8 宰相のお仕事 その二 ③/3
魔王城の始業時間は九時、そして定時は午後の六時半である。そして夜勤が残りを二分割した計三つのブロックに分かれている。と言ってもエイジが分かりやすいからと設定しただけであり、実際守られているところはデスクワーク系で少数派。魔族は食事が必須な者は少なく、また通勤に時間もかからない。入浴する者は少ないし、丈夫ゆえ大して休みは必要ない。そのため定められた時間以上に働けるのだ。
魔王城勤務の魔族たちの仕事は言ってしまえば公務員のようなもの。魔王城は県庁のようなものと考えてもいいかもしれない。つまり仕事をこなせばこなすだけいい一般企業とは少し異なるのである。しかしそのままではせっかくの労働力が無駄になる。では効率良くするために何をしているかと言うと、エイジが掲げる次なる目標に向けて少しでも準備が楽になるようにと、木材鉱石などの資源の採集とその加工である。
さて、件の宰相であるが…
「よし、再開といこうか」
執務室に居た。退室してから速攻布団と一つになっていたのだが、日付が変わる頃目が覚めてしまいすることがないからと部屋に戻ってきていた。
執務室は魔王国の頭脳、CPUとも言える。そのためセキュリティに物理的な鍵と魔術的な鍵の二つがかけられている。ちなみに、普通に解くと警報が鳴ったり別の魔術が発動するなどするため回りくどい解き方をする必要があるなど万全である。玉座以上に固いまである。
そんな扉を慣れた調子でさらりと開け、真っ暗な部屋の壁にある魔道松明照明をつけて奥へ進む。
「よしよし、しっかりされてるな」
机の上は片付き、床上に目に見えるゴミはなく、書架の中も整えられ鍵もかけられていたことに満足しつつ、ある机の資料をいくつか手に取り読んでいく。
「よしこれだ」
昨日自分がいなかったことで片付けきれなかった書類だ。それをどうするかと言うともちろん、
「久しぶりの、残業タイムといくか」
別に優先度は低いので無理してやる必要もないのだが、やっておいて損はないと。ちなみに普段彼が終業後何しているかというと、魔術の勉強だったり能力や武術の鍛錬だったりである。
机について二時間強…
「あれ、もうこんな経っていたか」
壁掛け時計を見て驚く。普段は人の出入りや話し声で騒がしく、緊急の案件を直接持ち込まれたり秘書と雑談したりと、作業を中断したり集中を妨げたりする要素が結構あるのだが、深夜で普段閉まっているからかとても静かであった。ではなぜそんなに集中していた彼が手を止めたか。それは、にわかに場内が騒がしくなったからである。
「昼夜問わずかよクソッタレが‼︎」
昼間の件もあり、とっても嫌な予感がするエイジ。しかしここを飛び出すわけにはいかない。まずは落ち着いて作業の終わったものとそうでないものを分別し、片付け、照明を落とし、部屋から出て数種類の鍵をかける。
「さて、騒がしいのは……二階と……地下?」
地下といえば倉庫階である。そっちは本気で何も起こらないでいてくれ、と強く願いながら下へ向かうのだった。
地下の方が重大であるが、とりあえず近い二階で情報収集をしようと二階で一度止まる。昨日の二件はどちらも幹部がその場にいない状況で起こっていた。そして誰かは自分より先に対応にあたっていた。今回も誰かが動いているかもしれない。
ちなみに幹部が裏で手を引いていた、つまりマッチポンプである可能性も少し考えたが、すぐに棄却した。フォラスは研究室の設備を非常に大事にしているし、メディアも本が好きと聞く。メディアは怪しいが、嫌悪していると言うよりは興味ないと言った感じで、証言によると事件の30分前から城内散歩をしていたらしく、事件発生と聞くとなかなか慌てた様子で、魔導書の対応も焦ってか危なっかしいところもあったという。なにより、彼女にとってそれほど苦労してのメリットがないのである。
と、こちらに早足で向かってくる人影を見つける。輝かしい金髪、胡散臭い儀礼服。そんな奴、一人しかいない。
