はじめての面接
五月二十二日、土曜日。
駅前の商店街を少し歩いたところに、アイスクリーム店『SCOOP NEST』はあった。
ガラス扉の向こうには色とりどりのアイスが並び、店先では親子連れが看板を眺めていた。
「ここで間違いないよな」
「うん。結菜が送ってくれた写真と同じだし」
蓮司は鞄を持ち直し、シャツの襟を確かめた。
「蓮司、それさっきも直してたよ」
「……人は見た目が九割って聞いたからな」
「案外そうでもないかもよ? 蓮司の周り、見た目良くてもヤバい人ばっかじゃん」
「……否定できないな」
蓮司は苦笑した。
鞄の中には、何度も見直した履歴書が入っている。
月曜日には拓海と七海に礼を伝え、その日の放課後には沙耶と証明写真を撮りに行った。夜には結菜に相談しながら履歴書を書き上げた。
拓海から念を押された蓮奈とのデートも気がかりだが、今は目の前の面接に集中したい。
(……よし、頑張ろう)
「じゃ、私はこの辺ブラブラしてるね。終わったら連絡して」
「ああ。付き合ってくれてありがとう」
「いいって。ほら、頑張ってきて!」
沙耶に見送られ、蓮司は扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」
カウンターの奥から声がかかった。
ショーケースの向こうにいた結菜が、蓮司に気づいた。
「あっ、御影君! いらっしゃい」
「こんにちは、結菜。今日はよろしく」
「うん。来てくれてありがとう!」
隣にいた女性が、蓮司を見て目を丸くした。
「もしかして、このイケメン君が今日面接に来るっていう?」
「はい。御影蓮司君です」
「ほえー! ……あ、私は沖田菫。世田谷中央大学の二年生で、ここでバイトしてるの。よろしくね!」
「よろしくお願いします」
沖田は自己紹介すると、結菜へいたずらっぽい視線を向けた。
「結菜ちゃん、なんだかすっごく嬉しそうじゃない?」
「菫さん、そういうのいいですから!」
「あはは、ごめんごめん! じゃあ、店長呼んでくるね」
沖田が奥へ声をかけると、男性が一人現れた。
「はーい、お待たせ! あなたが御影君ね?」
「……あ、はい。本日は面接のお時間をいただき、ありがとうございます」
「あら、礼儀正しいのねえ。アタシ、店長の近藤薫。よろしくね」
明るい口調に驚きながら握手を交わした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よし。じゃあ、まずは履歴書を見せてもらえる?」
「はい。こちらです」
蓮司が鞄から封筒を取り出して渡すと、近藤は丁寧に受け取った。
「ありがとう。奥へ案内するわね」
「御影君、頑張ってね」
結菜の言葉に頷き、蓮司は近藤のあとに続いた。
案内された休憩室には、テーブルと椅子、荷物棚があった。
「瑞希ちゃん、御影君の面接始めるわよ」
「はい、店長」
テーブルで書類を確認していた女性が顔を上げ、立ち上がった。
「はじめまして。土方瑞希です。社員として店の運営を担当しています。今日は私も同席しますね」
「御影蓮司です。よろしくお願いします」
「そんなに固くならなくて大丈夫よ。まず座って」
近藤に促され、蓮司は椅子へ座った。
近藤は受け取った封筒から履歴書を取り出し、テーブルに広げた。
「じゃ、まずはどうしてうちで働きたいと思ったのか、聞いてもいい?」
「はい。自分で働いて、お金を稼ぐ経験をしたいからです。今までは周りの人に助けられてきたので、少しずつ自立したいと思っています」
「なるほどねえ」
「それに、接客の仕事にも興味がありました。結菜さんからこちらのお店の話を聞いて、応募してみようと思ったんです」
「結菜ちゃんに、ねえ」
近藤が声を弾ませた。
「ところで御影君。結菜ちゃんとは付き合ってるの?」
「えっ?」
「店長、面接中ですよ」
土方が口を挟む。
「あら、ごめんなさい。つい気になっちゃって」
「……友達です。同じ学校の」
「そっかぁ。結菜ちゃん、あなたが来るの楽しみにしてたから、てっきり」
「店長」
「分かった、分かったわよ!」
近藤は履歴書に目を戻した。
「ふーん、部活は剣道部なのね。練習は忙しい?」
「はい。放課後に練習があります。ただ、部活の予定を見ながら、週三日ほど働ければと思っています」
土方がメモを取る。
「部活のある日は短時間の方がよさそうですね。具体的な曜日や時間は、採用となった場合に改めて相談しましょう」
「ありがとうございます」
土方はペンを止め、蓮司に目を向けた。
「接客は初めてですよね。お客さまに質問されて、答えが分からなかったらどうしますか?」
「自分の判断では答えず、先輩に確認してからお伝えします」
「いいですね。最初はそれが大事です」
土方が頷くと、今度は近藤が口を開いた。
「うちは小さいお店だから、覚えることは多いわ。それに、お客さまが口にするものを扱う以上、衛生管理は絶対に疎かにできないの。大丈夫?」
「はい。きちんと教わって、守ります」
「うん、いい返事ね。……それにしても、御影君が店頭に立ったら目立つでしょうねえ。お客さん、増えちゃうかも」
「店長。容姿で採用を決めないでくださいね」
「決めてないわよ! 今のはただの感想! ……でも、本当にイケメンよね。モデルのスカウトとか無かったの?」
