8 宰相のお仕事 その二 ①/3
獣人たちとの和平交渉の二日後。
執務室の扉が開け放たれ、三人が入室する。エイジ、シルヴァ、ダッキである。メイドに代わり秘書二人が起こしにきたので、そのまま彼らは仕事場に向かったというわけだ。昨日ちょっとした修羅場があったが、その時の汚名を返上すべく、宰相は仕事を始めるのである。
「さてシルヴァ、ダッキの仕事ぶりはどうだった?」
少し彼らの間に流れる空気がぎくしゃくしている。まああんなことがあれば互いに変な意識をしてまうのも無理はないが。
「ダッキ様でしたら、筋がよく優秀で即戦力になるかと。悔しいですが秘書としてもやっていけるでしょう。しかし彼女が魔族語を解するとは意外でした」
「それはわたくしもですわ。わたくしは今まで魔族語に触れたことはないはずなのですけれど、なぜか元から知っていたかのようにすらすらと……不思議なこともあるものですわねぇ」
ちなみにダッキは今までと装束を変え、チャイナドレス風の衣装を身に纏っている。少し秘書感が増していた。
「ほう、そうなのか。確かにそいつは不思議だ。まあいい、他の職員が来る前に準備を整えとくか」
今は始業時刻前なので、まだ人の姿はまばら。その内にエイジはペンやインク、紙の補充や机の掃除だったりを始めていく。シルヴァもそれにならう。
「あら、トップであるあなたがそんなことをなさるのですね?」
「まあな。彼らにはオレのせいで苦労かけっぱなしだから少しくらいは」
「実際は恐縮させて逆効果なのですけどね」
「え、そうだったの⁉︎」
先程シルヴァの言った通り、統括部の者はエイジが備品整理や掃除をしたり、すでに机に座って事前準備を始めているのを見て畏れ多いとばかりにギョッとしていた。
「さて、今日も仕事を始めるぞ。他の部署曰く統計系の仕事はある程度終わりが見えつつあるらしい。これまでご苦労、そして次なる仕事に備えよ。それでは業務開始だ」
朝礼挨拶を済ませ、エイジは席につく。そしてその左右斜め前に秘書が侍る。
「さて、今日の仕事は?」
「書類の整理が主となりますが、いくつか宰相への相談や承認を求むものがあります」
「なるほど……ついに来たか承認系」
書類を読んで、その内容の是非を判断し印を捺す。よくあるやつだ。しかしこの時になって、いや正確には一昨日であるが、あることに気づいた。ので依頼を出す。
「オーダーだ、コイツを作るよう頼んできて欲しい」
彼が差し出した紙には、印鑑の作り方や素材と底面のデザインが描かれていた。加えて赤インクについてや、ベリアル用の印鑑について、その他諸々条件について記述されていた。実は魔王国に印鑑の文化はなかったのだ。そして秘書づてに書類を受け取った一人が部屋を出ていく。
「一応、納期は明後日。早ければ早いほどいい。とりあえずできるまではサインで乗り切る。早速だが、件のその書類を持ってきてくれ」
「はい、こちらになりますわ」
ダッキが持ってきた数枚の書類に目を通す。
「ふむ……軍備の増強か。よし承認」
下の枠に魔族語の綴りで『エイジ』とサインする。
「さて、次はこれを魔王様のところに持っていってくれ。魔王様は筆記具を持っていない可能性もあるからペンを持ってくのを忘れずに」
他にも何枚かの書類を吟味し、いくつかは突っ撥ねながら処理していく。
「……おや、もう終わりか」
十件弱程度しかなく、呆気なく終わってしまった。
「ここからが本番ですわ。こちら、以前の食材調達時の出費報告となります」
その書類には、以前この部署の者たちを帝国に向かわせ食材調達させた時の出費が書かれていた。と言っても金額ではない。自給自足、物々交換が主流のため魔王国に貨幣はなく、宝物庫の宝飾類を帝国領内で換金した。そのため換金に使用した宝飾とその額、そしてそのうちどれほどを使用したか、ということが記述されている。
この書類、彼にとっては極めて重要である。国家資金管理は彼の部署の役目であり、それにいずれ貨幣を作るのでその時の参考になると考えたからでもある。
「……よし、おおよそ把握した。これは提出した後複製してここにも保管するように。さて、では完成された書類に目を通していくとするか。情報室から取り寄せてくれ」
「承知しました。ところでエイジ様、魔王様が相談があるから時間を取って欲しい、とおっしゃっていました」
「ああ、了解した。明日の夕方に当てられるからそう伝えといてくれ」
「かしこまりました」
エイジの返答を伝えるべくシルヴァは退室する。そして数名それに続くよう退室していく。資料を取りに行ったのであろう。
「あの、気になったのですがなぜあのような仕事を?」
彼女らが退室すると、おずおずといった様子で周りを見ながらダッキが訊いてくる。
「ああ、それは……魔王国が次に控えるイベントとして、エルフら精霊妖精達との和平や同盟などといったものがあるが、その次に一世一代とでも言うべき計画がある。そのための備えとして、この国の全容を把握するために必要なのさ」
