8 宰相のお仕事 その二 ②/3
「あああ、疲れた……」
「…お疲れ様です」
爆発によって壊れた壁の修復作業をしているうちに正午を回っており、本来の休憩時間であった。
「紅茶が飲みたい、お茶が……」
ぼーっと虚空を見つめぼやいているエイジの姿に、職員たちは同情を禁じ得ない。
「この前の報告書に茶葉ってあったはずだ。おーい、秘書。お茶の淹れ方わかるかい?」
「……申し訳ございません。存じ上げないです」
「……仕方ない、今日は自分で淹れるか」
エイジは秘書二名を引き連れ、一階食堂にやって来た。が、なかったので地下の保管庫に向かった。そして茶葉とカップにポット、茶漉しを回収して厨房に向かう。食器も頼んでいたおかげで、道具一式を自作する必要がなく、エイジはホッと胸を撫で下ろした。陶器や金属ざるを作るのは、きっと骨が折れるだろうから。
セットを持って、厨房に行く。魔術で作り出した水をやかんに入れ、コンロの上に置く。コンロといっても魔法陣が設置されていて、IHのようになっている。そこで加熱している間にポットに茶葉を入れておく。沸騰したらポットに入れしばらく待つ。この辺は、正直感覚。
いい感じになったなと思ったら、茶漉しをセットし、カップに注ぐ。
「うん、なかなかいい匂いだ」
匂いを堪能したら、カップを口元に持っていき、フーフーと息を吹きかける。そして一口含んだ。瞬間、彼の体がビクッと跳ねる。
「どうなさいました⁉︎」
「……舌やけどした。紅茶あちゅい…」
「…プッ」
堪らずダッキは吹き出してしまう。
「仕方ないだろ⁉︎ 猫舌なんだから‼︎」
エイジもヤケクソになって反論する。
「だって…わたくしの妖火を浴びてもピンピンしている方が紅茶で火傷……あははは!」
「それとこれとは、話が違うだろ!」
「……ダッキ様? わたくしの妖火とは? 話を聞かせてもらえないでしょうか。彼に何をしたのか」
「ひぇ⁉︎ い、いえ、なんでもないのですのよ……おほ、おほほほ」
ボロを出して、シルヴァに凄まれるダッキ。それを見たエイジは……さてはコイツ、あのこと話してないな? 弱みゲット。いざとなったら話してシルヴァにシメてもらおう……なんてことをダッキへの保険に考えておくのでった。
舌を火傷しながらも、久しぶりに紅茶を楽しめてリラックスしたエイジ。気を入れ替え、仕事に再開しようとする。舌の火傷は軽微なものだからほっときゃ直るだろと回復魔術はかけなかった。
紅茶はトイレ近くなるので、彼は本来仕事の合間には飲まないのだが、魔族の特性で排泄の必要性が大幅に減っているからと飲んだのであった。
舌のヒリヒリに少しイラつきながらも職務をこなしていくエイジ。しかしその平和は、長く続かなかった。
「エイジ宰相‼︎」
扉が蹴り開けられ、慌ただしく魔族が飛び込んできた。
「どうした! 緊急か⁉︎」
「はぁ…はぁ…その、書庫から、火の手が!」
「………はぃぃ?」
しばし脳が理解を拒絶し固まっていた。しかしそれが意味するところをわかるや否や、
「ふざけてる!!! 今日は厄日だ!!」
そう絶叫すると、部屋を飛び出していくのであった。
「……マジかぁ」
予想以上に酷い有様であった。いくつかの棚の所々が燃えていて、部屋全体に煙が充満していた。
「あ、宰相様だ!」
先程まで燃えている書架を呆然と見ていた下級らしき魔族、淫魔だろう、が救われたかのような目でエイジを見る。
「状況を教えろ。具体的には何の棚が燃えている。どうしてこうなったかは後だ」
「えっと、ひどいのが魔導書の棚です! 次いで一般書籍の棚、そして報告書類です!」
「チッ…オイ、魔導書は水に強かったよな⁉︎」
「え…あっ、はい! 大丈夫なはずです」
「よし……いけ!『drainage』‼︎」
詠唱が終わると彼の周りに大小様々な大きさの同一の魔法陣が展開され、放水が始まる。大きいものは本棚のワンブロックを丸ごとのみこみ、小さいものは局所的な出火をピンポイントで鎮火していく。
「あの、宰相! 私たちにできることは何かありますか⁉︎」
