↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

一つの約束と、一つのお願い

 結菜(ゆいな)の返事を聞いて、蓮司(れんじ)は小さく息を吸った。


「……まずは謝らせてほしい。嫌な思いをさせて、ごめん」


 結菜は少し黙ってから、口を開いた。


「……なんで、あんなことしたの? 私もよく抜けてるって言われるけど、御影(みかげ)君と祝園(ほうぞの)さんがしたことはさすがに……」


「……うん。今思えば、ちょっとおかしかったよな」


「ちょっと、かな……」


 結菜は困ったように眉を下げた。


「だって、二人で同じマットの中に入ってたんでしょ? そんなにくっつかなくても、ほかに隠れる方法はあったんじゃない?」


「……あったと思う。でも、あのときは見つからないことしか頭になくてさ。夏梨(かりん)がマットの間に隠れようって言ったときも、いい考えだと思ったんだ」


「……二人で入ることは、気にならなかったの?」


「……いや、近いとは思ったし、正直ちょっと落ち着かなかった。でも、どうしても見つかりたくなくてさ」


 蓮司は少し間を置いて続けた。


「あとで拓海にも言われたよ。俺がどういうつもりだったかと、周りがどう感じるかは別だって」


「……中野(なかの)君が?」


「ああ。正直、そこまでは考えてなかった」


 結菜は何か言いかけたが、結局、小さく息を吐いただけだった。


「……御影君って、そういうところあるよね」


「……よく言われる」


「ふふ。そうなんだ」


 少しだけ結菜の表情が緩んだ。


「でもね、私も何であんなに気になったのか、よく分からないんだ。御影君が何か悪いことをしようとしたわけじゃないって、分かってるんだけど……」


 結菜は視線を落とした。


「なんか、嫌だった」


「……俺、そこまで気が回らなかった」


「だから昨日も、今日の朝も、どう話したらいいか分からなくて。避けちゃってごめんね」


「いや。俺の方こそ、ごめん」


 結菜は小さく首を振った。


 それから、少しためらうように口を開く。


「……ねえ、御影君。もう一つ聞いてもいい?」


「ああ。何?」


「この前転入してきた四人とは、どういう関係なの?」


 蓮司は一瞬、言葉に詰まった。


「黄桃(おうとう)さん、御影君と結婚するって言ってたでしょ? 祝園さんとも仲がよさそうだし、宮坂(みやさか)先輩や水無瀬(みなせ)さんも御影君のことを知ってるみたいだし……」


「……ああ」


「同じ村の出身なのは知ってるけど、みんな御影君とどういう関係なのかなって」


(……やっぱり、そこは気になるよな)