「その言い振りですと、今までこの国にはそういったまとまりといったものがなかったのですか? あなたという切れ者がいながら?」
「残念ながら、オレが宰相に就任したのはおおよそ三週間前だ」
「えっ⁉︎ 超最近じゃないですか!」
「そんなに意外か?」
「ええ…随分とこなれていた様子だったものですから。……確かにわたくしは全然あなたのことを知りませんわね……」
ひどく驚いた後、何かぶつぶつと言っていたダッキだが、扉が開きシルヴァが戻ってきたことで中断された。
「ただいま戻りました。明日16時半頃に円卓部屋に来るようにとのことです」
「ああ、わかった。ではそれまで通常業務をこなすとするか」
それからしばらくして、完成した資料に目を通していたエイジであったが……
「ど、どうなさいましたの?」
眉間に皺が寄っており、その顔は曇っていた。
「どうもこうも何も……地下に蓄えられている物資についての報告を見ていたんだが……わっかりにくい!」
「そうですか? まとまっていると思いますが」
「……ここ、石材ってあるだろ? それがどのくらいの大きさでどのくらいの量か、正確に分からん。個数で表されてもその大きさだとか材質だとかで全く変わってくる。実際に作業してる者は知ってるのかもしれないが、書類を見るだけではサイズのイメージが湧きにくい。他にも木材だとか武器だとかあるが、実際に規格が統一されてるかも分からない状況ではせっかくの資料に効果がなくなってしまう」
「では、どうすればよろしいですか?」
「…………単位を作れればいいんだが……そう簡単じゃねえんだよ……だから、相当困っている。この国独自の単位を早々に創り出してしまうか、それとも地球規格の単位にこだわるか、まだ悩んでいる」
「……なるほど、異世界人というのは確かですし、宰相になれるほど頭がいいというのも確かなようですわね。でもなぜそれほどまでにこだわるんですの?」
「さっき言ったろう? 次の次の備えのためにひつよ
と突然、城内にドッカーン!という爆音が鳴り響く。その場にいた者たちはほぼ全員驚きで身を震わせた。
「な、なにごとですの⁉︎」
「三階のようです!」
「よしいくぞ、二人はオレについてこい! 他の者は待機だ!」
三人が急行した先は三階、魔導院であったが……
「「「……………」」」
空いた口が塞がらないというか、壁が大きな口を開けていた。
「な、なにが……?」
「いやぁ、申し訳ない。私が席を外しているうちに、部下たちが軍用魔道具の実験をしていたら暴発してこんなことに」
フォラスが後頭部を掻きながらへらへらと謝る。
「いやそれ地下でやれや! 何のための場所だと!」
「いやはや、これからは気をつけます。で、どうしましょうかね、これ」
「………はぁ……シルヴァ、城中にこのことの報告をしつつ騒ぎを鎮めてくれ。パニックが大きいようならほかの人員を応援として動員。ダッキは兵站の者たちに連絡して城壁の材料を持って来させろ。修復作業を開始するよう頼め。俺は被害の全容を確認する。フォラスに始末書を書かさねばならんしな。はい、行動開始!」
秘書たちは優秀だった。騒ぎはものの僅かで鎮まり、修繕のための人員がすぐに派遣された。エイジの方も被害の確認が終わっていた。穴は人二人分ほどの大穴で、いくつかの実験設備や作品が巻き込まれたものの、小さめの被害におさまっていたことが不幸中の幸いか。
「……なるほどね」
作業員が到着し作業が始められた中、エイジは石材を手に取り眺めていた。その顔はやや不満げ。形は整っているが、レンガというには大きく、石材同士の材質、大きさもまばらであったためだ。つまり想像とは違っていて、資料の作り直しに対する必要性を強く再認識していたのだった。
そして壁穴を修復する作業が始められ、エイジもそれを眺めていたのだが、どうにも彼らの手際が悪い。具体的には、壁の修復には石材をあてがいそれをセメントで固めていくだけなのだが、作業員同士が顔を見合わせるばかりで遅々として進まず、ついに業を煮やしたエイジは、
「おい、何をしている。早くやらないか!」
「それが、我々は壁の修理なんて初めてだから分からなくて…」
なんてことだ、とばかりにエイジは額に手を当て項垂れる。
「この城を建てたときにいた者たちは?」
「大半は死亡したり、この国を去りました……」
「………仕方ない、ここは私がやるか」
内心は、オレだって知らねえよ、だったが、このままであると日が暮れると思い、周りでオロオロしている作業員や研究員など気にも止めず作業を始める。
まず中途半端に砕けた煉瓦を取り除く。次に石材を適当に当てがい、必要数や大きさ等を把握。それから変形能力や剣での切断等を駆使し石材を加工。セメントを塗り、石材を重ね、途中でまた変形能力を使う等微調整を行いカッチリとはめていく。そして、数十分かかったものの、彼一人で修復がほとんど完了してしまった。




