7-1-1/2 44 激突
喜歩はバスに揺られ、輪奈と父が待つ柳織合成生物学研究所へ向かっていた。
これまでと変わらない道程だが、いつもより道のりが長く感じてしまう。
落ち着かない気持ちのまま、サコッシュに入れた封筒を取り出した。糊などで封はしていない。そこには昨晩したためた父宛の手紙が収められている。
父と会う前に、今一度読み返してみる。
我ながら拙い文章だとは思う。それでも精一杯、巡る思いをペンに乗せていた。
父に意識が無い以上、自己満足に過ぎないことは分かっている。
しかし喜歩はここ数週間、家族との疎外感から満たされない思いが続いていた。まずは喜歩自らが、置かれた状況に納得を得る必要があるのだ。
実際、この手紙の執筆を通して父と母、そして祖母との関係について喜歩の中で認識が改まった。
今ならありがとうと素直に伝えられる。それは喜歩にとって大きな成長と言って良いはずだ。
たとえ父に見えていなくても、今の喜歩の姿をお披露目したいものである。
便箋を封筒に収める。それをサコッシュへは戻さず、ぎゅっと手で握りしめた。書ききれなかった思いを指先に乗せて。
バスは住宅街を抜け、郊外へと入る。
前回訪れたのは1月ほど前のことだったが、当時は薄い色だった木々の新芽が、今では青々と葉を茂らせていた。
やがて柳織研の正門が近づいて来る。
そしてもう1つ、決着をつけるべき存在のあったことを思い出すことになる。
『魂無き怪物を生むB3Pを許すな!!!』
門の前には今日も10名ばかりの人が立ち並び、横断幕を掲げている。これは一月前と変わらない光景だ。
喜歩が始めてそれを見た時、不気味で怖い集団だと感じた。しかし今ではそれ以上に怒りの方が勝っていた。
なぜあの集団はB3Pが怪物を生むと主張するのか。
喜歩はこの数日を通して考えて来た。
RNT02に対する認識から、納得しかけたこともある。だがそれを許してしまっては、喜歩の存在意義を揺るがし兼ねない。
アンチ集団の言葉が全て理不尽なものであれば、耳を貸さないでいることも出来ただろう。
しかし、喜歩は法により社会的にも存在を許されないことになっているのだ。
ならば喜歩の意思を以て、彼らの理念を打破するまでである。
そのためにはまず、彼らについて知らなくてはならないと思った。
アンチB3Pの運営するホームページを閲覧し、その記事とそこに寄せられたコメントに目を通した。時には目を覆いたくなるような言葉もあったが、それこそ彼らの浅慮な部分だと感じた。
五味の蔵書もアンチ的思想を考察するのに役立った。
フィクションでしか無いが、一般とは異なる存在を化け物と捉え、迫害する描写は多くの作品で見られる。
迫害する者、迫害される者。それぞれの細かな心理描写は、喜歩に不快感と共感をもたらした。
喜歩のような人間に前例は無い。しかし、作者達は自分がその立場だったらどうするか、都度真剣に考えて来たに違いない。
現実に喜歩は生まれた。
となれば第2第3の喜歩が生まれる可能性もあるはずだ。
その手法はB3Pによるものとは限らない。科学技術の発展の度に、新たな倫理的、個人感情的な議論を巻き起こすことになる。
まずは喜歩が、置かれた立場とその認識をここで宣言することは大きな意義を持つはずだ。
バスは病棟の正面玄関に停車する。
まだそこに輪奈は来ていなかった。即ち喜歩を止めるものも無い。
バスから降りて正門に向かって引き返す。
大人達に立ち向かうことが怖くない訳では無い。
ましてや相手は攻撃的かつ排他的な思想を持つ集団である。
手足が震えるのを感じた。しかし歩は緩めない。大げさに肩を揺らしながら前へと進む。
「B3Pによって作られた体は人にあらず! 我々の尊厳を奪うな!」
集団へと近づく度、それらの声は明瞭になって行く。
「副作用を隠すな! 全ては金儲けのためだ!」
集団の顔ぶれを遠目に吟味する。
男女比は半々、年齢層は四、五十代が主だろうか。
喜歩のような、未来を担う十代が見られないのが救いかもしれない。
「臓器移植者にはマイクロチップを埋め込まれている! 人類の選別を止めよ!」
これらの主張は既にホームページで読んだ内容と概ね同じである。
何を根拠にこのような主張をするのか。
確かに、移植技術を応用すればマイクロチップぐらい埋め込むことは出来るだろう。
だがそれをして誰が何のためになると言うのだ。それこそ漫画の読みすぎなのでは無いか。だったら五味を紹介するから、仲良くしてもっと穏やかに生きて欲しい。
喜歩にはそんな感想しか浮かばなかった。




