32話 ゲデック帝国の侵攻
ヴァルータ公開式典から4年が経過した。アルフォンスは14歳となる。
ソフィアによると、ヴァルータ料理は、食料庁長官シルヴィの開発意欲(食欲ともいう‥‥)の下で、料理人たちの創意工夫によって、さらに美味しくなり、また、種類を増やしているようだ。
世界各国で増設中である複合娯楽施設のフードコートで、それらの料理は提供されている。
ヴァルータから融資を受けた多くの元住民たちが、各自の出身地などで、飲食店(光学術式で7色に変化し続ける「ヴァルータ認可店」の表示あり)を開店していて、大好評のようだ。
フードコートでは「ヴァルータ料理コンプリート」なるものが流行しているらしい。
産業庁長官テュポンが、全てのスマポ・タプレに「ヴァルータ料理メニュー表示」アプリを無償供与し、それは、新しく開発されたヴァルータ料理が各施設・店などで提供開始されるたびに、「NEW!」と表示される仕組みで、「ヴァルータ料理コンプリート」の流行に拍車をかけているとのことだ。
よいことだ。美味しい食事は人生を豊かにする。
世界ではますますスマポ・タプレ、そしてアプリも売れ、enも大量に両替されている(買われている)。
ザイデル皇国を含めた多くの国で貨幣価値が下がっており、それはヴァルータと友好関係にあるマーキュリー商業国と自由都市連盟においても例外ではなかった。
ただ、ヴァルータは、貨幣価値が下がった国の貨幣を(enとの両替によって)大量に保有しているため、それらをインゴット(地金)にして、マーキュリー商業国と自由都市連盟に適正価格で売却し続けた。
そして、商業国と連盟は、それをゲデック帝国・ザイデル皇国などに高値で販売し続けたため、貨幣発行益を失った分を十分に補填できているようだ。
(この時点で、ヴァルータが保有する他国貨幣とインゴットはほとんどなくなっていた。インゴットの価値もいずれ下落することになると確実視しているからだ)
なお、「ヴァルータはマーキュリー商業国と自由都市連盟にインゴットを適正価格で売却し続けた」とはいっても、同国・同連盟の貨幣価値は低いため、貨幣ではなく、ヴァルータでは入手困難な各種希少物資・宝物・アーティファクトなどとの交換であった。
(ヴァルータには、アルフォンスの鑑定術式を付与された査定専門家が、既に多く存在した)
また、同様に、ゲデック帝国・ザイデル皇国が、マーキュリー商業国と自由都市連盟からインゴットを購入し続けたのも、帝国と皇国が保有してきた各種希少物資・宝物・アーティファクトなどとの交換であった。
(帝国と皇国は、いまだ他国ほどには貨幣価値が下落していなかったため、他国の貨幣を購入(両替)して、鋳潰して、自国貨幣を発行しようとしていたが、既にほとんどがベクレラ王国貨幣またはenと両替されていたために不可能だった。そこで、マーキュリー商業国と自由都市連盟からインゴットを仕入れるしか方法がなかったのだ)
それらが循環することで、ヴァルータには、大量の各種希少物資・宝物・アーティファクトが集まることとなった。
(宝物・アーティファクトなどは、まだまだ先になるが、「ある時期」が来れば、オークションで売却されて、ヴァルータにはさらなる富が蓄積されることになるだろう)
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ゲデック帝国は、ザイデル皇国に送り込んでいる諜報員たちから、皇国の貨幣価値が下がっているのはヴァルータ・アルベルト関係施設が原因であるとの情報を得ていたため、未だに同関係施設を受け入れず、また、スマポ・タプレ・enの全ての使用を認めていないため、帝国貨幣の価値を(多くの他国よりは)高く維持していた。
そして、商業国と連盟からインゴットを購入し、さらに帝国貨幣を発行している。
このように、帝国が多くの自国貨幣を発行しても価値がそれほど下がらなかったのには理由がある。
大陸西側に位置するゲデック帝国と国境を接している4つの王国では、各貨幣価値が下がり、自国通貨を発行できなくなっていた。
以前にベクレラ王国内の、貨幣発行権を有した諸侯領地で生じた状況、つまり、地金(銅・銀・金)の値段よりも額面が高い貨幣を発行することで得られる差額分の利益がなくなり、地金の値段より低い価値しかない貨幣を発行することで損失しか出ないようになったのだ。
その4つの王国において、今後は、enに加えて、国境を接する帝国貨幣が必要になると予想された。そのため、帝国は貨幣発行量を増やしても需要が高いことから、価値は下がっていなかったのだ。
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しばらくして、突然、ゲデック帝国は、領土拡大のため、および、自国貨幣の必要性を高めるためもあり、その4つの王国に対して侵攻しようとした。
しかし、4王国には(貨幣価値が下がったことで武器・食料などを購入できず)反撃する余力がなかったため、侵攻される前に降伏宣言した。
