式日の朝
この世界には昔から神様から賜った大いなる四つの原初の光があったんだって。
火、水、土、風。
四大の元素を司る原初の光のおかげでこの世界は豊かに栄えていたんだってさ。
で、その光を守っているのがその元素を司る竜と巫女ってわけ。
だけど、ある時、私たち人間の祖先があろうことかその四つの原初の光のうちの一つ。火の原初の光を盗み出してしまって、人間は私利私欲のままにその力を使い込んでしまったんだって。
けど、神様のそんな大事なものをぞんざいに扱ってタダで済むわけもなくて。
火の原初の光は次第にその力を増して世界の全てを燃やし尽くすほどに大きくなって、とてもじゃないけど人の手に負えるような状態じゃなくなってしまったの。
それが火の氾濫。
けれど、かつての水の巫女様のお力添えでなんとか火の氾濫を抑え込んで、どうにか世界は燃え尽きずに済んだんだとか。
世界を業火から守り、今の世界の礎を作ったとされる水の巫女は人間でありながら水の原初の光を守る水竜族から敬われ、大事に大事に崇められるのでした。
めでたしめでたし。
これがこの世界に伝わっている大まかな歴史。
で、なんで私がこんな世界の成り立ちのおさらいをしているかって言うと──。
何を隠そう私ことシャスカ・ランドハートが当代の水の巫女。と言うわけで、本日行われる式典で祝詞をあげるにあたり、私は自主的に歴史のおさらいをしていたってワケ。
偉いでしょ? 自覚があるの。
なんせ、代々受け継いで、私のお母様だってやり遂げてきたんですもの。私だって、やり遂げてみせるの。
それだって言うのに──。
「シャスカ、もう準備はできていますね!」
口うるさい神経質そうな水竜族の司祭──ロマが私の部屋に飛び込んでくる。
いつも眉間に皺を寄せてオールバックに白髪を撫でつけたモノクルをかけている陰険そうな顔つきの藤色の竜人は、部屋に入ってくると同時に私の部屋の中を無遠慮に一瞥した。
式典の準備のために、書き損じた原稿の紙束と式典の法衣に合わせるためにどれにするか悩んだアクセサリーの類が散乱する部屋を。あ、えと、いつもはもっと綺麗なの! 本当、本当よ!
ちょっとバタバタしてて……、そういうことってみんなもあるでしょう!?
けど、ロマはそんな事情を斟酌してくれるつもりはないようで。
「また部屋を散らかして……、貴方は巫女なんですから住まいを綺麗に保つことも修行の一つなんですからね!」
開口一番、苦言を漏らした。
しょうがないじゃない! 部屋にものが散乱しているのは式典のために私なりに悩んでたんだから!
変に小慣れて適当に済まそうだとかしてないことを褒めて欲しいわ!
ロマは何も分かってないんだから。
そ・れ・に!
いきなり部屋に飛び込んで来たロマに向かって私は口を尖らせた。
「そんなことよりロマ、ノックはしてっていつも言っているでしょ!」
ノックさえしてくれたら少しは部屋の体裁を整えるぐらいのことはできたのに。
あんまりじゃないの。近しい間にも礼儀はあって然るべきだわ。
けど、そんな私の真っ当な抗議にもロマはその眉を吊り上げた。
「だまらっしゃい! 寝坊したり、勉学の授業や巫術の訓練をあの手この手でサボろうとする貴方にそんな抗議ができるほどの信用があるとでもお思いですか!?」
「私だって年頃の女の子なんですー! ロマを入れる前に準備だっているの!」
「仮に人間の貴方が真っ裸だろうと竜である私が何か思うわけもないでしょう! 幼い頃から後見役としておしめも変えてあげてたんですからね!」
「私が気にするの!」
売り言葉に買い言葉。お互いにギャーギャー声を上げて言い合う頃には、すっかりお互いヒートアップしてしまっていた。
まったく! いくら後見役だとしても、デリカシーがないんじゃないかしら!
そう、ロマは私の親代わり。
お母様は早くに亡くなってしまったし、お父様は……私は誰かも知らない。
もしも父親というものがいるのなら、私にとってロマはそういう人だった。竜だけどね。竜人だから人と言っても間違いじゃないの。厳密に区別するときは人間って言うのがいいかな。
なんてことは、まあどうでもよくて!
親代わりで巫女の指南役で、そして水竜族の族長で、水竜族の司祭長。それがロマ。
いま着てる法衣だって、司祭長然とした立派なものだ。ロマも司祭長として式典で色々するの。
けど、今の私だってロマに負けてない。
私専用に誂えられた白を基調としたローブのような法衣にはとっくに袖を通しているし、袖を通す前にしっかり水の魔法で身を清めてもある。
最初にも言った通り、私にだって自覚ぐらいあるのだ。
普段と違ってこの式典だけはおろそかにしちゃいけないことぐらいちゃんと分かってる。
「いいですか、シャスカ。式典ではくれぐれも──」
なのに、ロマは何も分かってくれない。
私はしゃにむになって言い返した。
「ロマったらうるさい! 何遍言い聞かせれば気が済むのよ! もう耳が腐るほど聞いたわ!」
「何をおっしゃいますか、これも全て貴方のためを思ってのことですよ!」
「何よ! 私が水の巫女だから祝詞を詠んでほしいだけでしょ!」
その言葉に。
ロマは一瞬、目を見開いてまるで傷ついたかのように表情の動きが止まった。
……少し言いすぎちゃったかなと思わなくもないけど、ロマの動きが一瞬止まったことをいいことに私はそそくさと窓辺へと駆け寄った。
「どこへ行くのです! もう式典は始まりますよ!」
たまらずロマが背中越しに言い咎めてくるけど、これで怯む私じゃない。
「ちょっと外の空気を吸ってくるだけ!」
そのままバルコニーへと続く大きな扉窓を押し開いて、顔だけ振り向いて私はピシャリと言いつけた。
「……やれやれ、じゃじゃ馬姫なんですから。十分だけですよ。それが済んだら迎えに来ますからね」
念を押すように水掻きの生えた人差し指をピッと立ててそれだけ言い残すとロマは肩をすくめて深く息を吐いてから部屋を出ていった。