 秋穂は全校生徒の前で蓮司に抱きつき、その日の昼には将来の夫婦だと公言している。


 普通に考えれば、事情を聞きたくなるのも当然だろう。


「まず、黄桃とは付き合ってないし、結婚の約束もしてない。あいつが勝手に言ってるだけなんだ」


「……本当?」


「ああ。そこは間違いない」


「……そうなんだ」


 結菜は頷いた。


「それと、前に幼馴染だって説明しただろ? あれも正確じゃなかった。どう説明したらいいか分からなくて、適当なことを言ってしまったんだ」


「うん。黄桃さんが違うって言ってたから、気になってた」


「……ごめん」


「祝園さんは?」


「夏梨とは前から親しかったんだ。でも、俺にとっては友達だよ」


「……友達なんだ」


「ああ。オリエンテーションのときも、特別な意味があって一緒に隠れたわけじゃない」


 結菜は小さく頷いた。


「じゃあ、宮坂先輩と水無瀬さんは?」


「……それは」


 蓮司は口を閉じた。


 胡春(こはる)も美冬(みふゆ)も、自分とは無関係の相手ではない。


 しかし、四人が東京まで来た本当の理由を説明するには、月代村の事情を話さなければならない。


 村での暮らし。男に課せられた役目。父とともに村を逃げたこと。そして、政府との取り決め。


 どれも、簡単に他人へ話していい内容ではなかった。


「……ごめん。詳しいことは、今は話せないんだ」


「……どうして?」


「いろいろ事情があってさ。俺だけの問題じゃないから、勝手に話していいのかも分からなくて」


 結菜は少し驚いたように目を見開いた。


「そんなに大変なことなの?」


「……まあ、そうだな」


 蓮司は曖昧に頷いた。


 結菜に隠し事をしたいわけじゃない。けれど、月代(つきしろ)村のことを自分の判断だけで話すわけにはいかなかった。


「でも、いつか必ず話すよ。俺のことも、あいつらのことも」


「……本当?」


「ああ。いつになるかは分からないけど」


 結菜はしばらく蓮司を見つめていた。


 そして、小さく息を吐く。


「……そっか。分かった」


「……いいのか?」


「うん。気にならないって言ったら嘘になるけど、御影君にも話せない事情があるんだよね?」


「ああ」


「だったら、話せるようになるまで待つよ」


「……ありがとう。ちゃんと答えられなくて、ごめん」


「もう、謝りすぎだよ」


 結菜は小さく笑うと、少しいたずらっぽい表情を浮かべた。


「じゃあ、待つ代わりに、一つだけ約束してほしいことと、お願いが一つあるんだけど……聞いてくれる? それでおあいこにしよ?」


「……何だ?」


「ふふ。そんなに難しいことじゃないよ。まずは約束の方なんだけど……」


 結菜は少しだけ言いにくそうに視線を逸らした。


「これからは、佐藤じゃなくて結菜って呼んでほしいな」


「……結菜?」


 思わず繰り返すと、結菜の頬がうっすら赤くなった。


「うん。それ」


「急にどうしたんだ?」


「沙耶(さや)ちゃんも七海(ななみ)も名前で呼ばれてるのに、私だけ名字のままでしょ。ちょっと寂しかったんだ」


「……ごめん」


「ふふ。別に怒ってないよ」


 結菜が笑う。


「実は、前から言おうか迷ってたんだ」


「そうだったのか。分かった。これからはそうするよ」


「約束だよ?」


「ああ」


 蓮司が頷くと、結菜は満足そうに微笑んだ。


「それじゃあ、次はお願い」


「何だ?」


「御影君、私と一緒にアルバイトしない?」


「……アルバイト?」


 予想もしなかった言葉に、蓮司は聞き返した。


「うん。私、最近アイスクリームのお店でバイトを始めたんだ。ちょうど新しい人を募集してるから、どうかなって」


「アイスクリームか……」


「そう。接客したり、注文されたアイスを盛りつけたりするの。まだ覚えることはいっぱいあるけど、結構楽しいよ」


「そういえば、結菜ってアイス好きだったよな」


「うん。大好き!」


 結菜が嬉しそうに頷いた。


「前にカラオケに行ったときも、ソフトクリーム食べてたもんな」


「覚えてたんだ」


「ああ。俺ももらったし」


 あのときは、結菜にスプーンで食べさせてもらったのだった。


 思い出したのか、結菜が少しだけ頬を染める。


「……そうだったね」


「でも、俺、接客なんてしたことないぞ」


「私だって初めてだよ。最初はちゃんと教えてもらえるから大丈夫」


「そういうものなのか?」


「うん。それに、御影君ならすぐ覚えそうだし」


「……どうだろうな」


「ふふ。少なくとも、真面目にはやってくれそう」


 結菜はそこで少し言葉を切った。


「それに……御影君と一緒に働けたら、楽しそうだなって」


 最後の言葉だけ、少し声が小さかった。


 蓮司は顎に手を当てる。


(……アルバイトか)


 考えてみれば、東京へ来てから一度も働くことを考えたことがなかった。


 今住んでいるマンションも、毎日の生活費も、すべて政府が用意してくれている。


 もちろん、その費用には税金が使われているはずだ。


(……いつまでも頼りきりっていうのもな)


