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白の魔王の物語  作者: まる
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番外編 真珠との出会い(雷翔)

番外編を書いてみました。な、長くなった上に微妙な文章ですみません…(汗)

分かりにくかったら教えてください(-_-;)


雷翔と真珠の出会い。

弱さを見せる事が許されない島で、弱音を出しても受け入れてくれる真珠は、雷翔にとって心休まる存在でした。

「何してんだ、あいつら」


 雷翔は、呆れたように呟いた。

 紅い釣り上がり気味の目に映っているのは、川辺で転ばされている少女とそれを取り囲む三人の少年の姿だ。

 少年たちに取り囲まれ怯えた表情を浮かべる少女。少し離れた所からでも目を引く紫銀の髪には見覚えがあった。


 たしかあいつ、ばばあの所にいる……。


 薬師であり預言者でもある視千(しせん)と共に暮らしている子だ。とにかく弱くてみっともないと専らの噂で、どんな場でも一度は人々の話題に上がる。雷翔は関わった事が無かったが、丸まって動けずにいる様子からしてその噂は本当のようだった。

 囲んでいる三人にも見覚えがある。なにせそのうちの一人は自分の弟なのだから。

 雷翔は、短い髪をガリガリと掻き毟った。


 ――どうすっかな、アレ。


 注意すべきか、否か。

 集団で戦う事は悪い事ではない。ただ、それは相手が強く、一人では対処できなかった場合においての事だ。現在の状況下においてそれは当てはまらないだろう。

 しかし、集団行動の練習、もしくは交流であるならば咎める必要はない。


 ――まあ、ばばあが引き取ってる相手だって知ってるだろうし、殺しはしないだろ。


 弱い者を相手に数人が寄ってたかって責め立てる事は見ていて気持ちの良いものではなかったが、わざわざそれを止めに行く必要もない。雷翔はそう結論付けた。


 ――確か、あいつ俺の2コ下だったか? いくら相手が三人でも、五歳にもなって三歳に負けるとか……。


 多少の抵抗は見せてもよさそうなものなのに、それさえしない少女に雷翔は少し呆れながら立ち去ろうとした。

 その時だ。


「何をしている」


 冷たい声がして、上空から誰かが降り立った。


 ――白亜はくあ


 魔王の息子で、魔力に知能に武芸全てを兼ね備えた天才と呼ばれている人物。意外な人物の介入に、雷翔は思わず足を止めた。

 ばさり、と羽を鳴らし降りてきた白亜に、三人が慌てて居住まいを正しているのが見える。何か一言二言声をかけられると、三人はすぐさまその場を立ち去っていった。

 残された少女は、地面に座りこんだまま驚いたように白亜を見上げている。そんな少女をつまらなそうな顔で一瞥すると、白亜も羽を広げて飛び去っていった。

 弱い者を集団で攻撃する事は、白亜の主義に反する事だったようだ。


 ――少し意外だったな。


 雷翔はそう思いながらその場を後にした。冷静沈着な白亜が少し厳しい声を発した事もだが、弱い者いじめを否定するようなタイプではないと思っていた。どちらかと言えば、弱い者でも確実に仕留めることを優先する方だと思っていたのだが。


 ――想像は当てにならないってことか。


 雷翔は白亜と直接関わったことがなかった。周囲の評価や戦い方などからイメージしていただけで、実際は卑怯な事を嫌う性格なのかもしれない。

 自分の中の白亜のイメージが変わった事を感じつつ、雷翔はその場を離れた。




 それから半年後。雷翔は一人で海辺の岩場に座っていた。

 海はどこまでも暗く、どこからが空なのかも分からない。ただただ波の音だけが聞こえる闇に塗りつぶされた景色をぼんやりと見ていると、背後でわずかに気配を感じた。


「あの……だいじょうぶ?」


 おずおずとかけられた声は、初めて聞く声だった。

 今この状況で話しかけられる事に煩わしく思いながら振り向くと、紫銀の髪の少女が立っているのが見えた。

 少女から声をかけられた事に驚きつつも、それ以上の嫌悪感が雷翔の胸の中を支配した。


「何がだ?」


 口から出た言葉は、自分が思った以上に冷たく拒絶を含んだ声だった。


「その……かなしそう、だったから」

「……は?」


 少女の言葉に、雷翔は頭の中が白くなるほどの怒りを覚えた。

 悲しそう? 誰が?

