5-3-2/4 32 五味学習塾
「あの……、五味先生はどこまで知ってるんですか? おば、輪奈さんのことと、僕のことを……」
直観的に五味は信用して良い人物だと感じた。かつて職場の同僚だった輪奈も、同様のことを感じていたのではないだろうか。
「そうだねぇ……。結論から言うと、私はRNT02の組み立てにも携わった」
「そうなんですか!?」
「ああ、恐らくは私の他にも各専門分野の外科の先生が組み立てに携わったのだろうがね。それに果たして組み立てという言葉が適切なのかは分からないが……」
輪奈1人ではRNT02一体を作り上げるのは難しいだろうと感じていたが、やはり協力者はいたようだ。
五味がその当事者であるなら、喜歩が隠し事することは何もない。
「あの、りんたつー? って何ですか?」
伝田がおずおずと右手を挙げる。もう一方の手では可愛らしくどら焼きを持ち上げている。
「俺の父親だよ。生物学上の」
喜歩がすかさず答えた。
つい先ほどまで嫌悪感を抱いていた事実だったが、今では冷静かつ無機質に向き合うことが出来ていた。
「父親? なんでそんな機械みたいな呼び方なの? それに生物学上? 組み立てた?」
伝田の口調には困惑を帯びているが、既に好奇心から目を輝かせているように見えた。
「伝田さんとはしたことがあったよね。B3Pで人1人印刷して良いのかって話。既に実例があったってこと。それがRNT02」
「え……」
伝田はぽとりとどら焼きを取り落とした。
「俺もさっき知ったところなんだ。で、どうしていいか分からなくなってたところに――」
喜歩の眼前に伝田の顔がぐっと迫る。ふわっと甘い香りが喜歩の鼻腔を通り、心臓が跳ね上がった。
しかし近視の彼女には眼鏡がかえって邪魔になってしまったようだ。伝田は一度身を引くと眼鏡を外してテーブルに置き、再び喜歩に身を寄せてくる。
「で、でんたさん?」
「ふーん……」
喜歩の動揺にも構わず、伝田は瞳をゆっくりと動かしながら舐めるように顔を眺めてくる。
やがてその視線は、喜歩の右目の下の泣きぼくろに注がれる。
そして興味深そうに、右手の指でほくろを突こうとしてきた。
「ちょっ!」
喜歩は咄嗟に目を覆い、体を後方にのけ反らせた。
「あっ……」
伝田はぽかんと口を開けている。
「玲ちゃん目はだめだよ~。触るならもっと丈夫なところにしときなよ~。胸筋とか~」
「いやでも。喜歩くん華奢だし、あんまり丈夫でもなさそうですよ」
そう言いつつも、伝田は無遠慮に胸板へと手を伸ばしてくる。
「そういう問題じゃないでしょ!」
喜歩は椅子からがばっと立ち上がった。内心丈夫ではなさそうと言われたことにショックを受けていた。
「冗談だよ喜歩くん」
伝田はことも無げに言う。
冗談であれば立場が逆でも許されていたのだろうか。思わず伝田の平たい胸を見てしまう。
「私、前にも喜歩くんのお父さんの体を見てみたいって言ったよね」
「う、うん……」
まるで人の親を観察対象であるかのような言い草は、喜歩の心にしかと刻まれていた。
「あの時はどこか一部が印刷されたんじゃ無いかって話だったけど、まさか全身だったなんて……」
伝田は何故かうっとりとした表情を浮かべる。少し恐怖を覚え、喜歩は首を捻って視線を反らした。
「お、おれは違うからね?」
「分かってるよ、でも……」
伝田にとってはRNT02の息子も同様に、知的好奇心をそそる観察対象なのだろう。
「どうだい喜歩くん。玲ちゃんに興味持ってもらえたみたいじゃないか」
「ぶぎゃっ!」
変な声が出た。茶を口に含んでいなかったのが幸いである。
「大丈夫だよ。今なら何を言っても玲ちゃんには届かない」
「そんな訳……」
恐る恐る横目に伝田の様子を伺うと、喜歩の首元当たりに鼻を寄せ、手を扇いで匂いを引き寄せている。理科の授業にて、試験管の中の試薬の臭いの嗅ぎ方を習ったがそれと似ている。
奇怪な光景としか言いようがないが、気になり始めた女子に求められている気がして、喜歩はまんざらでもない気分になってしまう。
彼女はいたって真剣な眼差しであり、確かに周りの声など聞こえてはいない気がする。暫く伝田の好きにさせておこうと思った。