 バイト代だけで生活できるわけじゃない。でも、自分で少しでも稼げるのは悪くない。


 何より、自分で働いてお金を稼ぐというのが、今の蓮司には魅力的に思えた。


 ただし、気になることもある。


(……問題は、村の人たちか)


 学校以外にも決まった行き先ができれば、村の人々に行動を把握される可能性がある。


 けれど、店で働くなら、周りには店員も客もいる。そんな場所なら、さすがに簡単には手を出せないはずだ。


 それに、村側はわざわざ四人を学園へ転入させてきたのだ。


 最初から力ずくで連れ戻すつもりなら、そんな回りくどいことをする必要はない。


(……やってみたいな)


 蓮司は顔を上げた。


「……ちょっと興味ある」


「本当?」


「ああ。でも、すぐには返事できない。親と相談して、問題がなければ応募してみたい」


「うん! それでいいよ!」


 結菜の表情がぱっと明るくなった。


「まだ面接に受かるかも分からないけどな」


「面接のことなら、私も少しは相談に乗れるよ」


「頼もしいな」


「ふふ。一応、私の方が先輩になるんだからね」


「そういえば、そうなるのか」


「そうだよ。ちゃんと仕事を教えられるように頑張らなきゃ」


「……俺が働き始める頃には、結菜も慣れてるといいな」


「もう! そこは任せてって言わせてよ」


 結菜が笑いながら言い返す。


「ははっ、ごめん」


 蓮司も思わず笑った。


 ようやく、いつもの調子で話せるようになった。


 ほんの少し前まで、結菜に避けられていることが辛かったのに、今はそんなことが嘘のようだった。


「……今日はありがとう、結菜」


「……うん。あ、そろそろ部活の時間かな」


 蓮司はポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確かめた。


「そうだな。じゃあ、拓海たちのところに戻るか」


「うん!」


 二人が戻ると、少し離れたところで待っていた七海と拓海がこちらを見た。


 結菜が笑っているのを見て、七海もほっとしたように表情を緩める。


 拓海は蓮司に向かって、得意げに親指を立てていた。


(……本当に助かったな)


 今度、改めて礼を言おう。


 そう思ったところで、蓮司はふと沙耶のことを思い出した。


 結菜とは、また普通に話せるようになった。


 けれど、沙耶とはまだまともに会話ができていない。


(……沙耶とも、早く元どおりになりたいな)


「じゃあ、俺たちは部活に行くから」


「うん。また明日、いっぱい話そうね」


「ああ。もちろん」


 蓮司は結菜たちに手を振り、拓海と一緒に剣道場へ向かった。


 ◇


「……よかったね、結菜」


 隣を歩く七海に声をかけられ、結菜は小さく頷いた。


「うん。ちゃんと話せた」


「もう大丈夫そう?」


「……うん。多分」


 結菜はそっと胸元に手を当てた。


 祝園(ほうぞの)夏梨(かりん)と蓮司が二人で同じマットに入っていたと聞いたとき、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。だからあのような態度をとってしまった。


 けれど、さっき初めて『結菜』と呼ばれたときは、胸の奥がふわりと温かくなった。


 たったそれだけのことで、嬉しくて仕方がなかった。


(もしかして……私、御影君のことが……)


 そこまで考えて、結菜は自分の頬が熱くなるのを感じた。


「結菜? どうしたの?」


「な、何でもない!」


「……顔、赤くない?」


「き、気のせいだよ!」


 慌てて否定すると、七海は何かを察したのか、にんまりと笑った。


 結菜はもう一度、蓮司が歩いていった方へ目を向けた。


 胸の奥に浮かんだ答えを、まだ声にはできなかった。

もしよければ、ブクマや評価、感想などをいただけますと幸いです。


これからも本作をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。