 ――ふざけるな。


「だれに向かって言ってる?」

「え?」

「おれが族の魔手(ましゅ)族の長、嵐翔(らんか)の一子だと知って言っているのか?」


 言い終わるや否や、雷翔は一瞬で間合いを詰め、少女の首に手をかけていた。

 細い首だ。左の巨大な手にたやすく収まる白い首。少し指を曲げれば大して力を入れなくてもぽきりと折れてしまうだろう。


「お前が、おれを見くびるのか? ――たかが、親の死ごときでゆさぶられる弱い心の持ち主だとでも?」


 噛みしめた歯から、ギリ、と音がした。

 雷翔の脳裏に浮かぶのは、棺の中で眠る母親の顔だ。


 元々病気がちな女性だった。

 強さが全てであるこの島では、それは弱さの証拠としか見なされない。長の妻として、雷翔の母親は気丈なまでに自分の病を隠していた。島の人間には勿論、家族にすらそのことをひた隠しにしていた。恐らく、そんな母親の体のことを知っていたのは、雷翔と父・嵐翔だけだっただろう。深夜に苦しげに咳き込む母親の姿を見つけた雷翔に、嵐翔は戻れと一言だけ告げた。それだけで、雷翔は全てを察した。

 母が病気である事。父がそれを知りつつ黙っている事。そして、雷翔がその事実を知る事を母が望んでいない事を。

 母は強かった。そんな母を持つ雷翔も強くなければならない。力だけでなく、心も。

 こんな、親が死んだくらいで揺らいでは。悲しんではいけないのだ。


「ちがう……」


 知らず知らずのうちに手の力が強まっていたらしい。左手の下から苦しげな掠れた声がして、雷翔は我に返った。

 見上げている紫色の瞳と、雷翔の赤い目が合う。


「べつ、だよ」

「は?」

「かなしいのと、よわいことは、ちがうよ」


少女はコホ、と軽く咳き込み、自分の首を絞めている雷翔の手を掴んだ。


「かなしいのも、くるしいのも、よわいせいじゃない」

「何言ってんだよ、お前」


 弱い奴の言う戯言だ。そんなの間に受ける奴がどこに居る?

 雷翔は馬鹿にしたように口元を歪めて笑った。


「お前が言っても説得力ないだろ。自分より小さい子どもにさえ勝てないやつが」

「ちがう。こころのほう」


 雷翔の言葉を遮るように、少女は必死な声で訴えてきた。

 真っ直ぐな紫の目に、動揺してしまう。左手の拘束が少し緩んだ。


「おばばさまがいってた。わたしはつよくなることはできない。でも、こころはつよくなれるって。だから、ずっとなかないようにしてたの。くるしくてもつらくても、そんなことかんじちゃいけないっておもってた。でもね、だめだった。いくらがまんしても、いじめられたらかなしいし、たたかれたらつらいし、くるしいの。がまんすればがまんするほど、ここがいたくなるの」


 少女の伸ばした掌が雷翔の胸に触れる。

 その手に触れられた瞬間に胸のつかえが緩んだ気がして、雷翔は慌てて少女の首から手を離して彼女から距離をとった。

 自分の胸の中を覗かれたような気がしたのだ。

 少女は少し息を整えると、また雷翔を真っ直ぐに見つめてきた。


「がまんしてがまんして、もうだめで。たくさんないたの。そうしたら、むねがからっぽになった。もうくるしくなかった。いじめられてもがまんできた」

「……それは、お前が弱いからだろ。おれはお前みたいに弱くない」

「……うん。そうかもしれない。でも……がまんしてたときのわたしとにてたから」

「は?」

「あっ、ご、ごめんなさい!」


 似ていたと言われ、思わず低い声を出してしまうと、少女は焦って頭を抱え込んでしゃがみこんだ。

 その様子に、雷翔の怒りが急激にしぼんでいった。

 少女のその様子は、殴られる事に慣れた姿だった。そんな相手に本気になってどうするんだ。

 この少女がいろんな人に苛立ちをぶつけられる姿を見てきた。弱者を甚振るその姿は酷く醜く見えて、そんな事をしている人達を軽蔑していた。自分が軽蔑していた奴らと同じようにはなりたくはない。

