6-2-2/2 40 漁師の能登
「能登さんは漁師さんなんですか?」
一方の天貴は遠慮など知らぬとばかりに切り出した。
「はい。出所してから途方に暮れていたところ、こちらに拾って頂いた形になります。これは逃げかも知れませんが、海の上では車に乗ることもありませんし……」
「能登さんは今不自由無く暮らしているんですか?」
「ええ、私にはもったいないぐらいに……」
そこまで言い終えると、能登は卓袱台から身を引き喜歩へと向き直った。
そして手を付き深々と頭を下げた。
「喜歩さん、この度はお父様の命を奪ってしまったこと、誠に申し訳ありませんでした!!」
喜歩は面食らうしか無かった。
「ちょっと! 止めてください! そんなことしてもらうために来たんじゃないです! 能登さんのことを責めるつもりはないですし、そもそも亡くなったのは僕の父親でもありません」
「お父様ではない……? 確かに事故の日から逆算しても若すぎる気が……。となると伯父様とか……?」
「それが近いかも知れません……」
喜歩は頭を巡らせる。
自身の出自についてあまり他言すべきでないことは分かっている。しかしこの能登が喜歩に害することをするようにも思えない。また輪奈へ謝る意義を問うのが目的だ。喜歩の背景知らずして、話も進められないだろう。
「能登さん、僕の祖母の仕事について知っていますか?」
「ええ一応。3Dプリンタで人の体を作るのだとか……」
「はい、祖母はその技術を使って輪太の体をまるまる再現しました。意識も持たない状態で。RNT02と呼ばれているのですが、それが僕の父親です」
「え……」
能登の表情がぴたりと固まる。
「現実的には信じ難いことだと思います。でも事実なのです」
喜歩は能登の顔を真っ直ぐに見据える。
「……いえ。信じましょう。私はあの日から全てを受け入れると決意しましたから」
それを答えるまでに寸刻要したが、能登はしっかりと喜歩を見返した。
「事実として、その事故が僕の生まれるきっかけになったことはお伝えしておきます。この件について、能登さんにお礼まで言うつもりはありませんが……」
「……ありがとうございます」
何故礼を言われたのか、喜歩には分からなかったが、能登の肩から力が抜けていくのを感じ取った。
「ほら喜歩、ここに来た目的!」
天貴が喜歩の脇腹を小突き、沈黙を裂く。
「能登さん。僕が出自について知らされたのはつい先日のことでした。僕は戸惑いのあまり祖母を罵りました。得体の知れない存在から生み出されたこと、それをずっと黙って来られたこと。なんだか無性に腹が立ちました」
「輪奈さんを怒らないで上げて下さい。悪いのは私なのですから……」
能登が再びうなだれる。
舞が喜歩を叱った時も輪奈は同じ様なことを言っていたなと思う。つまりは輪奈が心から罪悪感を感じていたということなのだろう。
「頭を上げてください能登さん。祖母への手紙で謝罪されていましたよね? 謝罪をしておきながら許されなくても良いと書かれていたのが気になったのです。じゃあなんで謝ったのか、それを知りたくて……」
「ああ、そういうことでしたか……」
能登はゆっくりと頭を上げる。
「結論を申し上げますと、罪の所在を明確にするためです」
「罪の、所在……?」
「ええ、裁判所でのある日の公判のことでした。輪奈さんが証言台に立つことがありました。私は被告人席にて強く非難される覚悟をしておりました。ところが輪奈さん、なんとおっしゃったと思います?」
「少なくとも……、能登さんを非難する言葉ではなかったということですよね?」
能登はこくりと頷き、話を続ける。
「私がもっと息子に注意しておけば……、そんな自責の念にかられていらっしゃったのです。私は輪奈さんに対していたたまれない気持ちでいっぱいになりました。謝って済むことではないでしょう。でもせめて、自らを責める気持ちだけは解消してもらいたかった……」
喜歩もつい最近自責の念に駆られる輪奈の言葉を聞いた覚えがある。輪奈を中心とした時間軸においては、能登の手紙を受け取った後の出来事となるはずだ。
「祖母は今でも自分のことを責めていました」
余計なことだとは思いつつも、能登には真実を告げた方が良いと判断した。
「やはり……、そうでしたか……」
能登はしんみりと呟いた。
「教えて下さりありがとうございます。私はこれからも向き合って行く所存です」
その言葉には諦めと新たな決意のニュアンスが入り混じっていた。
「ねえ喜歩さん。私はお役に立てたでしょうか」
能登は縋るような目を向けてくる。
「は、はい。十分です。ありがとうございました」
輪奈への謝罪は罪の所在を明らかにするためであること。
喜歩にとって間違いなく大きな収穫だった。
輪奈はRNT02を生み出してしまったことに罪悪感を覚えている。喜歩の罵倒がそれをさらに増幅させたのだ。
もし喜歩に謝ることが出来れば、少なからず輪奈の抱く罪の意識の払拭に繋がるはずだ。
「出所後私は何度も死にたいと思いました。しかしそれでは遺族の方々のためにはならないと自らを戒めてきました。今日喜歩さんのお役に立てたことで、生きる意味を見いだすことが出来ました。本日はお越し下さいまして誠にありがとうございました」
能登は手を付き頭を下げる。
その挙動自体は、出会ってすぐになされた謝罪のものと大きな違いは無いが、今回は喜歩の気分を害するものでは無かった。
喜歩も輪奈に対して、必要なのは謝罪ではなく感謝なのではないだろうかと思った。
ごめんなさいを言った後には、今まで一緒に居てくれてありがとうと伝えよう。喜歩はそう決意した。




