209.卒業
建国祭における武術大会での出来事は、セレスティア聖王国にとって歴史的事件となった。
第二王女が魔族と化し、勇者が現れたと思ったら自害してしまい、あまつさえ聖剣が消失してしまったのだ。
しかも天人が二人も現れ、何が何だかわからない状態となってしまった。
結局、ジェイミーは魔族に乗っ取られてしまったということになった。
魔族がセレスティア聖王国を支配下に置くため、哀れな王女は魔族に殺されて体を奪われたということになったのだ。
それを涙を飲んで、妹の体を魔族から解放したのがアナスタシアということになる。
真実は闇に葬り、ジェイミーは薄幸の王女として葬儀が執り行われた。
勇者シンについても、おそらく魔族の傀儡となっていたのだろうという見方をされている。
最後に自害したのは、正気に戻って恥じたためかもしれないと囁かれた。
こうして、波風を立てないように二人の設定が出来上がったが、アナスタシアもブラントも何も口出しすることは無かった。
もう終わったことなのだから、あえて掘り返すこともないだろう。
ただ、聖剣の消失だけはどうしようもなかった。
シンと共に消えていった聖剣は、そのままこの世から消え去ってしまったのだ。
エリシオンが感知できないというのだから、間違いないだろう。
聖剣自体には、今やさほど存在意義はない。
作られた当時は魔物に対抗するために有用だったが、その後ダンジョンコアの改良に成功して、魔物が弱体化したために、必要性が薄れたのだ。
しかし、セレスティア聖王国にとっては、始祖である勇者の象徴として、聖剣は国宝となっている。
それが消失したとなれば重大事件で、覆い隠すための目くらましが必要だった。
そこで利用されたのが、アナスタシアとブラントだ。
二人は魔族の企みを打ち破った英雄として祭り上げられた。
しかも、ブラントは銀色の翼を晒してしまい、天人だと多くの人の目に触れてしまっている。
王女と天人が婚約者であり、これからのセレスティア聖王国に繁栄をもたらしてくれるという期待で、聖剣消失を打ち消したのだ。
「ブランシア大公だって……」
天人であるブラントを完全に取り込むため、今の伯爵位では不足だと、新しい大公家が作られることとなった。
ブランシア大公という地位を与えられ、ブラントは苦笑するしかなかった。
天人であることを明らかにするつもりはなかったのだが、もはや隠し通せなくなってしまい、受け入れざるを得なかったのだ。
最初は隠そうとしてくれていたメレディスも、騒ぎを収めるためには仕方が無いと、アナスタシアとブラントに頼み込んできた。
さらに、大公領としてマルガリテスからも近い広大な荒れ地を与えられた。
不毛の地だが、アナスタシアとブラントならどうにかできるだろうという丸投げだ。
他の貴族の恨みを買わないためでもあるが、それにしてもひどいとアナスタシアとブラントは頭を抱える。
「こうなったら、とにかく凄いダンジョンを作って、それで人を呼び込もうか。俺もおじいさまからダンジョンコアをもらったし」
「私のとふたつ合わせたら、凄いのができそうね」
「ああ……そうだ、ダンジョンでハンターを呼んで、町に闘技場を作ってもいいかもしれない」
考えてみると、意外と楽しいかもしれない。
殴り合いで物事が決まる地になりそうだが、穏やかな保養地であるマルガリテスより、そちらのほうがアナスタシアとブラントにあっているだろう。
一般的な天人のイメージからはかけ離れてしまうだろうが、仕方が無い。
魔王としての守りの力が弱まったと言っていたエリシオンは、元に戻ったらしい。
やはり魔王としてこの世界に現れたジェイミーによって、魔王に与えられる力が分散されていたようだ。
「どうやらまだ寿命ではなかったようだが、儂もそろそろ隠居して、ひ孫の面倒を見ながらのんびり暮らしたいものだ……」
二十年くらい引きこもって眠っていたのはほぼ隠居ではないのかとか、ひ孫はまだ生まれていないなど、エリシオンは突っ込みどころの多い台詞を吐く。
次元の狭間でのことも、エリシオンに聞いてみた。
エリシオンも管轄外の場所らしいが、シンとジェイミーはもうこの世界には現れないだろうというのは、アナスタシアと共通の意見だった。
ただ、シンがどこから現れたのかは、不明のままだ。
別の世界から現れたのかもしれないし、もしかしたら色々な次元から記録をかき集めてできた人格かもしれない。
ただ、聖剣がこの世界から消えた以上、もう二度と会うことはないのだし、考えてもどうしようもないだろう。
王家の霊廟の幻を見たとき、会ったのはおそらくアナスタシアの母であるファティマだろうとのことだ。
見たときの年齢からすると、アナスタシアが生まれたあたりだろう。
もしかしたら自分の命が残り少ないことを察し、娘の行く末を案じていたのかもしれない。
ほんの一瞬だったが、アナスタシアに気付いていたはずだ。
もう少し時間があれば、今の自分が幸せだと伝えたかった。
それでも少しは安心させることができただろうかと、アナスタシアは胸に小さな痛みを覚える。
武術大会の観客席にいたレジーナとホイルは、こっそり建国祭に遊びに来たそうだった。
アナスタシアは王女として忙しいだろうからと、内緒にしていたという。
そこで色々と衝撃的なことが起こり、本当に驚いたそうだ。
特にブラントが天人だということは衝撃だったと、二人は語る。
「俺も最近になって知ったばかりで、翼が生えてきたのも学院を卒業してからなんだよね……」
「びっくりしましたけれど……なるほどとも思いましたわ」
「むしろ、やたら多い魔力とかとんでもない強さの理由がわかって安心した」
ブラントが言い訳のように言うと、驚いたけれど納得もしたと二人は頷く。
今さらこれくらいのことで態度を変えることはないくらい、感覚が麻痺しているらしい。
また、二人はエリシオンのことも知っているので、馬車に轢かれてもかすり傷ひとつない頑丈さは天人だったためかと得心がいったようだ。
「天人って、意外と間が抜け……いや、何でもない」
ホイルが言いかけた言葉に、アナスタシアとブラントは苦笑するしかなかった。
魔術学院にもブラントが天人だと知られてしまい、研究対象にされそうになってしまった。
だが、ブラントはそういう目的で近寄ってくる奴は実力で排除すると脅し、普通に研究員を続けている。
シャノン魔術王国としてもブラントを取り込みたかったようだが、セレスティア聖王国の紐付きであるため、諦めたらしい。
結局、学院長から月に一度でいいので講義をしてほしいと頼まれ、それくらいならとブラントは承諾した。
それで、ひとまず落ち着いたようだ。
ブラントはもともと周囲から憧れられつつ、遠巻きにされていたので、周囲からの扱いは以前とさほど変わらないらしい。
前期休暇が終わり、アナスタシアも学院生活に戻った。
これまでの懸念事項が全て終焉を迎え、穏やかな日々が訪れる。
あっという間に時は流れ、アナスタシアは最高学年となり、首席を一度も譲ることなく、卒業となった。






