式日の朝
昔々、竜神様からこの世界に四つの原初の光がもたらされた。
火、水、土、風。それを護るのは、それぞれの元素を司る竜と巫女。
……ある時、人間の祖先が火の光を盗み出し、世界を焼き尽くしかけた。
それが、【火の氾濫】。
けれど、かつての水の巫女によって【火の氾濫】は抑え込まれたのでした。
めでたしめでたし。
これがこの世界に伝わっている大まかな歴史。
で、なんで私がこんな世界の成り立ちのおさらいをしているかって言うと──。
なにを隠そう私ことシャスカ・ランドハートが当代の水の巫女。
というわけで、本日行われる式典で祝詞をあげるにあたり自主的に歴史のおさらいをしていたってワケ。
偉いでしょ? 自覚があるの。
なんせ代々受け継いできたんですもの。私だって、やり遂げてみせるの。
それだって言うのに──。
「シャスカ、もう準備はできていますね!」
水竜族の司祭──ロマが私の部屋に飛び込んでくる。
オールバックに白髪をカッチリと撫でつけたモノクルをかけている藤色の竜人は、部屋に入ってくると同時に私の部屋の中を無遠慮に一瞥した。
式典の準備で書き損じた原稿の紙束と、式典の法衣に合わせるためにどれにするか悩んだアクセサリーが散乱する部屋を。
あ、えと、いつもはもっと綺麗なの! 本当、本当よ!
ちょっと準備でバタバタしてて……、そういうことってみんなもあるでしょう!?
けど、ロマはそんな事情を斟酌してくれるつもりはないようで。
「また部屋を散らかして……、貴方は巫女なんですから住まいを綺麗に保つことも修行の一つなんですからね!」
開口一番、苦言を漏らした。
しょうがないじゃない! 部屋にものが散乱しているのは式典のために私なりに悩んでたんだから!
変に小慣れて適当に済まそうだとかしてないことを褒めて欲しいわ!
ロマは何も分かってくれないんだから。
そ・れ・に!
いきなり部屋に飛び込んで来たロマに向かって私は口を尖らせた。
「そんなことよりロマ、ノックはしてっていつも言っているでしょ!」
ノックさえしてくれたら、少しは部屋の体裁を整えるぐらいのことはできたのに。
あんまりじゃないの。近しい間にも礼儀はあって然るべきだわ。
けど、そんな私の真っ当な抗議にもロマはその眉を吊り上げた。
「だまらっしゃい! 寝坊したり、勉学の授業や巫術の訓練をあの手この手でサボろうとする貴方にそんな抗議ができるほどの信用があるとでもお思いですか!?」
「私だって年頃の女の子なんですー! ロマを入れる前に準備だっているの!」
「仮に人間の貴方が真っ裸だろうと竜である私が何か思うわけもないでしょう! 幼い頃から後見役としておしめも変えてあげてたんですからね!」
「私が気にするの!」
売り言葉に買い言葉。
ギャーギャー声を上げて言い合う頃には、すっかりお互いヒートアップしてしまっていた。
まったく! いくら後見役だとしても、デリカシーがないんじゃないかしら!
そう、ロマは私の親代わり。
お母様は早くに亡くなってしまったし、お父様は……私は誰かも知らない。
もしも父親というものがいるのなら、私にとってロマはそういう人だった。
竜だけどね。竜人だから人と呼んでも間違いじゃないの。
厳密に区別するときは人間って言うのがいいかな。
なんてことは、まあどうでもよくて!
親代わりで、水竜族の族長で、司祭長。
それがロマ。
いま着てる法衣だって、司祭長然とした立派なものだ。
なんか色々ゴテゴテついてる。羽織とかいっぱい肩に掛けてたりなんだりだ。
ロマも司祭長として式典で色々するの。
けど、私だってロマに負けてない。
私専用に誂えられた白を基調としたローブのような法衣にはとっくに袖を通しているし、袖を通す前にしっかり水の魔法で身を清めてもある。
最初にも言った通り、私にだって自覚ぐらいあるのだ。
この式典だけはおろそかにしちゃいけないことぐらい、ちゃんと分かってる。
「いいですか、シャスカ。式典ではくれぐれも──」
なのに、ロマは何も分かってくれない。
私はしゃにむになって言い返した。
「ロマったらうるさい! 何遍言い聞かせれば気が済むのよ! もう耳が腐るほど聞いたわ!」
「なにをおっしゃいますか、これもすべて貴方のためを思ってのことですよ!」
「なによ! 私が水の巫女だから祝詞を詠んでほしいだけでしょ!」
その言葉に。
一瞬、ロマは目を見開いて表情が凍りついた。
……少し言いすぎちゃったかな。
でも、ロマが怯んだことをいいことに私はそそくさと窓辺へと駆け寄った。
「どこへ行くのです! もう式典は始まりますよ!」
ロマは背中越しに咎めてくるけど、これで怯む私じゃない。
そのままバルコニーへと続く大きな扉窓を押し開く。
「ちょっと外の空気を吸ってくるだけ!」
顔だけ振り向いて、私はピシャリと言いつけた。
「……やれやれ、じゃじゃ馬姫なんですから。十分だけですよ。それが済んだら迎えに来ますからね」
念を押すように水掻きの生えた人差し指をピッと立ててそれだけ言い残すと、ロマは肩をすくめて深く息を吐いてから部屋を出ていった。




