傾きかけの陽によって影を長く伸ばしている。風が木々の間を通り抜ける度に、かすかな音が響く。その音が、シズクの足音と重なり、静けさを強調していた。
※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。