6-3-2/2 42 アルバイトの乙女座
「それにしてもスピカちゃん。若いのになんか達観してるわね……」
この場で交わした言葉も多くないはずなのに、いつの間にか舞は諭された気分になっていた。
「え〜。そんなことないですよ〜。私も今お父さんと絶賛喧嘩中なんです〜」
「あらそうなの」
乙女座の纏う弛緩した空気に反して、少なからず悩みを抱えているようだ。
「一体何があったの?」
今度は舞が聞いてやる番である。
「ピアスですよピアス〜」
乙女座は左耳を下に引っ張りながら嘆く。
「耳の穴空けたら怒られたんです〜」
「ああ……」
舞は違うが、ピアスに嫌悪感を抱く者が一定数存在することは知っている。どこかの民族の耳飾りで、顔の大きさほどまで耳の穴を拡張させているのを見たときはぎょっとしてしまったが、乙女座の物など可愛いものだろう。
「乙女座なんて名付ける親ですよ〜。それぐらいいいと思いません?」
「それはどうかしらね……」
乙女座と書いてスピカ。
いわゆるキラキラネームに該当するのだろう。
乙女座もスピカも言葉としては知っていたが、舞の中で両者は紐づいていなかった。
個人的な興味から調べてみたところ、スピカは乙女座を成す最も明るい星であることを知った。ネーミングセンスはともかく、乙女座の親に一定の教養があるのだとは感じた。そして教養故の厳格さを持ち合わせているのかも知れないと思った。
「スピカちゃんはその名前気に入ってはいるのよね?」
そしてスピカと言えば青白く輝く星である。乙女座の耳に輝くピアスはその姿を模している。
「そうなんですよ〜。名前のせいで生活に不便感じることもありますけど〜。このピアス以外はつけるつもりもないんです〜」
正に彼女にとっての自己表現であり、命名に対する親へのアンサーともとれる。
「それを親御さんに伝えて上げたらいいのではないかしら?」
「え〜。私から言うんですか〜?」
舞には相互理解が大事だと諭しておきながら、わが身となれば気乗りしないものらしい。
「じゃあ、どうしてお父さんが怒ったのか考えてみない?」
「それは〜。……可愛い娘が傷物にされちゃったからでしょう?」
「ちょっと言い方!」
舞は口に含もうとしていたライスをむせつつたしなめる。
「……まあ娘の傷を見たくなかった、ということではあると思うけど」
「ねえ舞さん。この穴が塞がれば、お父さん許してくれるかな?」
乙女座がいつになくしおらしい態度を見せる。
「さあどうでしょうね。塞ぐったって、多少なりと痕は残るでしょう?」
「それがそうでもないらしいんですよ。美容皮膚科ならきれいに戻してくれるらしいんです」
「そうなの? それは知らなかったわ。……スピカちゃん、もしかして調べたの?」
乙女座はこくりと頷く。
「私のはまだちっちゃいから少し縫えば戻るかもなんですけど、大きくてもB3Pって言う技術を使えば治せるって聞きました」
「B3P!」
咄嗟に大きな声が出た。
「どうしました?」
乙女座はスプーンを咥え、呆気に取られた様子で舞を見つめる。
「……いえ、なんでもないわ。それにしてもその治療方法、保険も適用されなさそうね」
「そうなんです〜。お金かかるんですよ〜」
「あれ? もう穴塞いじゃうつもりなの?」
かなり調べがついている印象だ。となれば乙女座は、既に和解に向けて動き始めていることになる。
「まだそのつもりはないですよ」
乙女座は頬を膨らませる。
「でも……。このまま気まずい状態が続くようだったら……」
「……偉いわね」
認識を改めた方が良さそうだ。
相互理解の方法を乙女座なりに模索しているのだ。
乙女座の場合、相手に理解してもらうより、相手を理解する方に思考の向かうことが不憫ではある。
「あのね、スピカちゃん。もしかしたらお父さん、穴の空いていることよりも、スピカちゃんが穴を空けたってことに戸惑ってるのかもしれないわ」
「どういうことですか?」
乙女座はスプーンを置き小首を傾げる。
「穴を塞いでも、穴を空けた過去は消えないわよね? お父さんとしては娘が自傷行為に走ったと感じたのかもしれない」
「そんな訳ないですよ〜」
乙女座は大げさに首を左右に振る。
「そうよね? もしこのまま穴を塞いだから許して下さいなんて言ってら、穴を空けた理由も、怒った理由も、議論する機会を失うんじゃないかしら」
「う〜ん……」
「それって本当の意味で相互理解って呼べる?」
舞は畳みかけるような口調になっていた。
「……事実から目をそらしてるだけかも。私はこのままピアスをつけておきたいし、お父さんに気持ちを分かってもらいたいです」
「私はスピカちゃんのお父さんじゃないから、ここで話したことも正しいかは分からない。だからこそお父さんと話すべきだと思う。ピアスをつけたまま、その意味を添えて」
先ほどまで、自身も喜歩と話すことに尻込みしていたと言うのに、よく他者を指南できるものだと心の内では感じていた。
「でももし話し合った結果、穴を塞げば許してくれるって言うのなら治療するのも手段ね。……もちろん、治療代は請求しちゃいなさい」
仲直りの機会に、舞も喜歩に何かを注文つけようと思った。それも相互理解の手段なのではないだろうか。




