3 憎悪の焔・消滅の神威 ②/2
しかし。
「チッ、まさかコイツにこれを使うことになるなんてね……」
「……! な、何をするつもりだ……?」
彼女には謎の余裕があった。レイエルピナは剣をしまい、脚をやや開き、膝を曲げて力を溜めている。
「な、レイエルピナ……それは、よせ!」
ベリアルが慌てて静止するも、最早止めること叶わず。
「はぁぁぁぁあああああ!!!」
力が爆散する。
「うわっ!」
その余波に耐えられず、吹き飛ばされてしまう。
「なんだ……あれは……」
力を解き放った彼女は、黒い重厚なオーラを放ち、周りにはスパークを放っている闇魔力の球体が漂っている。さらに魔剣も主に感化されたか、剣身は鮮やかなワインレッドに。加えて紅の意匠は形を変え、荊となる。その印象は、薔薇を想起させるか。
「なんだ、この異質な感じ……君は一体、何者だ⁉︎」
「この力は……神の力よ! 破っ‼︎」
掌からエネルギー弾が放たれた。その弾は剣を呑み込み、城の壁に着弾すると、壁を抉り取った。
「なんて威力だ……」
「よそ見してる、場合かしら!」
壁に目をとられていると、次々とエネルギー弾が飛んでくる。
「のわっ! これは、遊んでいる場合じゃないな……! ハア‼︎」
こちらも力を解放し、負けじとエネルギー弾を放って相殺する。が、向こうのほうが威力は上。否、魔力の特性により呑まれている。
「これ、ただの魔力じゃないな…?」
「消滅の魔力だ」
消滅属性。聖属性などと同様、いわゆる副属性である。この属性を生まれつき持つことができるのは、神に連なる者以外いない。
弾幕戦はエイジが劣勢。そして其方に気を取られていると、接近されている。
「シッ!」
さっきより速さも威力も増している。
「くぅっ!」
太刀筋も変わっている。対応できたと思ったはずが、むしろさっきのに慣れたのが逆効果なのか、躱しきれずに何度か掠る。
「まずいな……押されてるぞ……」
絶え間無い猛攻に堪らず下がる。
「終わりよ、くたばれ‼︎」
背後を取られていた。特殊な魔力を纏った刺突、全力の攻撃が放たれる。されど、
「ふう、危ないところだったよ」
こちらの方が速かった。種族値、解放。
「なに、これ……」
「見ての通り、第五の手足、尻尾だともさ」
獣の尻尾が、レイエルピナの腕に絡みつき、締め上げていた。
「後ろが隙だと思った? 残念、ハッ!」
外套が消え、背から悪魔の翼が生えると、魔力を噴射。レイエルピナを吹き飛ばす。
エイジが振り返ると、その姿は変化していた。三角耳が生え、牙は鋭く、耳は長く、側頭に角が生え、目は縦長に。崩れかけた輪が浮かび、爪も鋭く。
「能力解放率45%、種族値解放。本気だ!」
「うぅ…おのれ!」
すぐさま起き上がり切りかかってくるが、
「そろそろコレ使うか!」
愛剣で受け止め、斬り返す。
「それは…お父様のアルテマ⁉︎ そんな…」
「名を変えて今はアロンダイトだ!」
アルテマよりは、いいセンスだと思ってしまったレイエルピナであった。
その斬り合いは、今度はエイジが完全に優勢だ。剣戟の中で、エイジが押し込み、そして大振り本気の一撃で吹き飛ばす。
「かはっ!」
壁に背中を強かに打ち付け、動きが止まる。その内に息を入れ、力を抜き、落ち着く。関節を動かし、頭をリフレッシュさせる。
落ち着いたところ、前方に魔力の高まりを感じる。殺意を感じ、避けた瞬間、先ほどまで彼のいた所を、紅い閃光が貫く。
「斬撃飛ばし…」
彼女の瞳、そしてその剣は、爛々と禍々しい光を放っていた。おそらく、先ほどの攻撃にも不治の呪いは付加されていただろう。
エイジは試しに、光線の軌道上に剣を振り下ろす。
「ふむ、斬撃の滞留はなし、か。まあさすがに、そんなんあったら困るがな」
機能アンロックしたらしき魔剣。新たな能力を持っていることもありうる話である。
再び魔力が高まる。レイエルピナは上体を大きく捻り、目に見えるほどの魔力を放出。それが剣身に凝縮して暫く、先程と同じ刺突が飛ぶ。
されど、発射間隔は見抜けた。躱して、その隙にエイジは大剣モードに。魔力を充填、アロンダイトは極光を放つ。
「あの構え……大技です!」
「こっちからも行くぞ。ハアァ!」
右下から切り上げ。その軌道上に魔力の刃が飛ぶ。
「ラァ!」
「二発目⁉︎」
続いて横薙ぎ。一度見ていたテミスは、続きがあることに驚く。