帝国は4王国を併呑し、自国領土とするだろう。
その4王国において、今後は(en使用が禁止され)さらに帝国貨幣が必要となると予想された。
なお、4王国のうちの1つであるポーツェ王国(歴史が最も古い国)には、エルフ(エルフ自治領)やドワーフ、多くの獣人族が住んでいるが、人間至上主義で亜人・獣人差別が強い帝国の領土とされる前に、他国に移住することになるだろう。
(おそらく、エルフたちはベクレラ王国のエング辺境伯領北部にある大森林のエルフ自治領に、ドワーフたちはヴァルータに、獣人たちはペト獣人国とヴァルータに)
また、ゲデック帝国は、4王国領土において、スマポ・タプレの利用、そしてenの使用を禁じることになることが確実であることから、多くの貴族・国民らが、ザイデル皇国、自由都市連盟、そしてベクレラ王国(特に、ヴァルータと、まだまだ開発余地があることから自由な雰囲気が漂っている旧テフヌト領土)に移住することになるだろうと予測される。
ゲデック帝国が4王国を自国領土とすることで、帝国とザイデル皇国は、互いに国境を接することになる。そうなると領土面積は次のようになる。
(大陸全土:約700万平方km)
・ベクレラ王国:約200万平方km(旧テフヌト領土を含む)
・ゲデック帝国:約200万平方km(4つの王国領土を含む)
・ザイデル皇国:約100万平方km
・自由都市連盟:約100万平方km(50の都市連盟)
(残りの約100万平方kmには、ザイデル皇国とベクレラ王国の間にある、セルバ王国、ヒンケル王国、ワルド公国、ペト獣人国、マーキュリー商業国が存在する)
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ヴァルータ情報庁は、ゲデック帝国内部の重要情報(4王国への侵攻)を掴めていなかった。
原因は3つある。
1つ目は、帝国内でスマポ・タプレの利用が一切許されていなかったこと。
このことが原因で、通話やメッセの情報が入手できなかった。
2つ目は、帝国の情報部が「旧テフヌト教国とザイデル皇国がヴァルータにしてやられたのは、両国から情報が漏れていたことに起因する。それは、両国の諜報員がヴァルータの結界突破に失敗した際に、情報通信術式を埋め込まれて送り返されたためである」と正しく分析し、同じくヴァルータの結界突破にかつて失敗した帝国の諜報員7人を情報部から配置転換していたこと。
(帝国情報部では、7人に偽情報を伝えるという案もあったが、ヴァルータ情報庁であればそれを不自然に思い、かえって警戒されるだけだろうと、採用されなかったのだ)
そして3つ目は、大陸の最東部に位置するベクレラ王国が、大陸の最西部に位置するゲデック帝国の危険性を、そこまで重視していなかったことだ。
情報を掴めていれば、4王国に対して支援していたであろうヴァルータとベクレラ王国は、帝国に対して後れを取ったことになる。
ヴァルータ情報庁長官であるウリヤーナとウピオルにとっては、痛恨の極みといえるが、アルベルトは「いや、帝国情報部が優秀なだけで、これはやむを得ないよ。ザイデル皇国内での諜報活動(皇国貨幣価値の下落要因の把握)といい、見事としかいいようがないよ」と言ったが、2人は自身を責めていた。
(いやいや、本当に仕方ないんだって‥‥)
ベクレラ王国とヴァルータは、4王国の降伏という事態を重く見たが、ベクレラ王国からゲデック帝国に侵攻する意思はなかった。
(旧テフヌト教国からは侵攻を受けたため反撃しただけであった。当時の新教皇が悪政を敷くだろうことが確実視されたことは制圧の一因ではあったが、侵攻されていなければ、あえて制圧までするようなことはしなかった。ただ、教国の貨幣価値はズタボロにするつもりだったが‥‥)
今後、もし帝国がザイデル皇国まで侵攻して自国領土とするようになると、厄介である。
ベクレラ王国には、突破不可能である強固な結界が以前から張られているし、友好関係にあるマーキュリー商業国と自由都市連盟からも以前に要請を受けて、同じ結界を張ってあるため、侵攻される危険は全くない。
しかし、ザイデル皇国は、ヴァルータによる結界設置の協力要請など絶対に受け入れないだろう‥‥
厄介なのは、ザイデル皇国を始め、同国とベクレラ王国の間にある諸国まで侵攻されるとなると、スマポ・タプレとen使用が禁止されるようになることである。
それは、アルベルトを始めとする「クルー」の方針である「美味しい料理と楽しい娯楽を提供する」に反する。
(さらに、アルフォンスの最終目的の実現が遠のくことになる)
そして、ベクレラ王国にとっては、スマポ・タプレとen使用の制限によってenの価値が下がり、ヴァルータによって王国の貨幣価値が維持されていることから、好ましくないのである。
しかし、ベクレラ王国もヴァルータも、まだ自国が侵攻されていないのに、自国から侵攻するということも望んでいない。




