210.二人一緒に(完)
瑠璃宮の自室にて、アナスタシアは日記とノートを本棚から取り出す。
動きにくいドレスを蹴り飛ばすように歩きながら、テーブルの上にそれらを置いて眺めてみる。
過去に戻ってきてから、ずっと使ってきた日記だ。
ノートには最初に立てた目標が書いてある。
アナスタシアは懐かしく思いながら、ノートをめくってみる。
そこに書かれた目標は、状況の変化によって色々と軌道修正することになった。
勇者よりも先に魔王を倒すつもりではあったが、その魔王とはエリシオンではなく、ジェイミーになったという予想外の出来事もある。
だが、『誰かの言いなりにならず、自分の好きなようにする!』というものだけは、ずっと変わらず掲げられてきた。
日記を読み返してみるが、その目標は守れたとアナスタシアは思う。
戻ってきてから最初の頃はまだ肩肘を張っているような感じだったが、だんだんと開き直るかのようになっていくのがわかる。
ブラントと出会って間もない頃は、好意を勘違いしないようにしようと気を付けていたのが記されていて、今となっては少し笑ってしまう。
告白されたときに、魔物化して命を失ったフォスター研究員のことを結びつけて、衝撃を受けたこともあったと、懐かしい。
まさか、一生を共に歩む伴侶となることなど、出会った頃は思いもしなかった。
「色々なことがあったわ……」
魔王エリシオンとの出会い、マルガリテス奪還、神龍の目覚めを阻止すること、そして建国祭での出来事など、色々なことがあった。
過去にアナスタシアを苦しめた勇者シンとジェイミーとも、もう二度と会うことはない。
アナスタシアは無事に魔術学院を卒業し、卒業したいという願いを叶えることもできた。
レジーナとホイルはセレスティア聖王国の宮廷魔術師となった。
在学中は二人の仲にあまり進展がなかったようで、一人前となったこれからなら進展があるだろうかと、アナスタシアも期待している。
そしてつい先日、アナスタシアには弟ができた。
一年前に無事結婚したメレディスとパメラだったが、間もなくパメラが懐妊し、元気な男の子が生まれたのだ。
アナスタシアの王位継承権は第二位となったが、天人を婚約者に持つアナスタシアを次期女王にと望む声もあった。
だが、アナスタシアとブラントは王家の守護者として、一歩引いたところから守りたいのだなど適当なことを並べ立て、女王になる意思はないことを強く表明した。
それでも異を唱えるのならば、決闘も辞さぬと宣言すると、声はぴたりと止んだ。
「そして、今日からは……」
これまでのことを振り返って区切りをつけると、アナスタシアは日記を閉じる。
この日記帳を使うのは、昨日で最後だ。
今日からは、新しい日記帳となる。
「アナスタシア」
扉がノックされ、ブラントが部屋に入ってくる。
ブラントは金糸で刺繍が施された白い礼服に身を包んでいて、アナスタシアはつい見とれてしまう。
普段から長身で整った顔立ちのブラントだが、改まった服装をするとそれらがより引き立つようだ。
「いつもアナスタシアは綺麗だけれど、今日は一段と綺麗だよ」
微笑みながら、ブラントはアナスタシアを見つめる。
アナスタシアはすでに化粧を終え、レースがふんだんに使われた白いドレスを纏っていた。
銀色の髪は結い上げられてティアラが彩り、喉元では瞳の色と合わせた青い宝石の首飾りが輝いている。手首を飾るのは、ブラントから初めてもらったプレゼントの、守りの力を秘めた銀色の腕輪だ。
そして、かつて絶壁だった胸は豊満とはいえないものの、人並み程度の盛り上がりを得ることに成功していた。
「準備はできた?」
「ええ……いよいよね」
今日は、アナスタシアとブラントの結婚式の日なのだ。
セレスティア聖王国では、結婚式は新郎新婦が一緒に入場する。
新婦であるアナスタシアを、新郎のブラントが迎えに来たのだ。
アナスタシアは、かつて命を失った十七歳になっていた。
だが、もうそのような閉ざされた未来は存在しない。
今日から、アナスタシアはブラントの妻となり、大公妃となる。
これからも、アナスタシアの道はブラントと共に続くのだ。
ブラントがいなければ、今のアナスタシアはなかった。
いや、ブラントだけではない。親友のレジーナを始めとして、色々な人たちに支えられているのだ。
そしてアナスタシアからもみんなを支えられるよう、これからも頑張っていこうと決意する。
きっと、母も見守ってくれているはずだ。
「ずっとこの日が来るのを待っていたよ。これからも、ずっと俺と一緒に歩いて行ってほしい。式よりも先に、きみに愛を誓うよ」
「私も、愛を誓うわ。これからもずっと一緒に、二人で歩いて行きましょう」
口づけを交わすと、ブラントはアナスタシアに腕を差し出す。
その腕を取り、アナスタシアは微笑む。
これから先、どのような道が待ち構えているかはわからない。
だが、二人ならば進んでいけるはずだ。道を遮るものがあれば、力でねじ伏せていけばよい。
まだ見ぬ未来に向けて、二人は一緒に歩き出した。
これにて完結です。
初投稿ということで全てが手探りで、至らないところも多々あったと思います。
感想、ブックマーク、評価に励まされて、おかげさまで完結することができました。
そのうち番外編も書いてみたいと思います。
お読み下さって、ありがとうございました。