「ダァ!」
半身引いて、次は刺突。当然斬撃は飛ぶ。
「オォ!」
そして眼前に突き刺しての四連撃。波動が走る。
「……ああ、効かないのかぁ。自信あったんだけどなぁ」
一発目は横に回避、二発目は消滅魔力で、三発目は刺突で相殺、四発目も消滅させられた。
しかし……攻略の糸口を掴んだ。
「そうか…消滅の魔力は!」
流石に、あれほど高威力の斬撃を食らって、消滅魔力塊もタダでは済まなかった。斬撃を飲み込むと霧散してしまったのだ。加えて、再生産したレイエルピナの魔力は、ゴッソリと削られていた。
「あれほど強力な特性、デメリット無しなわけはないか」
何かうまい手がないものか。エイジは考えを巡らせるがしかし、それほどの時間は残されていないと考える。そして自分の体力魔力はそれなりに残っている。つまり結論は、
「消滅の魔力……消し去りたくば……飲み込みきれぬほどのエネルギーを加えてやればいいだけだ!」
ゴリ押し。
「『劫炎よ灼き尽くせ』! 『激流怒濤』! 『氷瀑雪崩れん』!」
エイジは大仰に手を広げ、魔道具や触媒も撒き散らしつつ、詠唱を始める。その背後には次々と、巨大な九色の魔術陣が光輪のように顕れる。
「『抉れ風陣』! 『大地猛り果てよ』! 『雷霆打ち据えたまえ』!」
「アイツ、まさか!」
「全員、防御張れー‼︎」
意図に気付いたベリアルたちが焦り出す。
「『光輝の彼方』! 『常闇に呑まれよ』! 『無に帰さん』!」
人域の限界、ランク5。それを悠々と超えつつ、なんと九つ同時。
詠唱された節は、本来のものの終節。しかし、その言葉をより強いものに置き換えた上で、必要以上に充填された高密度の魔力は、その威力を5.5に格上げさせた。
エイジは見据える。放つべき相手を。
「『BURST』‼︎」
吼えると同時、魔術は放たれた。
「はぁ…はぁ……ちょっとやりすぎちゃった?」
放ったエイジは、肩で息をし、顔を顰めた。大量の魔力を一気に使用したせいで、耳鳴りがする。
「さて、どうなった?」
粉塵が晴れた先には、レイエルピナ健在であった。しかし、圧倒的なオーラを放っていた重厚な魔力は、その多くが消えていた。
「くっ、ううっ……」
衣服の所々が軽く破れ、顔には一筋血が垂れていた。その後方の壁では、幹部たちが必死の形相で障壁を張っていた。レイエルピナの状態から判断するに、彼らは彼女をも守っていたのだろう。
「もう、そこまでだ…」
ベリアルが静止する。この戦い、もう彼には見ていられなかった。だが
「まだ、まだよ!」
レイエルピナは腰から虹色の鉱石を取り出すと、握り砕く。瞬間光に包まれると、いくらか魔力が回復していた。
「そう…まだやるか」
エイジは左手でアロンダイトを持つと、その長さを半分にする。
「これ、こんな使い方もあるんだ〜」
右手に棒を持つと、剣の柄をその先端に差し込む。
「あれは、槍か」
レイエルピナは消耗からか、すぐに飛びかかることも、消滅魔力を編むこともしない。
動かぬのをいいことに、先手を取ったはエイジ。槍を腰だめに突進。その攻撃で一気に距離を詰めると、中距離を保ったまま切り上げ、払い、石突き打ち、突き、薙ぎと連続して技を繰り出す。同じ刺突武器ならば、長物の方が有利。弾かれ、出頭を押さえられ、詰めようとすれば下がって間合いを空けられる。さらに、両手持ちが基本の槍を片手でブンブンと振るものだから手数も多い。
「……あれ?」
ふとテミスは何かに気づく。あの体全体を大きく使った槍使い、悪くはないのだが、どこか不自然。本能的に動いているのか、何処か詰めが甘く、ともすれば拙くも映ってしまう。身体能力の差さえなければ、自分でもある程度は渡り合えてしまうようにさえ。
「どうなさった、テミス姫?」
「エリゴスさん…これは、ええと……」
テミスはエリゴスに自らの違和感を打ち明ける。
その間に、自ら距離を取ったレイエルピナは、剣に魔力を込め、地面に突き刺す。そこから沼のように黒い膜が広がる。それを踏んだエイジは危険を感じると、その場から後ろへ跳んで退避。直後、そこから荊のような棘が何本も生える。
「コレもその剣の能力か!」
滞空中に槍を投げると、着弾地点で爆発。黒き沼と荊は爆散する。投擲の反動で宙返りしたエイジは四つん這いで着地。と同時に飛竜の翼を生やし、突撃。
「く、うっ…」
