27.子猫伯爵と女神の祝福
静かだったのは大司祭エルデルバルトが居た時だけで、広間はずっとざわついている。
親の加護はどうだとか、自分はきっとこの加護だとか、どの加護が良いだとか、思い思いの話で盛り上がっているようだった。
かくいうオレもソワソワが止まらない。
「ハンスは緊張しねーの?」
「ああ。こういうのには慣れている」
与えられる加護は本人の魂の性質そのものだともいう。
きっとこういったところが、氷の力を授けられた所以なのだろう。
無骨でクールな性格も、敵対者への容赦のなさも、その実脆い心も全部、氷のようだと言われればその通りに見えてくる。
相も変わらず涼しい顔のハンスを見ているとそんな事を思った。
思ったついでに右に座るレフたちに意識を向ける。
三人は一体どんな加護になるのか、暇つぶしがてら考えてみる事にした。
(レフはなんつーか子供っぽいんだよな)
右隣に座ったレフはアンナに咎められながらも落ち着きなく足をバタつかせている。
オレよりも小柄な体格も相まって、年齢よりもずっと幼く見えるレフには、元気良く駆け回る姿がよく似合う事だろう。
早く動けるなど肉体を強化する地の加護がそれっぽいのではないだろうか。
(アンナはしっかりしてるよな)
一方アンナは12歳という年齢よりも遥かに大人びた印象だ。
レフの妻ないし、母親や姉といったようにも見えるしっかり者である。
物静かで知的な雰囲気のアンナだが肉体系の地の加護を得るのも想像がつかないし、本人の希望も含め空の加護になって欲しいと思う。
堅実そうなイメージから行くと炎の壁を作るなど防御に適した能力だろうか。
(ユージーンは……)
ユージーンは少し騒がしいところもあるが誰にでも優しく気さくな良い奴だ。
穏やかで一所に留まらない様子は水のような印象を受けない事もない。
髪の色に引っ張られていると言われればそれまでだが、空の加護だとすれば水を操る力ではないだろうか。
全体的な割合を考えると地の加護な気もするが、頭の切れるユージーンだ。
アンナと同じくどんな加護でも上手く使いこなす事だろう。
「――ミオン伯爵家御令息、シャルル・ミオン様。どうぞこちらに」
名前を呼ばれ立ち上がる。
ユージーンの加護を考え終えたところで、オレの順番になったようだ。
カイトが呼ばれてからまだそんなに経っていないと思ったが――なるほど、爵位が高いほど人数は少ないのだし伯爵家が呼ばれるのもすぐという事か。
この場にいる公爵家の人間はカイト一人。
侯爵家でさえサマルを筆頭に10家あるかないかくらいだ。
『知啓の祝福』自体がそう時間の掛かるものでないため、伯爵家に行き着くまでもあっという間だったらしい。
(やばい、緊張してきた……)
勢い良く立ち上がったものの踏ん切りがつかない。
いざ順番が回ってくると、先程まで鳴りを潜めていた緊張が戻ってきたようだった。
「大丈夫だ。怖い事はない」
緊張が解けないままのオレにハンスが優しく笑いかけてくれた。
「行ってらっしゃい、シャルル」
「待ってるからなー!」
「空の加護だと良いですね」
ユージーンたちも同じように笑顔で見送りをしてくれる。
「ん。行ってくる」
アンナとレフともすっかり仲良くなれた気がして、オレは幾分安らいだ気分で広間を出た。
三人の予想が当たっているかはすぐあとの楽しみだ。
「――ご案内します」
廊下に出ると二人の司祭が待ち構えていた。
一人は大柄で、一人はオレとさほど変わらない小柄な人のようだ。
前に小柄な、後ろに大柄な司祭に挟まれる形で、無機質にも思える白一色の廊下を無言で歩く。
引きずりそうなほど長いローブを纏った司祭の後ろを歩く事100m程だろうか。
遠くはないが近いとも言い難い通路の奥に、大きな扉が見えてきた。
無数の柱に支えられた天井は高く、その天辺まで作られた扉もまた、巨人が通るのではないかという大きさだ。
口が開きそうになるのを抑えながら、扉の下から上までを見回した。
「お連れしました」
一人浮足立つオレの前で司祭がリング状のコックでドアを叩く。
中から声は聞こえなかったが、少し置いて二人の司祭は扉を開けた。
巨大な扉に反し、拝殿はあまり広くないようだ。
正面に大司祭であるエルデルバルト、その脇に二名の司祭、そして入ってすぐの場所にオレが並ぶと、それだけで窮屈なくらいだった。
扉が閉められると余計にその狭さが身に染みる。
場違いな空気を感じ、思わずキョロキョロと部屋の中を見渡すと、古びた石板が目に留まった。