 雷翔は、一つため息をついて残っていた苛立ちを吐き出した。


「言葉に気をつけろ。他のやつにそんなこと言ったら、なぐられるだけじゃすまないぞ。それに、おれはお前とは違う。がまんなんてしてない」

「ごめんなさい。だけど……」


 少女は雷翔の顔をちらっと見上げてから、意を決したように続けた。


「ないたほうが、すっきりするよ?」

「人の話聞いてたか?」


 雷翔はがしっと少女の頭を右手で掴んだ。武器の手ではないのでそれほど力はないが、それでもこの口の減らない少女が痛みを感じるくらいの力で握る事は出来る。


「い、いたた、いたたたた」

「言っただろ。おれは親の死くらいでゆさぶられないって」

「だれだって、だいじなひとがいなくなったらかなしいよ!」


 大きな声ではっきりと言われ、雷翔は動きを止めた。

 反論された事に驚いたのか、思いがけない大きな声に驚いたのか、それともその言葉に驚いたのか、雷翔本人も分からなかった。


「だいじなひとでしょ? おかあさん」

「そりゃあ、親だし。すげぇ厳しかったけど」

「おばばさまもそうだよ」

「口うるさいし、すぐ弟のおもりとかおしつけるし」

「うん」

「病気だっていうのに、やせがまんして笑ってて」

「つよいね」

「強くねぇよ。けっきょくこうして死んじゃってんじゃねぇか。ふざけんなよ」

「そうだね」

「駿翔なんて、まだ赤ん坊なんだぜ? 男ばっか残されてどうしろってんだよ」

「こまっちゃうね」

「困るどころじゃねぇだろ! 何食わせりゃいいんだよ。掃除とか、洗濯とか、家の仕事だって男ばっかで出来るわけねぇだろ」


 知らず知らずのうちに、雷翔は母親への不満を口にしていた。

 そうするほどに、脳裏に母の顔や思い出が浮かんできた。

 少女はただただ頷いて話を聞いているだけなのに、雷翔の口から言葉が溢れて止まらなくなる。けれど、それも次第に落ち着いてきて、今日初めて話した、しかもこんな奴に何を話しているんだと冷静になる。

 黙り込んだ雷翔に、少女は首を傾げた。


「……ないてもいいよ?」

「だから、泣かねぇって」

「ないしょにするよ? あ、いやならうしろむくし!」

「そういう問題じゃねぇよ」


 少しズレた事を言う少女の頭を、右の手の甲でコツンと軽く叩く。

 あた、と言っておでこをさする少女に、雷翔は不思議な気持ちになった。


 彼女と話してから、随分と気持ちが楽になっていた。多分、言いたかった事をぶちまけたせいだろう。

 誰にも言えなかった事を、なんでこんな奴に愚痴ってんだか。

 赤くなったおでこをさする少女を見ながら自分に呆れていたが、ふと彼女の手に目がいった。

 おでこをさする手。その手首に、赤い手形がうっすらと浮かんでいた。腕にはいくつもの痣と傷。まだ血が滲んでいる傷もあり、それが最近つけられたものだとすぐに分かった。

 それに気が付くと、頬の切り傷、こめかみの青い痣、膝丈のスカートの下から覗く足に巻かれた包帯にも目がいった。


「なあ、お前。なんでおれに話しかけてきたんだ?」

「え?」

「いつもあんな目に遭わされてんのに、怖くなかったのか?」

「こわかったけど……その、かなしそうだったから」


 こちらを窺いながら答えるのは、そう言って首を絞められた故の防衛本能だろう。雷翔はその答えに驚きを隠せなかった。


 彼女にとって、雷翔も「自分を傷つけるかもしれない相手」だ。彼女には自分を守るすべもない。それなのに、危険を避けるのではなく雷翔を気遣う方を選んだ。


「……確かに、弱くないかもな」

「え?」


 呟いた声は聞こえていなかったみたいだ。

 雷翔は息を吐くと、不思議そうにこっちを見ている少女を真っ直ぐに見た。目が合った事に驚いたのか、睨まれていると感じたのか、一瞬ビクッと体を強張らせる。


「名前は?」

「え?」

「名前だよ。おれは雷翔って名乗っただろ? お前は?」

「あ……し、しんじゅ」

「真珠」


 確認するように彼女の名前を口にする。

 雷翔の中で、「少女」が「真珠」という個人になった。


「よし。今日からお前はおれの子分だ」

「こぶん……?」

「ああ。だから、守ってやる」

「へ?」

「子分を守るのが上に立つ者の役目だって、親父も言ってたしな」


 左手を上げた瞬間、真珠はびくっと体を強張らせたが、雷翔は気にせずにぐしゃぐしゃとその頭をなでた。大きな手で強く撫でられ、「うわ、わ」と言いながら頭を揺らす真珠に雷翔は大きな声で笑った。




 それから、12年後。

 まさか、魔王候補に真珠が選ばれるとは想像もしていなかったが、島の者が怒りの声を上げる中で、雷翔だけはそのことを少し愉快に感じていた。


 あれから時が過ぎたが、彼女は何も変わらなかった。

 島の者に蔑まれながらも必死に生きている事も、自分以外の相手を気遣う事が出来る事も、怖がりながらも自分の正しいと思った事を貫ける姿勢も。


 魔王候補に選ばれた真珠を追いやるように魔王城に連れて行くと、視千は雷翔を呼び寄せた。


「皆はこの宣託に憤っているだろう。どんな手を使ってもあの子を魔王候補から引き摺り下ろす気でいる。お前だけは、あの子を一人の存在として扱ってくれた。お前に何の益もない事は充分に分かっている……だが、真珠を守ってやってくれないか? あの子には自分を守る術がない」


 初めて見せる悲痛な表情を浮かべる視千に、雷翔は明るく笑った。


「ああ。昔の約束もあるからな」


 守ってやる、と言った事は本気だった。一度交わした約束を違えるつもりはない。

 そして何よりも“魔族らしさ”がない彼女が、どんな魔王になって、魔族をどのように導くのか。

 恐らく魔族始まって以来の規格外な魔王の誕生。それに命を賭けてみるのも悪くはないと思う。


 ――まあ、出来る事なら結末を見てみたいけどな。


 弱くて泣き虫で、雷翔の心を救ってくれた少女。

 彼女の作る国ならば、少なくとも雷翔には好ましい国になると思った。

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