そのまま翼で打つ。レイエルピナは腕で防いだが、受け止めきれず、戦場中央まで転がっていった。この攻撃を終えると、エイジは翼などをすべてしまった。
「なるほど、そういったことか」
テミスの違和感。その説明を聴いたエリゴスにとっては、その理由を知っているから当然のことと思い込んでいた。しかし、この場の何名かはそのことを知らないだろうと思い、その答えは声を張った。
「はっはっは! 当然であろう。なにせ奴の戦闘経験は、わずか三ヶ月強なのだから‼︎」
「え?」
「は?」
「うそっ…」
「マジ、ですの…?」
その事実に、テミスやレイエルピナはおろか、シルヴァやダッキでさえ、驚き固まる。そのリアクションに、エイジは腕組みドヤっている。
「ふふっ、どうですレイエルピナさん、そろそろ疲れてきたでしょう? んじゃ、この大技で最後とするよ!」
自分のすぐ左に、直方体の魔導金属塊を召喚。ズドンという音と共に、落下する。
「コイツを…!」
持ち上げると、変形させて
「とァ!」
大剣にする。突然の変形に驚くレイエルピナに数振りすると、
「お次は、こうだ!」
戦斧に。
「こうして」
槍に。
「こうっ!」
戦鎚に。切れ味は大したことないものの、振るたびぐにゃぐにゃと変形する武器に、苦戦は必至。
「こんな嫌がらせも、ね」
再びぶつかった時、鍔迫り合いとなる。しかし、エイジの武器が溶けるようにレイエルピナの武器に絡みつく。エイジはそこまですると手を離す。絡みついた金属塊のせいで武器は数倍に重くなり、レイエルピナはまともに持ち上げることもできなくなる。
「こんのっ!」
剣に魔力を込め、溶かして抜き取ろうと悪戦苦闘するレイエルピナ。その隙に、エイジは大きく離れて、真横に孔を開ける。そして、指を鳴らす。
「よし、もう少しで……なによ、コレ……」
ふとレイエルピナが顔をあげると、その周囲には、幾つもの孔が開いていた。
「どう? 今まで隠してたんだ。幻影の腕も上がったろう? あの時設置したのは、機雷だけじゃあないんだな。では、コレを食らってもらおうか!」
人差し指を指し、そこから
「ビームッ!」
を放つ。剣から金属塊を取り外せた彼女は、上体を逸らして難なく躱す。だが、
「なっに⁉︎」
別の穴から光線が飛び出してきた。
レイエルピナの真後ろにある穴、そこを通って別の穴から出て来たのだ。さらにそこからもまた別の穴に、穴から穴へと結ぶようにと飛び交う。
「さらにサービス!」
もう何発も追加で打ち込む。たった数発で何十もの弾が飛んでいるように感じさせるこの技に、彼女も避け切れず被弾する。
「そろそろ終わりだ」
真横の孔に手を突っ込むと、そこから取り出したのは、先端に刃のついた鎖だった。
「そーらっ!」
それを真っ直ぐレイエルピナに向けて投げる。すぐ横を逸れた鎖は、穴を通って張り巡らされ、レイエルピナの動きを封じる。
レイエルピナの体からは力が抜け、動きも封じられた。勝ちを確信したエイジは、外套を羽織り直し、周囲の穴を消しつつレイエルピナに近寄る。
「気は済んだかい?」
彼も神経を張り詰めつつ、幾つもの大技を放って来た。そのせいか、ここに来て完全に気が抜けてしまった。レイエルピナの右手が、動いたことにも気付かぬほどに。
「ああああああ!」
レイピアで叩きつけ、消滅魔力で消し飛ばし、鎖を破壊する。そして、その剣で彼を狙う。
「…ッ!」
驚いたエイジは後退り、避けようとする。
「うっ…」
頭痛。動けなくなってしまう。
「死、ね!」
殺意のこもった一撃。その刺突は吸い込まれるようにエイジの胸に向かう。
そして剣が当たる。その、直前……目が合い、その剣は一瞬止まった。少なくとも、エイジにはそう思えて…
「くっ、はあっ!」
その隙に、右手を突き出す。親指、人差し指、中指を立てて。
「うっ…!」
「金縛り……ってねぇ!」
力が加えられ、レイエルピナの動きが止まる。そこに剣を飛ばすと、その周囲全方位から剣先を向けた状態で維持。身動きを封じ、剣先を胸に当てがう。
「悪いが、オレの勝ちだ」
今度こそ、敵の戦意が無くなったのを確認すると、剣をしまい踵を返す。
「なんで、わたしを殺さなかった!」
後ろから声が聞こえ、立ち止まる。
「わたしは、アンタを殺す気だったのに!」
「…………さあ、ね。」
振り向くことなくそのまま、エイジは闘技場を出て行った。