拝殿の中央に置かれた古めかしい台座の上に、真っ黒の宝石が嵌った石板が置かれている。
円盤状のそれが物々しい雰囲気を放っているのだろうか。
それともただ単にオレが緊張しているだけなのだろうか。
並々ならぬ空気が全身を覆い、息苦しさを感じるほどだった。
「お待ちしておりました、シャルル・ミオン様」
顔いっぱいに不安を浮かべるオレの顔を見て、エルデルバルトが薄っすらと微笑んだ。
穏やかな声に少しだけ気持ちが楽になる。
(この人がエルデルバルト――)
すぐ間近で見るエルデルバルトの姿に、緊張とは違うドキドキが胸を支配する。
大司祭と聞くと年老いた老人を想像してしまうが、目の前にいるのは中性的な顔立ちの20代程の男性だ。
先代から大司祭の座を継いだばかりという、まだ若いエルデルバルトをまじまじと金の瞳に映し入れる。
オレが知る『ラブデス』そのままの姿に、オレの心臓は煩く高鳴っていた。
(生エルデルバルトだ……)
ハンスやカイトの時は恐怖が勝ってそれどころではなかったが、エルデルバルトはシャルルに何の害ももたらさない人物だ。
目の前に現れた『ラブデス』主要人物にオレは感動を隠し切れなかった。
サインが欲しいに始まり、ツーショットを取らせて欲しいなどというこの世界では出来ない願望が頭を駆け抜け、唇をきゅっと噛む。
挙動不審に片足を突っ込んでいるが、大司祭を前にこんな風になる人間はそれなりにいるのだろう。
エルデルバルトは慣れた様子でオレが落ち着くのを待っていてくれていた。
「あなたは祝福を受ける身。恐れる事はありませんよ」
「は、はい!大丈夫です!」
聖地巡礼ならぬ聖人巡礼だ。
真正面からエルデルバルトと会話している事にも感激しつつ、これ以上待たせるわけにはいかないと深呼吸する。
オレの呼吸が整うのを待って、エルデルバルトは口を開いた。
「――これは生命の秘薬」
エルデルバルトの言葉に、オレから見て左側に立っていた司祭が銀に光る杯を持ち上げる。
透明な液体で満たされたそれはオレの手へと渡された。
「この秘薬を肉体に取り入れる事で、女神の枷が払われ加護が扱えるようになります」
じっと杯を見つめるオレにエルデルバルトが告げる。
先にも説明があったが、加護はこうして祝福を受けない限り使う事はできない。
それは幼い子供を守るためでもあり、加護を悪用されないためでもある。
「万一加護を悪用された場合、授けられた加護は剥奪されます」
万が一とは言うが、加護を悪用した場合、最悪一生を神殿に捧げなければならなくなってしまう。
剥奪だけならまだマシで、罪の重さによっては神殿に事実上の投獄をされ、女神に従事する事を義務付けられるそうだ。
「また学院生活を最後まで終えられない場合にも加護を返上して頂く事になります。これからの3年間、女神様の御心を裏切らぬよう、しっかり努めてください」
囚人生活もごめんだが、小説よろしく退学という流れも避けたいところだ。
加護などなくても生きていけるとはいえ、折角加護を得られるのだ。
殴るだの殴られるだの馬鹿げた理由でみすみす加護を捨てたいとも思わない。
ハンスを無事見送るためにも、まずこの3年間を乗り切ってみせよう。
(――上手くやるさ)
言い聞かせ、ごくりと唾を呑む。
ワイングラスとさほど変わらない大きさの杯が、いやに重く感じられた。
「邪な事なきよう、秘薬はこの場で飲み干して頂く事になっております」
「我々司祭はそれを見届ける者です」
目深にかぶったローブで顔も表情も分からないが、左右に立つ司祭が粛々と言い放った。
鋭い視線だけを感じ、恐れに程近い緊張が圧し掛かってくる。
「……女神様の慈悲に感謝致します」
教わった通りに答え、杯に口をつける。
ぐいっと煽れば秘薬はあっという間に喉に落ちていった。
塩のような強烈な辛さに喉が焼ききれそうだ。
直後――全身が熱くなり息が出来なくなった。
「っ…は、あ……っ!?」
止まった息と共に力が抜け落ちる。
その場に倒れ込みそうになった体を司祭がすんでのところで捕まえてくれた。
(これ、まずいやつじゃ……)
声が出ないせいで助けを求める事も出来そうにない。
ぼやける視界には司祭たちの慌てる姿が見え、遠のく意識の中に焦燥だけが強く焼き付いた。
(こんな所で死ぬなんてない…よな……?)
神殿で、しかも『知啓の祝福』で死にましたなんて笑い種にもならないだろう。
まだアイリスに会ってもないのに――まともに思考出来ないオレは遺言にもならなそうな事ばかりを考えていた。