「おい、ノクト、何があった?」
「おお、エイジクンか。こんな時間に珍しいね、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフだ。この騒ぎはなんだ」
「うん、それがね……管理用及び労働用のアンデッドとゴーレム達がボクらの制御下を離れて暴走を始めたんだ。原因は不明。ボクはこれからそれらを止めに行くとこ」
「何かオレに手伝えることはあるか」
「う〜ん、だったらボクの代わりに止めてきてくれないか? そのうちにボクは原因を調査して制御下に置き直せるか試してみる」
「場所は」
「地下の倉庫と城の外回りが主だね。人手は二分したけどまだ混乱してる。レイヴンとエリゴスがまだ来てないんだ」
「では地下をやろう。んでそいつら倒したり破壊してもいいか?」
「してもいいけど、出来るだけ抑えて? 誰かや物に被害が出そうだったりやむを得ない限りは」
「了解。対応開始する」
質問を終えると踵を返し、エイジは颯爽と階段を降りて行った。
「ふふっ、頼もしくなったなぁ。……おっといけない、ボクもやるべきことをやらないとね?」
「…こいつぁ、かなりカオスだな」
廊下の至る所で戦闘が繰り広げられている。と言っても地下は広いので廊下も上階の広間くらいの広さあるのだが、敵と味方が混在し、周囲や敵の被害を抑えねばならず強力な攻撃ができない。上級、中級はまだしも下級魔族は手を焼いているようだ。
敵は一体一体の戦闘力は低そうだが数が多く、ゾンビも人型の弱いものから魔族素体らしき強力なものまで様々。ただし共通しているのは、下級のものであるということ。上級アンデッドは知能を備えており術者に操られなくとも活動できる。エリゴスがいい例だ。
ざっと見回し戦況を確認。そしてここには本来ノクトが来るはずだったことを思い出し、
「宰相エイジ、幹部ノクトに代わりただいま参った! ここからは私が指揮を執る‼︎」
声を張り上げ自身に注意を向けさせ、幹部の代わりを伝えて説得とする。
「正面開けろ! ここはオレがやる‼︎ お前たちは他での戦闘に加勢しろ! その時仕切り直させ、一対多にさせないのを忘れるな‼︎」
指示を出すと矢と魔術を数発撃って退却の援護をする。魔族たちが退いていくのとすれ違うようにゆっくりと歩を進め、敵地の中央に立つ。そして…
「一対多になるなと言った手前アレだが、まあこれで、心置きなく戦える!」
人差し指を前に向ける。指の腹からはレーザサイトの如く赤い光線が出ており、それで狙いを定め
「くらえ」
ビームが撃たれ、アンデッドの頭部を貫いた。しかし威力が余り、後ろの壁が少し焦げついた。
「少し威力高かったが……ま、こんなものか」
素早く狙いをつけ、二秒に一発のペースでやや遠めにいるアンデッド達を貫いていく。
「悪いなノクト、ここは要所だ、殲滅させてもらうぞ」
短剣を呼び出し指に挟んで聖属性の魔力を充填する。そしてそれを投擲、せずに一度しまって再召喚して飛ばす。短剣投げは、まだ練習中なのだ。短剣は狙いやすい腹部に放ったが、直撃すると同時にアンデッドの全身を光が包み、ジュッという焼けるような音がすると消滅、もしくはただの死体と化した。
「へえ、素体無くってもゾンビって作れるんだ」
聖属性の効力を確認したところでアロンダイトを召喚。しばらく持って魔力を流す。そして刀身が仄かに光を放しだしたところで動き、舞うように辺りのアンデッドを斬りつける。刀身に高密度に凝縮された聖属性は、掠っただけでアンデッドを灰に変えていく。そしてエイジ到着からものの四分で、
「よし、アンデッド掃除完了」
あれだけ魔族たちが苦戦していたものを片付けてしまった。
「さて次は、ゴーレムか」
ゴーレムは石、粘土、鉱物と様々な素材でできていた。粘土製はのっぺり、石製金属製は岩が組み合わさったような見た目である。パーツはわりかし人型に近い。顔には穴が空いていてそこから様々な色に光っている。それ以外の目立った特徴は無し。