「このフロアの窓を全て開け放つんだ! 急げよ!」
次にエイジは報告書類が納められた書架に近づき、燃えていない箇所に手を触れ、というより叩きつけて陣を貼る。
「はい次!『hermetic shield』!」
ビッシィィ! という音と共に、本棚に密着するように結界が張られる。そして同じ工程を数度。結界に覆われた棚は鎮火した。
「酸素がなければ、火は燃えない。狭い範囲なら密閉してしまえるが……次はそうはいかないな」
彼が見据えた先は、一般書籍の棚。一般書籍がやはり一番多く、水で濡れればダメになるし、結界を綺麗に張るのは繊細な作業のため時間がかかる。そして先程火傷した舌がヒリヒリしてイラつき集中が乱れる。
「チッ、あとが大変だが仕方ねぇ!『harsh freezing』‼︎」
彼が再び魔法陣を展開する。そしてそこから氷の礫が吹きつけ、くっつき、そして完全に書架を氷漬けにした。
「溶けてダメになる前に砕くしかないか……はあ、めんどくさそ。ま、オレはやらなくてもいいだろうが」
「エイジ様!」
「おっ、シルヴァか」
少々遅れる形でシルヴァが到着した。午前のように対応してくれていたのであろう。
「私は何をすればよいでしょうか」
「なら、本棚を氷漬けにしてくれ。できるか?」
「はい。得意分野です」
シルヴァは本棚に向き、手刀を作って構えると
「はっ!」
居合のように振り抜く。するとその軌道上に何かが飛んでいき、本棚にぶつかると同時に氷が形成され、エイジの魔術より分厚く、深く凍りつかせた。そしてエイジの表情も一瞬凍りついた。
おそらく放出されたのは過冷却水。魔力を過冷却水に変換して放ち、着弾と同時にその衝撃で一気に凍ったのだろう。
「この通りです。私もお力添えいたします」
「お、おう。後で削る必要があるからほどほどにしといてくれよ?」
「はい。心得ました」
そしてその二人の活躍により、火は10分とかからずに鎮火された。
「よし、消火完了だ」
「宰相! 全ての窓を開けました!」
「よろしい。では入り口付近から離れろ。『headwind』」
またしても大型の魔法陣が展開され、そこから強い風が吹く。常人ではなんとか立ってられるほどの強さだ。
「換気をするんだ。火事の一番の死因は火傷じゃない。煙に含まれる一酸化酸素による中毒だ。これはたとえ魔族であっても無事では済まなのわっ!」
突然後ろから攻撃を受け、転ぶエイジ。体勢を立て直した彼の視線の先には、
「は? …魔導書?」
ページがひとりでにめくられていく、フワフワと浮いている魔導書だった。
「やりやがったなオラァ!」
苛立ったエイジは虫にするように魔導書をはたき落とした。
「火事の原因は、コイツか」
戻ってきていた魔族たちに確認する。
「はい……一番奥の危険な魔導書が収められたエリアの封印に綻びが生じていたようで……他の皆さんは奥で対処にあたっていたんです」
「ここの管理者らはどうした」
「メディアさんは奥で封印を。モルガン様は別件のお仕事で留守でした」
「幹部がいてなお、か」
「ああ、誤解なさらないでください! メディア様はいち早く駆けつけてくださったのです。出火時にはおりませんでした」
モルガンは仕方ないとして、メディアがいち早く仕事をしているとは驚いた。何せ彼女は、普段ずっと最上階の展望台に引き篭もっているのだから。
「そうか。で、魔導書って勝手に動くものなのか?」
「一部の物は。著された神秘を守るために自衛されるよう設計されています」
シルヴァが横にさっと現れ解説する。先程まで彼女がいた場所には魔導書が五冊ほど落ちていた。
「なるほど。だが分かったことが一つある。それは……こんなものを作った奴は絶対性格悪い!」
よほど頭に来たようでエイジは怒鳴る。がしばらくして、深呼吸して落ち着き、
「シルヴァ、奥の様子を確認して、まだ片付いていないようなら加勢してやってくれ。オレはここで換気を継続する必要がある」
「はい、承知いたしました」
指示を受けたシルヴァは颯爽と奥へ向かった。頼もしすぎる。