「ああ、はい。何度も声をかけられたことはありますけど、興味がなかったので断りました」
「ええっ!? もったいない!」
「……店長、また脱線する気ですか?」
「しないわよ。……したいけど」
「どっちですか?」
「はいはい。しないわよ」
近藤は履歴書にもう一度目を通すと、顔を上げた。
「……うん。決めたわ」
蓮司は背筋を伸ばした。
「御影君、採用よ。うちで働いてちょうだい」
「……えっ。今、決まるんですか?」
「もちろん。結菜ちゃんから話は聞いてたけど、直接会ってみて安心したわ。真面目に仕事を覚えてくれそうだもの」
「そうですね。学校との両立についても、今のところ問題はなさそうですから」
蓮司は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
「ふふっ、こちらこそよろしくね。あ、そうだわ。瑞希ちゃん、せっかくだし制服のサイズも合わせちゃいましょうか」
「そうですね。今なら確認できますし」
土方は蓮司に向き直った。
「御影君、このあと少しお時間ありますか?」
「はい。大丈夫です」
「では、試着してみましょう。着た方がサイズを確かめやすいので」
「分かりました」
土方は収納棚から制服のシャツとエプロンを取り出した。
「更衣スペースは奥です。こちらで着替えてみてください」
「ありがとうございます」
更衣スペースで着替えを済ませると、蓮司は鏡に映る自分の姿を眺めた。
学校の制服とも剣道着とも違う格好に、少し照れくさくなる。エプロンの位置を整え、休憩室へ戻った。
「どうでしょうか」
「いいわねえ! 似合うじゃない」
「御影君、両腕を上げてもらえますか?」
「はい」
蓮司が腕を上げると、土方は肩まわりや袖の長さを確認した。
「窮屈なところはありませんか?」
「はい。問題ありません」
「では、今度は軽く膝を曲げて、しゃがんでみてください」
言われたとおりに膝を曲げ、ゆっくりとしゃがむ。こちらも特に問題はなさそうだ。
「大丈夫そうですね。じゃあ、このサイズで用意しておきます」
土方は手元のメモに書き込み、続けて尋ねた。
「それと、仕事中に履く靴も用意するので、普段履いている靴のサイズを教えてもらえますか?」
「はい」
蓮司がサイズを伝えると、土方はそれも書き留めた。
「ありがとうございます。これでサイズの確認は終わりです。着替えていただいて大丈夫ですよ」
「分かりました」
蓮司は礼を言って更衣スペースへ引き返した。
元の服に着替えると、近藤は店頭へ戻っていた。土方から今後の手続きについて説明を受け、案内の用紙を渡された。
そこへ、休憩に入った結菜がやってきた。
「あ、御影君! 採用おめでとう!」
「ありがとう。……もう知ってるんだな」
「うん! さっき店長から聞いたの。これで一緒に働けるね!」
「ああ。でも、俺は何も分からないから、いろいろ教えてくれよ」
「ふふっ。私もまだ新人だよ。一緒に覚えていこうね」
「そうだな。結菜、誘ってくれてありがとう」
「ううん。私も、御影君が来てくれて嬉しい」
結菜はにっこりと笑った。
そんな二人のやり取りがひと段落したところで、土方が口を開いた。
「それでは御影君、本日はここまでになります。研修の日程については、改めてご連絡しますね」
「はい。分かりました」
「何か分からないことがあれば、遠慮なく聞いてください」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
蓮司が頭を下げると、土方も丁寧に会釈を返した。
「じゃあ、結菜。また学校で」
「うん! 気をつけて帰ってね!」
結菜に見送られ、蓮司は休憩室をあとにした。
店頭へ戻ると、近藤が蓮司に気づいて声をかけてきた。
「あら、蓮司ちゃん。もう帰るのね」
「はい。今日はありがとうございました」
「ふふっ。こちらこそ、来てくれてありがとう。研修の日を楽しみにしてるわね!」
「はい。それでは、失礼します」
「ええ。またね!」
最後にもう一度頭を下げ、蓮司は店を出た。
◇
蓮司は沙耶に面接が終わったことを連絡した。
近くの雑貨店を見ていたらしく、ほどなく沙耶が姿を現した。
「お疲れ、蓮司! どうだった?」
「……採用されたよ」
「えっ、マジ!? おめでとう!」
二人は並んで商店街を歩き始めた。
「ありがとう。……でも、なんか疲れたな」
「ふふっ。ずっと緊張してたもんね。……で、どんな人たちだった?」
「店長はすごく明るい人だった。面接で結菜と付き合ってるのかって聞かれてさ」
「……は?」
沙耶の足が止まる。
「いや、もちろん違うって答えたよ。土方さんっていう女性の店員さんも、店長を注意してくれてたし」
「……何それ。ちょっと変わったお店だね」
「でも、いい人たちだったよ。仕事の話は真剣だったし」
「そっか。とりあえず安心した」
二人は再び歩き出した。
鞄には、土方から受け取った手続きの案内が入っている。結菜に誘われて応募したアルバイトも、いよいよ始まるのだ。
「……次は研修か」
「うん。頑張ってね、蓮司」
「ああ。まずはアイスの名前を覚えないとな」
「ふふっ。まだ始まってもないのに、気が早いって」
沙耶に笑われ、蓮司もようやく笑い返した。