「さてと、どう倒すか」
ゴーレムはアンデッドと違い明確な弱点は無い。切り落とすことは容易だが、エイジの得意技である投擲は刺突になるため効きが悪く、魔術も無機物であるため単純な破壊力でゴリ押すしかない。と考えたところで、
「あれ……敵が無機物?」
そんな状況は滅多にないためこれまで考えてこなかったが、ある能力が使えるのではないかと思いつく。
「……試してみますか」
目の前のゴーレムの裏に高速で回り込み、背面に張り付く。そして、
「物体変形能力発動!」
能力を使う。すると同時に触れているものの構造が頭に入ってくる。
これもまた効果の一つ。変形させるだけでなく、物の構造が分かり、その組成もなんとなく分かる。範囲は触れている物単体(一体のゴーレム、一本の剣)、もしくは触れているところから一定の範囲(壁や巨大な構造物など)。有機物(特にタンパク質)は組成が複雑で変形もしにくいため能力は効かないが。
「なるほど、心臓部にコアか」
構造を把握したことで狙うべき場所が分かった。ついでに別のことも試してみる。
「なるほど、魔力で動いてるだけあって普通より抵抗力があるか」
関節あたりを弄って、動けなくさせてみた。
「うん、これが機械だったらもっと通じただろうなあ。回路や歯車めちゃくちゃにしてやったり。まあいいか、とりあえずコアを破壊していこう」
分析を終えると飛び降り、先ほどと同じ要領でゴーレム達のコアを射抜いていく。色々と実験的なことをしていたせいで時間は掛かったが、実際の戦闘時間は五分もなかっただろう。
「さて、殲滅完了。他の援護に向かうか」
広い廊下での殲滅が終わったエイジは、再度周りを確認し本当に片付いたか確認すると走り出した。
隣のエリアでの戦闘を確認すると、右手にアロンダイトを持ってアンデッドを斬りつけ、左手人差し指から光線を撃ってゴーレムを沈黙させる。余裕があったら破壊でなく拘束にとどめておく。そして魔族達に指示を与える。
一帯終わると次のエリアへ。壁を蹴って魔族の頭上を飛び越えながら進む。苦戦しているところを確認すると割って入り瞬殺、危ない時は抱えて大きく後退、怪我している者がいたら回復魔術をかける。廊下、広間、そして保管室内を縦横無尽に駆け巡り、斬って撃って助けていく。
いくつかのエリアで活動すると再び元の場所に戻って敵が来ていないか確認し負傷した者や疲労した者の誘導を行う。
そしてそれを数度繰り返していると、
「悪いな、遅くなった」
「レイヴン…増援か。まったく、遅かったじゃないか」
レイヴンによって統率された戦闘員魔族達の増援が到着した。
その後は、レイヴンとエイジの指揮下の魔族達によってアンデッドとゴーレムの制圧と先行隊の救援がなされ、それに遅れること20分、それらは活動を停止した。
「止まった……ふう、終わったか」
「ああ、そのようだ。ご苦労だったな」
「はいはい、ホントご苦労ですよーだ……」
完全沈黙が確認されると、エイジはつい座り込んで悪態を吐き始めた。
「どうだい? 止まったかな?」
そこにノクトがひょっこり現れる。
「ああ、止まったようだ。んで、こうなった原因は分かったか?」
「指揮系統に改竄がされていたんだ。というより破壊といった方がいいかな。でそれをプログラムし直していたから時間かかっちゃって。でも、一つ言えることは明らかに人の手が加えられていたよ」
「………そうか。ところで外は?」
「エリゴスとエレンが向かったよ。城内ほどの混乱はないし、二人とも強くて統率力あるから問題ないよ」
「そうか……詳しい報告は今日の昼に聞こう。少し休ませてくれ」
「うん、おつかれさま〜」
「後処理は俺達でやっておく。おやすみ、エイジ」
二人のねぎらい、そして魔族達の感謝の声を背に彼は寝室へと戻っていった。