エイジは先程の位置に戻って魔術を発動し直す。数十秒継続することで焦げ臭い匂いや煙たい感じが徐々に薄れていく。
「ふう。よし、換気はこのくらいで…うっ……」
少し気を抜いた瞬間、突然股間に何かが込み上げてくる感覚。それは先程調子に乗って紅茶を何杯もがぶ飲みしたことによるものだった。
「ヤバイな、早く終わらせねえと」
久しぶりの、なんとも抗い難い感覚に、もう少しだからとなんとか耐えていると、
「宰相! 危ない!」
夢魔が叫ぶのと、エイジが危機を察知したのはほぼ同時。そして咄嗟に自身の周りに障壁を張ると、そこに何発もの魔弾が当たった。
「クッソ、マジかよ……ツイてねえ!」
周りを見ると、また何冊もの本が集まって来ていた。
「換気はここまでだ。くたばれ!」
魔術を解除すると、一瞬で全ての魔導書をはたき落とす。そしてさっきも叩いた魔導書を拾い集め、簡単に封印処理を施す。
「す、すまないなキミ、私はちょっと用を足してくる。…伝言頼んだ」
一瞬の出来事に呆気にとられていた魔族にそう伝えると、急いで部屋を飛び出した。
エイジは焦っている。と言うのもあと二分くらいしか持ちそうにない。走っているから尚更。そして用を足せる場所まであと六階も降らなければならないのである。
「ああ…クソ、間が悪い!」
目の間に映ったのは、下の階まで通じる階段までにひしめく野次馬の数々。窓から下の階に飛び下りても良かったが、着地の衝撃で膀胱がやられるだろう。
「しっかたねえなあオイ!」
魔族の群れの直前まで迫ると唐突に飛び上がり、壁を蹴りながら頭上を通り抜ける。そして階段に到着すると、踊り場経由で、わずか二歩で一階を下る。そして次の階段目指して走る。この時ばかりは端まで行かねばならぬのが恨めしかった。
そして二分後、彼の姿は地下三階にあった。なんとか間に合った様である。
お手洗いを済ませたエイジは、先程の切羽詰まった様子が嘘のように軽やかに図書室に戻ってきた。エイジが部屋に入るとほぼ同時に、魔族たちが奥の部屋から出てくる。そこには報告通りメディアの姿があり、彼女とシルヴァを除いたほぼ全員が煤を被るか怪我を負うかしていた。
「処理は終わったか?」
「はい。全ての魔導書に一時的な封印措置を施し終えました。しかし負傷者が多いため、完全な封印は日を改めるとのことです」
「そうか。……さて情報管理所の皆様、突然の事故にも関わらず身を挺して対処に当たっていただきありがとうございました。魔族を代表し御礼申し上げます。本日は怪我をもされお疲れでしょうから、医療棟にて治療を受けたのちしっかり休んでください。明日の昼に事情聴取をさせていただきますのでそちらもお忘れなきよう。それでは、私はこれで」
「はぁ〜……ホントに今日は何なんだ。壁ぶち抜かれるわ舌やけどするわ本棚燃えて一部の書類ダメになっちゃうし……報告書類はこっちで編纂した原典残ってるしいずれ全部作り直すからいいとしても……はぁ、疲れた」
ため息を何度もして、愚痴と悪態を吐くエイジに、統括部の者たちは憐憫の眼差しを向けることしかできない。ちなみに結局舌の火傷は苛立って仕事の妨げになるからと魔術で治した。
「……エイジ様、定時はまだ先ですが、お疲れのようでしたら今日はもう上がってください」
「…………悪いな、そうさせてもらう。確かに文句ばかり言ってる奴がいたら空気悪くなってモチベ下がるものな」
実際皆は本気でエイジを気遣っていて、エイジもそれに気づいていたがつい捻くれたことを言ってしまう。そしてそれを聞き本気で悲しそうな顔をした者が数名いたことにも気づき、なんていい人たちだ、となって目頭が熱くなる。元いた企業の奴らにも見せてやりたい。
「……シルヴァもいろいろしてくれただろう、君も休め」
頭に軽く手を乗せ労う。
「ダッキ、日没までまだまだあるだろう。人を集めて図書室の砕氷作業に入ってくれ。ではお言葉に甘えて私は休むよ」
そして、シルヴァの頭に手を乗せたのは軽率にして不躾、セクハラ扱いされて嫌われないかと後悔しながら部屋を出ていくのだった。当人は満更でもなさそうだったのだが。




