ヒナカセ
しばらく歩くと、道は少しずつ広がり、視界が開けてきた。海の匂いと共に、ヒナカセの街が見えてきた。港町の町並みが、少しずつ近づいてくるのがわかる。ミナトは、海の方から吹く風を感じ、心なしか胸が少し軽くなるのを感じた。
「ヒナカセ、ここからはもうすぐだよ」
シズクの声が、再びミナトの耳に届いた。
陽に照らされた街の輪郭が見えた時、ミナトはその街の雰囲気が予想以上に活気に満ちていることに気がついた。遠くからでも見える船のマストや、街の屋根が並んでいる様子が、まるで別の世界に入っていくような感覚を与える。
「潮の匂いがすごいな、懐かしい」
ミナトが言うと、シズクは振り返り、思い出したかのように話す。
「そうだったね。君は島から来たんだよね」
「ああ、ヒノモトからな」
「…それ…あんまり言わない方がいいかもね」
「…どうしてだよ」
シズクは少し考えるような仕草を見せ、やがて静かに答えた。
「そこは神の住まう島だから」
ミナトはため息をついて答える。
「はあ…またそれか…」
シズクは少し間を置いて、優しく言った。
「ミナト、言葉は重いんだよ。ヒノモトから来たって言うと、きっと怒る人もいるかもしれない。その島は、それだけ特別な意味があるからね」
ミナトは肩をすくめて、少し照れくさそうに笑った。
「でも、そんなこと言われても、俺はただの普通の島の人だし。ヒノモトはそんな特別なところじゃないんだ」
シズクはその言葉を聞いて、少しだけ沈黙したが、やがて目を細めて優しく答えた。
「君がそう言うならそうなのかもしれない。でも、君がそう思っても、他の人たちには違う意味を持っているかもしれないから。気をつけてね」
ミナトはその言葉を受け止め、少し考え込んだ。
「はあ…わかった、気をつけるよ」
やがて二人はヒナカセの入り口に辿り着いた。
街の入口には、大小様々な店が並び、通りには活気のある人々が行き交っている。商人たちの呼び声、商材を載せたカートの音、そして時折、海から来る風の音が重なり合っていた。広場では子供たちが遊び、大人たちはそれぞれ仕事をしている様子が見受けられる。
シズクはその賑やかな風景を静かに見つめ、ふとミナトに視線を向けた。
「着いたね。ここが一つ目の目的地だよ」
ミナトは辺りを見回しながら、どこか新しい世界に足を踏み入れたような気持ちを抱えていた。
「すごいな…大きい町だ…」
シズクは微かに微笑み、再び前を向いて歩き出した。
「もうすっかり夕方だね。さあ、行こうか。ヒナカセはユラグの中でも大きな街だから迷子にならないようにね」
二人は並んで街の中へと足を踏み入れる。
ヒナカセの街を歩きながら、ミナトはシズクの隣を歩いている。活気に満ちた街並みが広がり、目の前を商人たちが行き交い、船のマストが見える港の雰囲気も、どこか異国情緒を感じさせた。
「なあ、シズク」
ミナトは歩みを緩めながら話しかけた。
「ここで一つ目の妖異を降ろすんだよな?妖異はどこにいるんだ?」
シズクは少しだけ歩調を止め、ミナトの問いに答えることなく、視線を少し前に向けた。足元に視線を落とし、少しだけ間を置いてから、静かに口を開いた。
「妖異はどこにいるというものでもないんだよ」
ミナトはその言葉に驚き、少し首をかしげた。
「…どういうことだ?」
シズクは再び歩き始め、ミナトに背を向けながら説明を続ける。
「ヒナカセの外れに祠がある。まずはそこで妖異を呼ぶ。その後に導珠に降ろすんだ」
「なんか…ややこしい話だな」
「そうだね」
シズクはほんの少し笑みを浮かべる。
「ただ…降ろす方法は簡単には説明できない」
ミナトはその言葉を引き続き引っかかりながらも、シズクの答えを待った。
しかしそのうち待ちかねて、ミナトは真剣に尋ねた。
「それでも、何か方法があるんだろ?どうやって降ろすんだよ」
シズクは歩きながら、しばらく黙った。前を見つめ、足音だけが静かに響いていた。やがて、少しだけ視線を逸らして、かすかな声で答えた。
「…それは現地で教える。それが一番大事だから」
ミナトは納得したように頷くものの、その答えが本当に曖昧なものであることを感じ取った。しかし、シズクの口からそれ以上の説明はなかった。
「…そうか、分かった。でも、いずれにしても祠で降ろすなら、まずはその祠に向かうべきだよな?」
「そうだね。今はまず、祠に行こう」
二人はさらに街の奥へと進んでいく。人々の姿が忙しく行き交う中、時折、港から漂う潮の香りが夕焼けと風に乗って運ばれてきた。
※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。




